ベルベルント復興祭 14
らけるたちの買ってきた屋台飯はとにかく多種多様で、みんな思い思い好きなものに手を伸ばしていた。量も多かったので、みんな満足しただろう。それでも足りなかった留守番勢の中には、入れ替わるようにして夜の屋台へと遊びに繰り出すものもいた。タンジェと黒曜が買ってきていた夕飯もいつの間にかなくなっている。どさくさに紛れて誰かの胃の中に入ったらしいが、別に気にはしなかった。タンジェは充分、黒曜といろいろなものを食べたのだ。
寝る準備にはまだまだ早いが、汗をかいた1日だったので、風呂に入ってさっぱりした。
部屋に戻り、くじ引きの景品交換で受け取ったサンキャッチャーをさっそく窓辺にかける。今は沈黙を保つそれは、明日の朝になればきっと陽光を吸い込んでこの部屋に光を落としてくれる。楽しみだ。
ノックされたので応答し、扉を開けると黒曜だった。黒曜は言った。
「花火が上がるそうだ。見える位置を確認してきたのだが、タンジェの部屋の窓からなら、恐らく見える」
「へぇ、そうなのか」
なるほど、人混みで見るよりは、タンジェの部屋で悠々2人で見たほうが、確かに落ち着ける。タンジェは黒曜を部屋に上げた。
2人で窓辺に座り、夜空を見つめる。
すぐに花火が始まる。パッと光が空に瞬いた。ほんの僅か遅れてドンと大きな音がして、ぱらぱらと光の粒が闇夜に消えていく。
「おお……」
思わず感嘆の息が漏れた。
色とりどり、夜空に何度も派手な光の粒が舞って、丸く、大きく広がると、そのたびに散っていった。綺麗だ。
ちらと黒曜の横顔を見れば、暗闇にある無表情が、花火が打ち上がるたびに照らされている。不意に黒曜がこちらを向いた。心臓が跳ねて、慌てて視線を逸らす。外に逸らせばいいのに、室内に目を泳がせたタンジェは、そこで、部屋の中まで花火の色に染まっているのに気付いた。
サンキャッチャーが花火の光を吸い込んで、部屋に虹のような影を落としているのだった。
タンジェはサンキャッチャーを見上げた。黒猫のあしらわれたサンキャッチャー。これを見るたび、タンジェはきっと今日のことを思い出す。本当に楽しかった。
悪魔に襲われ平和の脅かされたこのベルベルントに、<退屈>という名の日常は訪れた。今日1日限りの非日常は、これからの<退屈>を、色鮮やかに、鮮明に、克明に彩って、人々の生活を、生きる道を照らすだろう。
ベルベルントは復興した。悪魔なんかに、一過性の絶望なんかに、人々は負けたりはしないのだ。
「タンジェ」
「あ?」
呼ばれて黒曜に視線を戻すと、急に黒曜はタンジェに向かって身を乗り出し、顔と顔を近付けると、唇で唇に一瞬だけ触れて、そして何事もなかったかのように、元の位置に戻っていった。
「……」
たっぷり数秒、呆然としたタンジェは、遅れて事態を理解した。……やられた!
それでもやられっぱなしは性に合わない。タンジェは勢いが冷めないうちに、黒曜の顔面を強引にこちらに向かせて、同じことをし返した。顔を離せば、黒曜は目を瞬かせて、それから眩しそうに目を細めるのだった。
サンキャッチャーを見るたび、きっと今のも思い出すに違いない!
自分の顔が真っ赤なのは、ちょうどその色の花火が打ち上がって照らされたからだと、タンジェは誰にともなく言い訳した。