密やかなる羊たちの聖餐 12
サナギが言うとおりにベルティアの騎士団にも頼れないというのなら、タンジェたちにできることは多くない。
ウワノ、レンヤ、ヤン。この3人以外に麻薬の栽培・加工・売買に関わっていたものがないかは不明だが、サナギはトイメルを始め、この修道院の管理職以上の人々にすべてを伝えると、「処遇はぜひ、修道院全体で話し合いますよう」と言い添え、事務室から立ち去った。
これで黒曜一行はもう、この修道院に用はない。さっさと出て行くことにした。
ほとんど身一つでここに来たタンジェとサナギではあったが、最低限の荷物は持ってきていたし、それは寄宿舎のほうにあったので、取りに戻る。面倒には思ったが、こんな時間だ、静かに行って、荷物を取って、抜け出すだけのこと。
寄宿舎の部屋は静まり返っていて、タンジェはクローゼットから荷物を取り出し、寝間着からここに来るのに着てきた私服に手早く着替え、また黙って部屋を出た。
寄宿舎の棟の岐路でサナギと合流し、修道院の正面玄関に急ぐ。
その途中で、壁に寄りかかっていた1人の修道士に居合わせた。
ドートである。
「……」
追い抜かれたわけではないだろう。たぶん、そもそもタンジェが部屋に荷物を取りに行ったときにも、あの部屋にはいなかったのだ。
「……レンヤが……」
ドートが言った。
「タンジェもだけど……2人とも戻ってこないから、探しに出たんだ。そしたら……」
くしゃりと顔を歪めた。
見たのだろう。あるいはどこかで聞いていた。自分の所属する、神への信仰を謳う尊い施設が、麻薬の栽培から加工、外部への売買までしていたとなれば、ショックは大きいだろう。ましてやレンヤは同室の友人だったのだろうし、ウワノのことも慕っていたかもしれない。
だがさりとてタンジェは、同情することもなかった。こんなことで挫ける信仰なら大したものではないだろう。
「俺はもう行く。世話になったな」
待ってよ、と言って、ドートは1歩だけ踏み出した。だがタンジェもサナギも、修道院の出入り口を容易に跨ぐ。外に出る。
ドートはきっと、そうはいかないだろう。
この門戸を外へとくぐるには、ドートの信仰はきっと、清らかだ。
タンジェとサナギは、すでに外で待機していた黒曜たちと合流する。黒曜一行は闇の中、ベルティア修道院をあとにした。
翌日、依頼人の邸宅に再度訪れた一同は、女にすべてを話した。修道士により長年引き継がれてきたイリーマリーの栽培、加工、売買のこと……。
そして黒曜が黙って手渡した羊皮紙は、ウワノの個室にあったという、麻薬売買の顧客リストそのものだった。
「そういうもん回収するのって、盗賊役の仕事じゃねえのか?」
言われてもいなかったタンジェが思わず問い詰める口調になってしまったら、
「お前にできたか?」
無表情の黒曜がこちらを見もせずそう答えたので、タンジェは口を噤む。確かに、それは……そうだ。
顧客リストの中にクドーシュの名を見つけた女は、大きな息をついた。そんな彼女に、サナギは試験管に入れたイリーマリーもあわせて渡した。
「これがあの場所で栽培されていたイリーマリーだよ。ベルティア修道院で栽培されていたイリーマリーは、いずれ全滅するからね。一応、証拠だ」
女が試験管を受け取る。
「納得、真実、反省、そして然るべき罰……」
女は呟き、そして、
「ありがとうございました」
深く頭を下げた。
報酬を受け取り、貸し倉庫から荷物を回収すると、タンジェたちはベルベルントへ帰った。
その数週間後のことである。あのときの依頼人の女から、星数えの夜会へ一通の手紙が届いた。
『ベルベルント 星数えの夜会
黒曜一行様
皆様におかれましては、お変わりなくご健勝のこととお慶び申し上げます。
あれからわたくしは、ベルティア修道院のイリーマリー麻薬被害者の会を立ち上げ、ベルティア修道院を詰問いたしました。
長く沈黙を保っていたベルティア修道院ですが、つい先日、ようやく、イリーマリー栽培および加工、売買を認めましたわ。
主犯2名レンヤ修道士、ヤン修道士を聖ミゼリカ教から破門し、修道院から追放したとのことです。
けれども無論、忘れてはおりません。皆様の調査報告の末、主犯2名より追放されるべきは、ウワノ修道士であると看破していることを。
イリーマリー麻薬被害者の会は、今後もベルティア修道院で取引されたイリーマリー麻薬を追及していく所存です。
ベルティア修道院は、そして麻薬取引先として顧客リストに名のあったベルティア騎士団は、社会的に厳しい目で見られていくことでしょう。
わたくしは志を同じくする仲間とともに、かの罪に然るべき罰を与えるために、生きてゆくことができそうです。
本当に、ありがとうございました。
皆様の今後のご活躍をお祈り申し上げます。
追伸
ベルティア川に遺体が上がりましたわ。
茶髪の痩せた男性のもの。眼鏡を身に着けたままの男性のもの。紺色の髪のそばかす顔の男性のもの。
着衣がなく、身元は未だ分かりません。
みな一様に、ロザリオを握りしめておりました。』