creepy sleepy 4
今度は聖ミゼリカ教会に走っていく。ベルベルントの街中を走り抜けるくらいなんてことはないが、徐々に日が落ちかけているのが気にかかった。点灯夫も寝ているなら、街灯にも火が入らず暗いままだろう。動きにくくなる。
聖ミゼリカ教会にはほどなく到着した。教会の扉を開けると、シスターや修道士が数人、戸惑った様子で何か話し合っている。――起きている! その中にパーシィもいた。
「タンジェ!」
扉が開いたのに気付いてすぐパーシィがタンジェに駆け寄ってきた。
「パーシィ」
まさか本当に起きているとは。ブルースの言っていたことは本当なのだろうか?
「タンジェ、よく無事だったな!?」
「一回は寝たが……無理やり起きた」
ブルースに言ったのと同じことを言うと「すごく助かるよ」とパーシィは頷いた。
「助かる? どういうことだ? 何か知ってるのか?」
タンジェの質問に、パーシィはちらと背後で話し合いを続ける修道士たちを見やったあと、俺に耳打ちした。
「悪魔の仕業だよ」
「はあ?」
思わず大きな声が出た。パーシィは気にせず続ける。
「元とはいえ俺は天使だから分かる」
「それじゃあ……盗まれたサナギの術式じゃねえのか?」
「サナギの術式?」
「<眠りへのいざない>とかいう、生物を眠らせる術が盗まれたって言ってたんだ。使った本人も寝ちまうとかいう話だったが……」
「ああ、どおりで悪魔の気配の底に無機質な力を感じたよ。たぶん、ベースがそれなんだろうな」
「どういうことだ?」
パーシィは少しだけ考え、タンジェにも分かるように言葉を選んだらしく、
「たぶんだが、サナギの術式に悪魔が手を加えたんだろう。使い手まで寝てしまう欠陥を直しているかまでは分からないが、だから俺には、術は効かない」
なるほど分からない話ではなかった。タンジェは悪魔なんてものにお目にかかったことはない。しかし、タンジェの少ない知識で想像し得る悪魔は、悪辣で悪趣味だ。今回のあの悪夢が悪魔の仕業だとすれば納得がいった。
サナギは例の術式について悪夢を見せるものだとは言っていなかったから、あの悪夢は<眠りへのいざない>に最初から付随していた効果ではない。術を盗んだ挙句、そのように改造したのが悪魔だというわけか。
「しかし、他にも無事な奴らが数人いるぞ?」
パーシィに合わせて小声で尋ねると、
「たぶん、きちんとした聖別を受けた何かしらを身につけてる」
「あ? 信者はみんな聖別したものを身につけてるんじゃねえのか?」
ベルベルントにも聖ミゼリカ教徒はごまんといるはずだが、外で起きている者は見かけなかった。パーシィは、
「聖別にも個体差がある。やはり実力のある聖職者に聖別されたもののほうが、聖なる力が強い」
「……そんなもんか」
それもまあ納得がいく。実力ある聖職者に聖別されたロザリオは、値段や入手難度も高いのかもしれない。一般人に広く流通しているロザリオは、つまり、所詮その程度だということだろう。なんだか世知辛い話だ。
しかしそうなるとブルースの持っていた盗品のロザリオはそれなりの逸品だということになる。どこから盗ってきたのだろうか……我が師ながら手癖の悪い男だ。
「本来はただの眠りの術でしかなかったものが、悪魔が手を加えたことで邪法になり果てたんだろう。それしか考えられない。きみはかなりイレギュラーだ」
真剣な表情のパーシィにはかなり説得力があって、タンジェは、そうかよ、しか言えなくなる。
「タンジェ、頼みがあるんだ。俺はこれから元凶の悪魔を探す。その間、サナギに神聖力の効果範囲をベルベルント全体に広げる術式を書いてほしいんだ」
「それはいいけどよ、サナギも寝ちまってるぜ?」
「これを渡しておくよ」
パーシィから手渡されたのは、星の形をしたアミュレットだった。
身に付けるには大きく、壁などに掛けるには小さい。手のひらサイズのアミュレットは、ほんのり光を放っている。
「ここ最近、悪夢を見るって人間が多いという話をしたろ? その人たちのケアのために作られたマジックアイテムなんだけど、人の夢の中に精神を飛ばして入り込むことができるんだよ」
理屈は分からないが、パーシィの言いたいことは分かった。つまり、
「これでサナギの夢の中に入って、叩き起こしてこいって?」
「そういうことさ」
本当なら5回は使えるんだけど、今日もケアをしたから使えるとしてあと2回ってところかな、とパーシィは言った。
「あと2回……」
「それからこれ」
と、パーシィは自身のロザリオを外してタンジェに託した。
「おい、これ無えとてめぇも寝ちまうんじゃねえのか」
「元とはいえ天使だ、ロザリオくらいなくても、このくらいの邪法なら耐えられる」
パーシィは「このロザリオを目覚めたサナギに渡してくれ」と続けた。
「このロザリオなら、たぶん広域化の術式を組んで神聖力を拡散させられると思う」
「そ、そうかよ」
こちらも理屈はよく分からないが、サナギにそのまま言えば、やつなら分かる、ということだろう。タンジェが頷いたのを確認してから、
「じゃあよろしく頼むよ!」
「おい、パーシィ!」
思わず呼び止めた。教会から飛び出していく最中だったパーシィは立ち止まり、律儀にタンジェを見た。
悪魔を探すアテはあるのかよ、とか、気をつけろよ、とか、言うべきことは頭によぎるのだが、どれも言葉に出すのは憚られた。そんな気遣いを自然に口に出せるなら、タンジェは今よりもう少し友人が多いだろう。
口ごもるタンジェに、パーシィが首を傾げるので、せめて何か言わないとと思い、結局、
「た、助かる」
と、礼にも満たない言葉が出た。
パーシィは特に気にした様子もなく笑って教会を出て行った。
タンジェもパーシィに続いて急いで教会から離れる。目的地は再び、星数えの夜会だ。