カンテラテンカ

分水嶺 11

 翌朝、黒曜一行はロッグ村を発った。村人は総出で黒曜一行を改めて労い、村長とライゴ、そしてラッシュは、タンジェたちの姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
 昨晩のうちに受け取った謝礼金は、依頼の張り紙のとおり、まず150Gldが6人分で900Gld。それから6人の馬車代は往復で600Gld。宿泊費等はかからなかったし食事も好意でまかなえたので、1,500Gldで満額のはずだったが、村長はそれに300Gldを上乗せした。感謝の気持ちだそうだが、あの寒村で1,800Gldを出すのは本当に苦労したと思う。
 6人割りだから1人当たりの取り分は300Gldだ。もちろんこれだって命をかけた割には合わない。だがそれが冒険者というものだ。

 下山してファスの町に着く。ここからはもう馬車でベルベルントに帰るだけだ。それでも一応、下山の疲れを癒すため、行きにも寄った食堂に入ることにした。
 黒曜が食堂の扉に手を掛け、ふと止まり、扉から手を離して、一歩引く。妙な挙動を不思議に思っていると、扉が勢いよく内側から開いた。中から明らかに旅支度をした冒険者という出で立ちの大男が出てくる。黒曜は音か何かでこの男が扉を開けることを予測し、避けたらしかった。
「おっと、悪いな」
 男はこちらに気付いて、改めて横に避けたタンジェたちに軽く謝罪した。そのまま立ち去るかと思ったら、
「おっ、同業か?」
 片手を挙げて気さくな調子で続ける。なるほど、やはり冒険者らしい。
「うん。この町の冒険者?」
 社交的でない黒曜に代わり、黒曜一行を代表してサナギが応じた。ロッグ村の依頼がベルベルントに届けられたということは、このファスの町に冒険者がいないことは明白だったが、これはサナギが相手から話を引き出すために意図的に作った"隙"である。
「いや、ベルベルントから来た」
「そうなんだ! 俺たちもそう。ロッグ村からの帰りさ」
「そうか、依頼はうまくいったか?」
「うん、滞りなく」
「お疲れ! 俺たちはこれからだ」
「どこまで行くの?」
 サナギが尋ねると、冒険者の大男は、
「ヤイ村ってとこだ。ゴブリンの群れにやられたらしい。半月くらい前から森が荒らされて、ゴブリンが活発に暴れてたらしいな」
「ああ、ファス山の反対側だね。お疲れさま。……半月くらい前……もしかして、ノワケが急にロッグ村に現れたのは……」
「ん?」
「ああいや、なんでもないよ」
 言い交わしている二人の会話を聞きながら、タンジェは首を傾げた。ヤイ村? ゴブリン退治? どこかで聞いたような……。
「なんでも一度、ベルベルントの冒険者パーティが引き受けて行ったらしいんだが。そいつらごと、村が全滅したってよ」
「え?」
「で、残ったゴブリンどもが外に出てくる前に掃討するのが、俺たちの仕事」
「ははあ。他パーティの尻ぬぐいか。それは、村には残念だったね」
「さてな。先に諜候に行ったうちの盗賊役によると、先んじて仕留めたゴブリンの首を村の入り口に掲げてたらしいからなあ。やられちまった側を悪く言うのもよくねえと思うが、あんましマトモな神経の村じゃなかったみたいだぜ」
 じゃあな、気を付けて、とお互いの無事を祈る言葉を交わし、サナギと冒険者は別れた。
 食堂で一同は案内されたテーブルにつき、各々軽食を頼んだ。注文が届く間、サナギは、先ほどの冒険者の証言と照らし合わせて、もともとヤイ村側で暮らしていたノワケが、ゴブリンたちに住処を追われて、反対側のロッグ村までやってきたのではないか、と検討をつけた。でも、もうあまり意味のない考察だけどね、と言い添えて。
 そしてタンジェは、食堂でオムレツを食べる間に、突然思い至った。
「……ああ!」
「うわ、急に何?」
 別に大して驚いた様子もなく、緑玉が眉を寄せた。ほかのみんなもタンジェを見ている。タンジェは「何でもねえ」と取り繕ったが、内心は穏やかでなかった。

 ――『湖の恋亭』のコンシットたちだ。

 ヤイ村のゴブリン退治を引き受けて、つい昨日、たぶん依頼をしに行った。
 失敗、したのだ。
 詳しい経緯は分かるはずもないが、やつらはゴブリン退治に失敗し、そして、ヤイ村の村人たちとともに全滅した。
「……」
 コンシットたちの依頼の成功を願うほど、彼らに興味はない。しかし、依頼をしくじれと考えるほどの悪意もなかった。

 ――俺たちのパーティなら、戦士役として置いてやるぜ? やることも獣相手なんかじゃなくて妖魔退治さ。
 ――明日さっそくヤイ村ってとこでゴブリン退治だ。そうだ! そこから俺たちのパーティに参加しろよ。なっ!

 あのとき、コンシットの誘いのまま、タンジェがやつらのパーティに戦士役として異動し、ともにゴブリン退治に向かったのなら、何か変わっただろうか。
 ……いや。そんな「もしも」に意味はない。
 それに、タンジェ1人の存在が戦局になにも影響を与えなかったとしたなら――タンジェもまた、ゴブリンどもに殺されただけだ。志半ばにして、意味もなく、無様に。
「……」
 リーダーの黒曜は常にパーティの戦力を分析し、手に余る依頼は決して受けなかった。コンシットは身の丈に合わない依頼を受けたのだろうか? 分からない。ただ、きっとコンシットは、リーダーには、あるいはそもそも冒険者には、向いていなかったのだろう。それだけの話だった。

 オムレツを割ったタンジェのフォークが皿に鳴る。
 
 人生は選択の積み重ねでできている。
 ただ、選択の余地がない、"一本しかない岐路"ともいうべき分水嶺があって、それは無慈悲だ。たとえばオーガどもに蹂躙されたタンジェの故郷。けれどもタンジェは、復讐の道だけは自分で選択したのだと信じている。
 これから先、一度も選択を誤らないなんていうことは、きっとありえない。あのときコンシットの誘いを断ったことも、"結果的には正しかった"と言えるだけだ。選択の正誤を考えて断ったわけでもない。タンジェはコンシットの性根が嫌いなだけだった。

 ――復讐の道が正しかったか分かるのは、復讐を成し得たそのときだけだ。

 タンジェは思う。
 それでもせめて、黒曜に戦闘を師事したことは、それをきっかけにこのパーティに所属していることは、そして今、盗賊役という回り道をしてまでここにいることは、どうか間違いであってくれるなよ、と。

【分水嶺 了】

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