カンテラテンカ

不退転の男 4

 タンジェリンと黒曜が突如、交戦状態に入ったので、アノニムも咄嗟に臨戦態勢にはなった。とはいえ、敵が分からない。2人が何故、戦闘を始めたのかも分からない。だが、2人の会話から察するにどうやら異常事態が起きているのは黒曜のほうらしい。ならば加勢するならタンジェリンのほうか?
 アノニムは少しだけ逡巡した。――黒曜を相手にはしたくねえ。
 かつてパーティを組むとなったとき黒曜に歯向かって、容易く床に転がされた経験があった。できれば戦いたくはない相手だ。だが、タンジェリンのほうに集中している今なら――?
 アノニムが隙を伺っているその間に、こちらもほぼ同時に異変に気付いたパーシィがハンプティを向く。
「く……!」
 それから利き手の左手を翳し、聖句を唱えようとしたところまで確かに見えた。だが、
「――それを向ける相手は、"ボクじゃない"よね?」
 言ってニッコリと微笑んだハンプティの視線に射貫かれたパーシィが、突如ぐるりとタンジェリンを振り返る。
 つまり、これは。
「タンジェ、すまない、少し痛いと思う……! <ホーリーライト>!」
 タンジェリンはマジかよ、の顔をしたが、回避行動は間に合わず、パーシィから放たれた光弾が左肩に着弾した。
「パーシィ、てめぇ!」
「俺の意思じゃないんだ……!」
 かなり整然と聖句を唱えていたような気がするが、それも彼の意図するところではないということだろう、パーシィも顔を歪めている。
「ハンプティ、てめぇだな……!?」
 今さっきのパーシィとのやりとりを見れば一目瞭然だ。アノニムにだって分かる。この子供が黒曜一行を謀ったのだ。
「あはは! 大正解ー! パパとママがいるなんて、真っ赤なウソでした!」
 口でピンポンピンポンと正解の効果音を言いながら、ハンプティは拍手する。
「それにしても、お兄さんたちみんな<魅了>が効きづらいねえ。ここまでかけ続けてやっと2人の身体のコントロールを得られただけなんてさ」
 唇を尖らせたハンプティが拗ねたように足元にあった石を蹴る。<魅了>……精神操作の一種だ。ハンプティの口ぶりからすると、彼のそれは身体のコントロールをまず奪うらしい。
 ハンプティが元凶だ、それを理解したとき、まずアノニムの脳裏に過ったのは、いかに黒曜と刃を合わせずにハンプティを殺るか、だった。
 黒曜とパーシィは現時点で敵の駒とみなす。つまりアノニムとタンジェリンは数の上ではすでに不利だ。だがタンジェリンが黒曜とパーシィの標的であり、ハンプティもタンジェリンとの会話に集中している今なら――。
 アノニムが考えている間に、黒曜が容赦なくタンジェリンの背後をとっている。
「会話する気があんならよ……!」
 咄嗟に振り返り青龍刀を斧で受け止める。技術はともかく、鍔迫り合いに持ち込めば、タンジェリンがパワーで押し切られることはないはずだ。
「攻撃やめさせやがれ!」
 斧で強引に青龍刀を弾く。だが、それが限界だろう。黒曜に隙ができた一瞬で距離を取ろうとするが、パーシィの光弾が退くことを許さない。近距離と遠距離をしっかりカバーしている。厄介だ。
「やだよーっ」
 ハンプティはけらけら笑っている。
 アノニムはパーシィの<ホーリーライト>がタンジェリンに向かったタイミングで、まっすぐにハンプティへ駆け出す。パーシィは普段は<ホーリーライト>を連打することはほぼないから、安全に仕掛けるならここだ。
 だが、そこは見込みが甘かった。攻撃がパーシィの意思でないなら当たり前だ。ハンプティがアノニムの間合いに入るより先、2人の間に光弾の雨が降り注ぐ。
「……ちっ!」
 それから一瞬でタンジェリンからアノニムへと標的を変えた黒曜が割り込み、青龍刀を逆袈裟に振り上げた。これはかわしたが、頬に一閃、傷が入った。ハンプティを最優先で守るようにコントロールされているのだろう。
 やりにくい。
 黒曜が本来仲間だからとかではない。単純に、戦闘スタイルが噛み合わず、戦いづらい。棍棒を突き出す。一発で意識を持っていくだろう――当たれば、だ。青龍刀の刃で簡単に攻撃の方向を逸らされる。
 取っ組み合いまで持ち込めれば負けないだろうが、武器を持った状態では分が悪い。そんなことは向こうも承知らしく、決してアノニムに不用意に近付こうとはしない。それでも追い縋り、何度か棍棒を打ち付けたが、青龍刀でいなされるどころか武器を振り下ろした隙を突かれて傷をこさえる始末だった。
