カンテラテンカ

分水嶺 2

 駆除する獲物がイタチやタヌキじゃない、凶暴極まりないグリズリーだと知れたとき、タンジェはまず、なら仕方ねえか、と、吐き捨てた。
「そこら辺の村人が太刀打ちできるような相手じゃねえからな」
「うん。時期も悪いね」
 サナギ・シノニム・C24が頷いた。窓から差し込む陽光がちらちら揺れるのは、彼の金髪にほど近い鮮やかな黄緑の髪が、わずかな動きのたびに反射して光るからだった。
「9月は冬眠前。少しでも食べ貯えようと荒れる頃だ」
「チッ……なんでこんな時期まで放っておいたんだよ」
「タンジェは猟師だったんだっけ?」
 サナギが首を傾げる。可愛らしい仕草が、高めの地声も相まって少女にも見える可憐な美貌に、いやにそぐわしい。だがそのことがタンジェに何か影響を及ぼすかと言われれば、まったく、皆無である。
 サナギはあらゆる物事をよく知り、かつ恐ろしく記憶力のいい男であるから、むしろタンジェはその言葉を胡乱に思った。意義は薄いかもしれないが、訂正する。
「……木こりだ。ただ、猟師まがいのことはしてた」
「ああ、後半のほうを強めに覚えちゃってたな」
 ジトリと睨めば、サナギは笑っている。真意は測りかねたが悪気がある様子ではなかった。あるいは、わざわざタンジェからの言葉を引き出そうとしたのかもしれない。だとしたら、まんまと、というわけだ。
 視線を外してタンジェがぎしりと椅子にもたれると、そうしたタンジェを覗き込むように身を乗り出したものがある。パーシィだ。
「クマを仕留めたこともあるのかい?」
 興味があるのは、タンジェの経歴についてではなく、恐らく――
「クマ肉ってどんな味がするんだ?」
 端整な顔立ちに爽やかな笑顔、体型もすらりとしている好青年なのだが、食に貪欲なのである。これでこのパーシィという男、『聖ミゼリカ教』――世界でもっとも勢力の大きな宗教だ――の聖職者だというのだから呆れる。聖職者ってのは、もっと清貧なものではないのか。そりゃあ、別に肉食は聖ミゼリカ教のタブーってわけではないが……。
「見かけるくらいはたまにあったが、クマなんざ、仕留めたことねえよ。一番デカくて60kgのシカだ」
「へえ、美味しかったかい?」
「……」
 会話をやめようとするタンジェに、サナギがフォローするように割り込む。
「シカを狩るのもたいしたものだと思うけどね」
「気なんか使ってんじゃねえよ。気持ち悪ぃ」
「本心なんだけどなあ」
「アノニムならクマも仕留められるかい?」
 パーシィが向かいで退屈そうにしている褐色の大男に話を振った。アノニムはつまらなさそうに首を傾け、
「人間相手よりは苦労する」
 と、特段の興味もなさそうに言った。タンジェの眉が上がり、食って掛かろうと身を乗り出す前に、
「それで」
 神経質にとんとんとテーブルを指で叩いた緑玉が、端的に尋ねた。
「受けるの?」
 テーブルの中央には、紙が一枚。
『-害獣駆除依頼-
 ロッグ村で発生している獣害に対応できる人員を欲している。至急。
 駆除対象は狂暴なグリズリーである。確認できているものは1体。
 応募は単独・少人数は不可。最低5名から12名まで。
 謝礼は1名につき150Gld。旅費・宿泊費・食事等、諸経費の用意あり』
 一同の視線がテーブルの紙から、いっさいの感情を伺わせない黒衣の男、黒曜のもとへと向かう。

 ――このテーブルについているのは、タンジェ、サナギ、パーシィ。そしてアノニム、緑玉、黒曜の6人だ。
 男がこれだけ揃えば席は窮屈である。がやがやと騒がしい食堂の中で食事も頼まず男6人が顔を突き合わせるこのテーブルは、一見、異質だ。
 だが、店にいる者は、給仕側も、ほかの客も、そんなことを気にはしない。
 だってこれは、"冒険者"による"パーティ"の、ごくありふれた会議でしかないからだ。
 
 妖魔が跋扈し、悪人が魔法を振りかざし人々を陥れ、殺人鬼が剣やナイフで他人を刺し貫くこの世界で、あらゆる荒事を解決するために奔走する――冒険者というのは、だいたい、そんな感じの稼業だ。

 冒険者はほとんど固定のメンバーで徒党を組んでいて、それが"パーティ"と呼ばれる。人数は別に定められてはいないが、6人であることが多い。現に、タンジェたちのパーティも、この6人で固定である。
 一同の司令塔は黒曜で、依頼を受けるか否かは黒曜が判断し、決める。5人の視線の行き先が黒曜の恐ろしく淡白な無表情の顔面だったのもそういう理由からである。
「受けよう」
 平坦な声色で黒曜が言った。
「明日の朝、発つ。今日中に必要な準備を整えておけ」
「了解。ロッグ村までは、ファスの町を経由する必要があるね。まず、ファスの町まで馬車で2時間。そこからファス山を登って1時間程度の山中にある村だよ」
 サナギは別に地図も出していないのに言った。まるで頭の中にすっかり地図が入っているかのようだ。
「途中で野宿、ということはまずないだろうけど。山登りがあるから、ランプの油、食料と水、ロープや調理器具なんかの――"いつものセット"の点検と消耗品の補充を忘れずにね」
 一同はてんでばらばらに返事をしながら、席を立つ。チームワークは、あまりない。それもそのはず、パーティを組んで、たったの3ヶ月である。

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