カンテラテンカ

星数えの夜会の戦い 1

 サナギが自分の研究室に籠って2時間が経とうとしている。緑玉は今は誰もいない星数えの夜会の食堂で、バーカウンターに寄りかかっていた。
 もしかしたら、タンジェリン辺りはしっかり立って入り口と裏口を見張れなどと言うかもしれない。ただ、入り口を見張れば裏口が疎かになるし、その逆も然り。結局、この位置がどっちも見張れてちょうどいい。
 もちろん警戒は解いていない。トンファーは握っているし、襲撃があれば対応できる。実際、対応したばかりだ。夜会の窓を割り、扉を破壊して、3体の悪魔がずかずかと入ってきたので、そいつらは殴り殺した。数で負けていたから、少し怪我は負ったものの、まだ対処可能だ。
 ラヒズだってサナギが送還術式を書けるかもしれないことは知っているはずだ。ラヒズがサナギを放っておくはずはない。もう少し攻撃が激しくてもよさそうなものだ。もし、この街に襲い来ている悪魔全部にそのことが伝わっていないだとしたら、指示系統の見直しをお勧めする。
 サナギの研究室は静かすぎて、たまに様子を見に行こうか、と思う。でも集中している邪魔になってはいけないし、その間に襲撃が来たら……やっぱりできない。結局、ここでヤキモキしているしかない。
 こうしていると、自分はいつも何もできずに突っ立っているだけだな、とか、考える。

 ――余計なことを考えているね。

 思い浮かんだのは、老人のしわがれた声だった。
 奴隷だったころ、緑玉は日常的に結構痛い目に遭っていた。そこの主は緑玉で長く"愉しむ"ために、怪我を老医者に治療させていた。その老医者のことは男女の別すら覚えていない――というか、当時からそもそも分からなかった。老爺だったのかもしれないし、老婆だったのかもしれない。老人に対して変な感じだけれど、中性的なひとだった。
 その老医者は特段、緑玉に同情らしい同情を向けていたわけではないのだが、ただ、彼――あるいは彼女――との時間が、緑玉にとっては唯一、安らぎの時間だったことは間違いない。
 人は、死んだ者の声から忘れていくらしい。これは確かサナギから聞いたことだ。そのときは「趣味の悪い雑学を植え付けてこないでほしい」と文句を言ったと思う。
 あの老医者の声は明瞭に思い出せる。不思議だ。
 ただ――この後に、何か一言、二言、あったような気がする。それがどんな言葉だったかは思い出せない。

 不意に、人の気配がした。緑玉は入り口のほうを見る。破壊された扉から、ひょいと人影がこちらを覗く。緑玉はトンファーを構えた。
 ずいぶん背が高い。緑玉より、黒曜より、アノニムより高いだろう。中に入ってくるのにカツカツと音を鳴らしているのはハイヒールで、それでさらに大きく見えた。
 ハイヒールということは女性なのかと思ったが、ガタイがどう考えても男だ。顔は……化粧が濃くてどちらだか判断できない。どっちにしろ、知らない顔であった。緑玉と目が合い、
「あらやだ」
 急な訪問者は頬に手を当てて声を上げた。声は男だ。口調は女。どっちなのか正直混乱しているけども、そんなことは些細なことだ。もっと重要なことはつまり――敵か、味方か?
 お互いに一拍、沈黙。それから訪問者は、
「イケメンじゃないの!」
「……」
 ここまでの情報じゃ敵か味方かは分からない。冒険者と言われればそうも見えるし、悪魔と言われれば……ラヒズが悪魔だというぐらいなんだから、こういうのもいるのかもな、って感じだ。
「ボウヤ。ここって『星数えの夜会』で合ってるかしら?」
「……」
 星数えの夜会を探している。ということは……。緑玉の脳内の天秤は敵側に傾く。
「応援に来たのよ。アタシの相棒がやられたって聞いて……」
 相棒がやられて、応援? ということは、冒険者? だが、緑玉の脳内の天秤は味方側には傾かない。一度疑いが出れば当然だ。
「……あんたの相棒が誰だか知らないけど。ここに来たのは悪魔だけ」
 緑玉は真実をそのまま伝えた。あらまあ、と、それでも訪問者は焦る様子はない。
「あの子ったら。場所を間違えたのかしら。困った子ねェ」
 まあいいわ、と。
「緑の髪の美形……アナタがサナギちゃん?」
「……」
 サナギを探してるということは、つまり悪魔で、敵だということなのだろう。だがサナギを探すのに教えられた特徴としてはそれは雑すぎる。やはり悪魔の指示系統には問題がありそうだ。
 とにかく、そうと決まれば戦うだけだ。一歩踏み込む。頭部を狙うには位置が高すぎる。ボディを狙ってトンファーを突き出した。訪問者はバックステップで難なく回避する。
「あら人違い? ごめんなさいね」
 カツンとハイヒールが鳴る。
「それにアタシったら、自己紹介もまだじゃない。アタシの名前はサブリナ。悪魔よ」
 サブリナと名乗った悪魔は続けた。
「さ、名乗りなさいな。戦いの前には必要よ」
 戦う前に名乗りを上げる? 悪魔のくせにまるで武人だ。馬鹿馬鹿しい。そんな儀式的なことに何の意味があるのか。
 だいたい、サナギのことを知っているなら、夜会のメンバーは把握しているだろう。それとも……サナギのことしか聞いてないのだろうか? サナギと緑玉を間違えるくらいだ、可能性はある。
 緑玉は構えたまま一瞬躊躇ったが、
「……緑玉」
 結局名乗った。
「緑玉ちゃんね。楽しみましょ!」

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