きっと失われぬもの 4
アノニムと別れ、何とはなしに歩いていると、緑玉と出会った。
普段は特に会話もないお互いだが、エスパルタのことはタンジェが詳しいと見たのか、
「大きい建物の横で肉が振る舞われてたけど、あれ何?」
ああ、とタンジェは言った。さっきの試合で殺された闘牛が肉になって振る舞われていたのだろう。
「食ったのか?」
「食べてない。正体不明の肉、食べるわけない」
それはそうだ。もともと緑玉は神経質で警戒心が強いからして。
「あれは、負けた側の肉だ」
言ったあとに、かなり説明不足だったと気づいた。
「……負けた側?」
「ああ、そのでけぇ建物は闘技場で、闘いがある。闘牛っつって、人が……」
「人肉なの?」
……人間の剣闘士同士の闘いだと思ったのだろう。
人間嫌いの動物好きである緑玉にとっては、そのほうがよかったのかもしれない。
いや、でも人肉だと誤解させたままなのは問題だろう。エスパルタがそういう国なのだと思われてしまう。
「いや、片方は牛だ」
「人間と牛が闘うってこと?」
案の定、緑玉の綺麗な顔が歪んだ。
「そうだ。負けた牛の肉が出る」
別に嘘をつく理由はなかったので、素直に答える。
「ふうん……」
緑玉は動物好きだが……ノワケの肉は食った。闘牛の肉はどうなのだろう。
「何が面白いの」
緑玉は冷めた声色でそう続けた。ああ、これは食わねえな、とタンジェはすぐに察した。
「アノニムはつまらねえってよ」
「タンジェリンも見て来たんでしょ」
「まあ……、見ては来たな」
緑玉にとっては面白くない話だろうが、タンジェは頷いた。闘牛を見たのは事実だし、タンジェは自分の意思でコロッセオに足を踏み入れた。
「別に面白がって見に行ったわけじゃねえよ」
と言いつつ、行った動機は『せっかくなので』。
緑玉はジトリとタンジェを睨んでいる。軽蔑だろうか。
まあ、ヒビが入るような友情は初めからないし、緑玉からの好感度が下がったとて、一がゼロになった程度の話だろう。
タンジェはもともと人に好かれるタイプではなく、好かれたいわけでもない。
少しの沈黙。
別のところをまた適当に回るか、と思っていると、「あのさ」と緑玉が言った。
「別に、復讐するしないはあんたの勝手だけど。早く決めて。俺、本当に今日、ベルベルントに戻りたかった」
正面から文句を言われた。タンジェとしては耳が痛い話だ。
それでほとんど反射的に、
「てめぇは人間に復讐しねえのか」
緑玉が一瞬、言葉に詰まり、
「なに? なんで?」
少しだけ動揺した。
それはそうだ。タンジェが緑玉の過去を、黒曜の夢を通してわずかに垣間見たことを、緑玉が知る由はない。
タンジェは、
「ベルベルント中が眠りについたとき、たまたま黒曜の夢の中に入って、だいたい見た。黒曜の過去の夢だった」
言ってしまったからには隠し立ては無駄だ。もともと嘘だの誤魔化しだの隠しごとだのに向いている性格でもない。
緑玉は「ふーん」と言って、またジトリとタンジェを睨んだ。これも軽蔑だろう。緑玉にとって黒曜は同郷の、それも慕う相手だ。
義兄の親友という立場……になるのか。
その過去の夢に部外者が勝手に入り込んで一部始終見てきたなんて話は、面白くはないだろう。
だが、『たまたま』の部分で情状酌量はしてくれたらしい。あの悪夢の事件でタンジェが解決の一端を担ったことも、その判断を後押ししたかもしれない。
「復讐は黒曜がやった。町を襲った人間も、黒曜を奴隷にしたやつらも、俺たちを奴隷にしたやつらも、関わった人間はもう誰も生きてない。俺がやることはもうない」
緑玉は少し、拗ねたように言った。
タンジェは少し顔を歪めた。
宝石眼の中には、稀少価値ゆえに生かされ奴隷にされた者もいたと黒曜が言っていた。
一時は逃れることができた黒曜たちもまた捕まり、奴隷生活を強いられた。
黒曜がどうやってそこから逃れたのかは、タンジェは知らない。
それだけではない。タンジェは、パーティの一同のことを何も知らない。
当たり前だ。知ろうとしてこなかった。
もともと他人に深く興味や関心を寄せる性格ではないのが大きい。パーティからの異動も考えていたし、メンバーの人となりを知ることにさほど意義を見出していなかった。
だが、タンジェは思う。
もっと仲間のことを知るべきだった。いろいろな人生を知ってさえいれば、様々な道の在りようも知れるのかもしれない……。
「緑玉」
「……なに?」
「てめぇにとっては、終わったことなのか」
少し黙ってから、緑玉は吐き捨てるように言った。
「終わりって、なに? 俺が人間を許したら終わる? じゃあ永遠に終わらない」
緑玉の視線はタンジェから外れている。そっぽを向いたままの緑玉は、
「……抱えてたっていいことないけど、捨てるのはもっと無理」
「……」
「でも……別に無理に終わらせることじゃない、こんなの」
「……」
そうか、とタンジェは言った。そうだな、と。
それから緑玉とタンジェの間に少しの沈黙が流れて……タンジェは何気なく、トゥロンを緑玉に渡した。
訝しげな顔をしていたが、一口食べたあと一瞬で平らげたので、口に合ったらしい。それから緑玉はタンジェに素っ気なく礼を言って立ち去ったし、タンジェはそれを追わなかった。
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一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
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中世洋風のファンタジー。
登場人物は男キャラ多数。
冒険者一行の連作短編です。
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