盗賊ギルドの戦い 1
黒曜の指示を受けて、タンジェは迷わず盗賊ギルドへ向かった。すでに侵略してきた悪魔の破壊活動があったらしく、通りに家の瓦礫が転がっている。火が立っているところもあった。もう事切れた人間の死体は、戦闘能力がない市民のものだろう。
脳裏にペケニヨ村がよぎる。だが、一瞬のことだった。今のタンジェには、戦う力がある。抗う仲間がいる。
大通りで、金の鎧を身に着けた男と複数の悪魔が交戦している。悪魔は一目でそれと分かった。淡い紫の肌に黒い軽鎧のようなもので武装している。いびつな羽と先の尖った尻尾がが生えているのが分かりやすい。
それほど劣勢には見えなかったが、不意打ちするに越したことはない。悪魔の頭を斧で叩き割った。
「がっ!」
くぐもった声を上げて、血しぶきが上がる。悪魔の血は青いと初めて知った。ラヒズの血はどうだっただろうか――以前、不意打ちでやつに一本傷を負わせたが、色までは暗くて見えなかった気がする。あるいは擬態のようなカモフラージュができるものだろうか?
「やるな! 負けてられん!」
囲まれていた男が威勢よく言って、手にしていたレイピアで悪魔の目から脳天を貫いた。立派な鎧が返り血で汚れるのも厭わずレイピアを引き抜く。襲い掛かる悪魔の槍は身体を捻ることで回避した。
男の金鎧には赤い血が付着していたし、それが男の切られた頬から流れている血によるものだというのも分かった。土埃にまみれてもなお、戦闘に沸く青い瞳は爛々としている。
「はっ、余裕あるな。余計な世話だったか?」
「助力というものはいつ、誰からでも嬉しいものよ!」
明朗な声で笑った男は、
「我が名はブランカ! 名を聞こう、赤毛の斧使いよ」
「タンジェリンだ」
「タンジェ! ここは心配ない。先を急ぐのだろう?」
俺はちら、と悪魔を見る。残りは3体。
数の上では不利だ。放ってはおけない。タンジェが斧を構え直すと、突然、悪魔の1体の顔にスッと刃が通り、音もなく顔より上半分が落ちた。一拍遅れておびただしい量の血液が噴き出す。それに怯んだ悪魔にブランカのレイピアが2発、3発と突きを仕掛ける。頭の落ちた悪魔の裏から、ひらりと藤色の髪の男が現れた。
「ハツキ! 向こうはもう大丈夫か?」
「あちらにはアロゥがいるからな」
パーティの仲間なのかもしれない。ハツキと呼ばれた男は左手を軽く振って刀についた青い血を払った。こちらも多少の怪我と土埃、そして返り血の汚れはあるが、切羽詰まった様子はない。
狂乱して襲い掛かる悪魔の剣を、振る刀で受け止め打ち合う。ハツキに気を取られている悪魔の後頭部を斧で叩き割った。ブランカのレイピアも悪魔の胸を刺し貫いたところだ。
悪魔が通りに青い染みを作っていく。死んだ、のだろうか? 屈んで死体を確認するが、起き上がってはこなかった。不死性はないのだろう。サナギの言う通り、天界ごと墜ちてきているということはなさそうだ。
「助かった。有難う」
ハツキがわざわざ刀を鞘に戻して、左手でタンジェに握手を求める。タンジェは何気なく彼の右腕を見た。服の右袖が風にひらひらと揺れていて、彼の片腕がないことが知れた。
「元から欠損している、この戦いで落としたわけではない」
タンジェの視線に気付いたらしく、ハツキは何てことはないように言った。それからタンジェの手を取って強引に握手してくる。
「しかし……この悪魔たちはなんなんだ?」
ブランカの言葉に、タンジェは簡単に説明を返そうとした。だが、複雑な事情を要約して出力するなんていう高度な変換を、タンジェができるはずもない。最終的にタンジェは、
「悪魔どもの……大ボスがいるんだ。そいつが先導してるはずだ」
続けて、
「ただ、どこにいるのかまでは分からねえ。今、俺のパーティのやつが悪魔どもをまとめて天界に還す方法を探ってる」
「そうか! それは良い情報だ」
タンジェの言葉をしっかり最後まで聞き届け、ブランカは頷いた。そして死んだ悪魔を見下ろし、ぽつりと呟く。
「俺にとってはまだ、大した相手ではないが……ここに来るまでに半壊している冒険者パーティも見かけた。まともに対応できるパーティがベルベルントに何組あるか」
このベルベルントには、もちろん黒曜一行より練度の高い熟練冒険者もいる。だが逆にゴブリン退治が精一杯の駆け出しもたくさんいるのだ。そいつらにプライドがあるならば、無辜の人々のため、ベルベルントのために武器を持って立ち上がるだろう。タンジェは苦い顔をした。
「ところで、貴殿もどこかへ移動中だっただろう、タンジェ」
「そうだったか。時間をとらせてすまないな」
ハツキとブランカの言葉で我に返ったタンジェは、自分の目的を思い直す。
盗賊ギルドで情報を得て、それをベルベルントの各地へ届ける。要するに、やることは伝達係だ。だが、ただの伝達係ではない。だってタンジェは斧を握り、悪魔の頭を割ることができるのだ。戦える。情報を届ける間に救える命がきっとある。タンジェは足を盗賊ギルドのほうに向けた。
「てめぇらも気をつけろよ!」
「ああ。平和になったらまた会おう!」
ブランカとハツキは手を挙げて別れを告げる。そしてタンジェは盗賊ギルドに。2人は次の戦場へと。