カンテラテンカ

エセンシア 1

「護衛依頼」
 と、黒曜がラヒズの言葉を復唱した。
「はい」
 にこやかに頷くラヒズは、星数えの夜会に数日滞在していた宿泊客である。
 親父さん曰く、"きちんと宿代も払い、問題も起こさないまっとうな人間"とのことだ。ラヒズに夜会を紹介したのはタンジェだが、ラヒズはその際「依頼を引き受けてもらえるのは大前提」と言っていたから、いずれ何かしらの依頼をされるだろうとは思っていた。
 ラヒズは言う。
「私は宣教師でして。新興宗教の布教を目的にして世界を巡っているのですが……」
 その言葉にパーシィの笑顔が引きつった。なるほど、どおりでパーシィが嫌がる雰囲気を持ってるわけだ。
「ベルベルントに来た際も、冒険者に護衛を頼みました。しかし彼らの目的地はさらに南らしく、すでにベルベルントを発ってしまい、新しく雇う冒険者を探していたのですよ」
 皆さんなら心強い、とラヒズは続けた。
「話に聞けば、先日のベルベルント全体が眠りに落ちたあの事件、皆さんが解決したそうじゃないですか?」
 一同の視線がサナギとパーシィに向く。だいたい二人の手柄だ。もっともパーシィの笑顔は相変わらず引きつり気味だったし、サナギは自分の不始末を自分で片付けただけの話なので、二人とも応答はしなかった。
「特に断る理由はないが……どこまで行く?」
 視線をラヒズに戻し、黒曜が問う。ラヒズは依頼の受諾だと判断したのか、機嫌よく頷いた。
「エスパルタのストリャという村です」
「エスパルタ!?」
 思わずタンジェが口から大きな声が出た。
「ええ……何か?」
「……いや。ただ、馴染みのある場所でな」
 必死に動揺を隠した。エスパルタといえばタンジェのふるさとだ。エスパルタ国土には小さな村が点々とあり、その中の一つがタンジェの故郷ペケニヨ村である。
「馴染みがある、ですか?」
「……出身がエスパルタなんでな。ストリャ村も知ってる」
 別に隠してるわけではないので、タンジェは素直に言った。ラヒズがほう、と好奇の目でこちらを見る。
「あの小さなストリャ村をご存じとは。失礼ですが、近隣の村のご出身ですか?」
「……ペケニヨ村だ」
「ペケニヨ!? 生き残りがいたのですか!?」
 言ったあとに、ハッとラヒズが自身の口を押さえる。
「失礼しました……」
「……」
 先手で謝られたが、タンジェはラヒズを思いきり睨んだ。村の名を言ったのはタンジェのほうだが、ラヒズの反応はそれに対する応答としては最悪である。
「どういうことだ?」
 よせばいいのにパーシィが詳細を聞きたがった。
「ペケニヨ村は……少し前に、オーガの群れに襲撃されて、壊滅したと聞いていたので……」
 睨むタンジェに頭を下げたラヒズが、
「申し訳ありません。不用意な発言でした」
「いや……もういい」
 反射的に睨んだものの、壊滅したペケニヨ村の事情を知っていれば、咄嗟に出る発言としては、分からないでもなかった。これ以上苛立ったところで意味はない。
「てめぇの言うとおり、俺はペケニヨ村の生き残りだ。冒険者になったのは復讐のためだ」
 半ばヤケクソ気味に言った。こちらも、別に隠しているわけでもない、言う機会も必要もなかったから言っていなかっただけだ。別に言ったところで誰も興味はないだろうし、実際、一同からの反応は特になかった。
 が、不意に視線を感じた。そちらを向くと無表情の黒曜がタンジェを見ている。
 なんだよ、と、睨み返したが、黒曜は、
「タンジェリンは目的地周辺に詳しいのか」
 ごく平坦な声で、依頼に関わるであろう情報を尋ねてきただけだった。
「ストリャ村は、ペケニヨのすぐ南にある村だからな。行くこともあったさ。ただ、知り合いって仲のやつはいねえが……」
「ご安心を。ストリャ村は私の宗教活動の拠点ですので」
 ラヒズが微笑む。
 タンジェはカチンときた。ラヒズは身なりからして明らかにエスパルタの出身ではない。よそ者がまるでタンジェよりエスパルタに詳しい口ぶりなのに気を悪くしたのである。
「新興宗教の宣教師だかなんだか知らねえが、エスパルタは聖ミゼリカ教国家だぜ。怪しい宗教が流行る余地はねえよ」
「存じております。ただ、ストリャ村には協力者がおりまして」
 タンジェは意地の悪い言葉にも、ラヒズは特に気を悪くした様子はない。笑顔のままごく朗らかに応答した。その横でパーシィがため息をつく。
「嘆かわしいな。こんな怪しげな宗教の協力なんて」
「エスパルタでは宗教の自由は保障されておりますよ。ただ聖ミゼリカ教徒が多いだけで」
「納得いかないな。教義から教えてもらわないことには……」
 パーシィが詰め寄ろうとするのを、はいはい、とサナギが止める。
「宗教論争はエスパルタ行きの道中でしてもらうとして。さて、エスパルタまでは馬車を乗り継いで6日ってところだけど、どうする? 黒曜」
「受けよう」
 黒曜は頷いた。
「ありがとうございます」
 心強いです、と、ラヒズは笑った。
 エスパルタ。タンジェの故郷。だが帰るのは久しぶりだ。ペケニヨ村がオーガの群れに滅ぼされて、復讐のために冒険者になろうと志し発ってから、一度も帰っていない。
 ――今なら俺は、オーガを少しでも殺せるんじゃないのか?
 ストリャ村までラヒズを送り届けたら、ペケニヨ村の周囲を探索してオーガのねぐらを突き止めて、殺す。その機会が突然現れたことにタンジェは昂揚した。
「出発は?」
「明日の昼には発ちたいですね」
 明日の昼。エスパルタには絶好のコンディションで着きたい。元よりタンジェが体調を崩すことはまずもってなかったが、興奮のあまり調子が狂う可能性はある。いつも通り食って、身体を動かし、リラックスして、しっかり寝よう。
 久しぶりの帰郷。タンジェはこの機会に、あのオーガどもと決着をつける。

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