「目的は何なんだよ……! てめぇ、ラヒズの関係者なのか!?」
 アノニムと黒曜が武器を打ち合っている隙に、タンジェリンが叫ぶように疑問をぶつけている。ハンプティは、
「あーラヒズね。まあ同期、みたいなもの。でもあいつ酷いんだよ! ボクをこっちに喚ぶだけ喚んで、あとは放置だもん!」
「わけ分かんねえよ……! どういうことだ!?」
 一人で黒曜を相手取るのは無理だ。アノニムはそう判断し、退いてタンジェリンの横に立った。アノニムの耳により鮮明に2人の会話が入ってくる。
「だからボクもさ、悪魔なんだよ、あ・く・ま!」
「てめぇが悪魔ならパーシィが見逃すはずねえだろ!」
 パーシィは確かに、人よりは悪魔の察知能力に優れているかもしれない――アノニムは考える。だがそもそもパーシィだってラヒズの正体を最初から見抜けてはいなかった。多少の不快感こそあれ、まさか悪魔だなんてことは。それは単に、パーシィの感知を、ラヒズの潜伏能力が上回っていただけのことだろう、とアノニムは思っている。
 パーシィは完璧ではない。元天使とはいえ、彼はすでに地に堕ちているのだ。こんな見落としが起きることくらい、アノニムにとっては何も不思議ではない。
 アノニムはパーシィを見る。先ほどまでは会話が成立していたが、時間が経てば<魅了>は深くなるらしい。パーシィは無言で、虚ろな目でこちらを眺めていた。たぶん意識はなさそうだ。……やりづらい。
「ああそれね」
 と、ハンプティはタンジェの言葉に応答している。
「まあボクも一応、魔力を抑えて隠してはいたし。それにしてもラヒズの気配に過敏に反応しすぎたのかもね。それか……<魅了>にかかった時間を見るに、もしかしてボク弱体化してる? 悪魔の気配がないほど? やだー最悪なんだけどーもー」
「そうなのかよ? どうなんだ、パーシィ!」
「……」
 タンジェリンが声をかけたが、案の定、パーシィからの反応はない。翳した左手からいくつもの光弾が立ち上り、タンジェリンとアノニムに豪雨のように降り注いだ。
「っつ……!」
 普段パーシィがこの量の<ホーリーライト>を打たないのは、仲間を巻き込まないためだ。彼がその気になれば、多少の草原くらい焼け野原にできることをアノニムは知っている。もっとも、やつにストックされた<祈り>――体内のエネルギー残量が、それを無限に打つことは許さない。パーシィが正気なら、だ。
 タンジェリンは毒づいた。
「元とは言え天使が悪魔の<魅了>にやられるって……そんなのアリかよ!」
「あーっ、舐めてる!? ボクの<魅了>は本当に強力なんだから!」
 自我の落ちたパーシィと黒曜を両脇に侍らせて、ハンプティが頬を膨らませている。
「そもそも悪魔と天使はお互いが弱点同士なんだから、先手を打ったほうが勝つのが道理なの! 悪魔が天使に負けてばっかりみたいな偏見やめてね?」
 タンジェリンとハンプティの間にある会話のおかげで、一瞬の思考の猶予がある。だがその猶予で脳裏によぎるのは、ただ、勝てない、という可能性だった。アノニムは努めて冷静に考えてみる。
 離れていればパーシィの遠距離攻撃が来る。普段なら様々な理由でセーブしているそれだが、今の状態で手加減を期待するのは愚かだろう。あのペースなら遠くないうちにエネルギー切れを起こすはずだが、普段のパーシィは決してそんなことにはならないので、やつの体内のエネルギー残量は正確には把握できない。数時間、いや数十分でも保たれたらアノニムとタンジェリンは回避しきれず焼き殺される。
 近づけば黒曜の青龍刀とやり合うことになる。剣術どころではない、あれは熟練の"戦闘技術”である。やつはアノニムが生きるために身につけた暴力程度、容易く対応してくる。そして人を殺すことに躊躇いがない。取っ組み合いの力比べなら勝てるだろうが、そこまで持っていくのにどれだけの犠牲が必要か。腕の1本は要るだろう。そうなればこちらの腕力はシンプルに半分だ。それで取っ組み合えても何も意味がない。
「アノニム、とにかくハンプティをやる! 一気に行くぞ! 何なら俺を囮にしやがれ!」
 タンジェリンが斧を構えてアノニムに叫ぶ。戦う気だ。見れば分かる。こいつは何も考えちゃいない。アノニムから言わせれば愚行で、蛮勇だ。

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