カンテラテンカ

ニセパーシエル騒動 3

 月明かりがいやに似合う男なのである。
 パーシィのことだ。黒曜も緑玉もサナギも揃って美形なのだが、男前という感じの黒曜や緑玉と、可憐という感じのサナギとはまた雰囲気が違う。
 パーシィはごくシンプルに、端正という感じの美形だ。
 だがその顔面の刺青が、たぶんけっこう、第一印象を損なっていると思う。タンジェはその刺青の理由を聞いたこともなかった。他人の顔面を気にするたちではないし、復讐が目的で目下強くなることに夢中だったタンジェには、仲間の顔面にある刺青の理由などめちゃくちゃに優先度が低かったのである。

 パーシィは宿から出てきたタンジェに気付きこちらを見た。パーシィが素手で出て行ったので、タンジェも斧は持ってきていないが、
「まあ、殴り合いでいいよな? 斧だと怪我させるかもしれねえしよ」
 と言うと、パーシィは目を瞬かせたあと、思わずといった様子で破顔した。
「はは! 俺と殴り合い? どうして?」
「あ? 怒ったんじゃねえのか?」
「怒った? 俺が? なぜ?」
「わりと失礼なことを言った自覚があるぜ」
 あるんだ、とパーシィはひとしきり笑った。
 それから首を横に振って、
「怒ったわけじゃない。きみに聞きたいことがあるんだ。あの場じゃ聞きづらかった」
「え? ……なんだ、そうかよ」
 タンジェは構えた拳を下げた。
 ひと気のまったくない大通り。夕食時にはあれだけ混雑していたこの宿も、夜になればこんなに静かなものか。
 パーシィはごく何気ない様子で、タンジェに尋ねた。
「タンジェは、ヒトを食いたくはならないのか?」
 瞬間、怒り、呆れ、それともすぐにぶん殴ってやろうかと、いっせいに感情と思考が湧いて、迷った末、どれもできずにタンジェは微妙な顔になった。
「てめぇよ……ケンカ売ってるか?」
「いや、……気を悪くしたならすまない」
 タンジェのルーツにも人間性にも、ヒトとしての倫理にも関わる、相当な爆弾質問だった。それに対する謝罪としては浅すぎる。
 が、タンジェはその質問が出た意図をはりかね、無言で、パーシィに話の続きを促した。
「オーガというのは、ヒトを食うものだろ? だから食人鬼なんて異名がある」
「……そうだな」
 確かにその点に関しては疑問を差し挟む余地はない。タンジェの遥か昔の先祖も、『エサ』である『ヒト』に恋したのだと叔父が言っていた。オーガは人を食う。真実だ。そしてタンジェもまた、オーガなのである。
「その血がきみに食人をさせないのは何故だろうか?」
「知らねえよ……」
 17年の人生で、食人衝動のようなものが湧いたことは一度もないし、これからもないだろう。と、思いたい。
「ただ、俺がヒトに育てられたことと無関係ではねえかもな。おふくろは美味い飯を食わせてくれたし」
「そうか。美味しいごはんは、業やサガを忘れさせてくれるよな。俺も大好きだ」
 タンジェの言いたいこととはズレて伝わっている気がするが、パーシィは勝手に納得して頷いた。少しの沈黙。
 パーシィはぽつりと呟いた。
「……食人なんだよ」
「あ?」
「俺が天界を追放されたのは、ヒトを食ったからなんだ」
 息を呑んだ。無意識に1歩、片足を引いていた。食人? ――天使が!?
「軽蔑したかい?」
「……何か、理由があったんだろ?」
「ないよ」
 パーシィは緩くかぶりを振った。
「本当に、理由なんか……ないんだ」
「……」
 タンジェは言うべき言葉を見失った。少しの沈黙。やがて口から出た言葉は、
「……そりゃ、堕天もするよな」
 だった。
 パーシィは反応に困ったような顔をして笑い、
「この刺青も、その罪によるものさ。髪の色も目の色も、今では昔の面影がないな……」
 彼はカンバラの里でシェイプシフターがヒトを食ったと知ったとき、相当の精神的ショックを受けた様子だった。言葉の調子とは裏腹に、きっと重い罪と受け止めているのだろう。
 だが、さすがに引いた。タンジェは正直な性分なのである。感じたことに、嘘はつけない。
 それでもパーシィはすでに罰を受けている。それが堕天、ということなのだろう。ただ、それで贖いきれるものなのかは知らない。
「この罪のことは」
 と、パーシィは言った。
「堕天したのちの俺を救ってくれた女性、マリスという名だが、彼女にも、アノニムにも言っていない」
 その2人の名を挙げたのは、きっとパーシィの人生にとって重要な人物だということなのだろう。マリスという女のことは知らないが、アノニムがパーシィにとって特別な存在であろうことは何となく分かる。だが、
「その2人を差し置いて、なんで俺に話した?」
「……」
 パーシィは天を仰いだ。
「……きみは復讐をしたかったんだよな」
「ああ」
「でも、しなかった」
 ゆっくりとパーシィの視線がタンジェへと戻る。パーシィの端正な顔立ちは真剣で、でもそこから何を考えているかまでは窺えなかった。
「復讐というのは、怒りの発露だよな」
「そうだろうな」
「かつてのきみは憤怒の咎を背負っていた、と言える」
「大げさじゃねえか」
「大げさじゃないさ。きみはそれを乗り越えた。きみは今、復讐に囚われてはいない」
「……まあ、そうだな」
 乗り越えた、と言えるのかは、はっきりしない。だが復讐から解放されたのはそのとおりだ。頷いた。
「きみは強い男だと思う。だから……」
 パーシィは、身勝手だとは思うけれど、と間に挟んで、それからこう言った。
「きみから赦されることが、救いになる気がした」
 ざ、と風が2人を撫でていった。
「人を懺悔室代わりにするんじゃねえよ」
 タンジェの率直な感想だった。
「許すとか許さねえとか、何も知らねえ俺がこの場で決めることじゃねえ。甘えんな」
 パーシィは微笑んだ。
「そうだな。きみが正しいと思う。ありがとう」
「……」
 少し冷えるな、部屋に戻ろう、とパーシィは言った。

 部屋に戻れば、黒曜とサナギはまだ起きていて、黒曜は青龍刀の手入れを、サナギは本を読んでいた。緑玉は一足先にベッドに入ったらしい。
 2人に声をかけてからタンジェもベッドに入った。確かに少しだけ身体が冷えたようだ。布団があたたかい。
 布団の中でぼんやりと思う。パーシィは『パーシエルの罪を知っていたなら、気軽に名乗れる名ではない』と言っていた。罪状を聞けば、なるほど確かにそのとおりだ。パーシエルの名を使っているのなら、パーシエルのことを知っている。そして知っているなら、その罪のことも……。
 明日の調査で真実に辿りつくだろうか。辿りついたとして、パーシィにとってそれが何を意味するのか、タンジェは知らない。
 でも、今度は知りたくないとは思わなかった。

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