カンテラテンカ

きっと失われぬもの 6

 通りをさらに北に行くと、今度はサナギと出会った。聖誕祭の飾りつけの赤と緑はサナギによく似合って、背景に溶け込んでいきそうだった。それでも金髪にほど近い黄緑の髪は目立っていたが。
「さっき緑玉にも会ったよ」
 サナギは丸いチョコレート菓子をつまみながら、広場で聖歌隊がコーラスするのを流し聴いていた。さっきっていつだ。さっきの緑玉ならタンジェといたし、それより前のさっきならアノニムと会話していた。……マイペースなサナギには、数時間前でも"さっき"なのだろう。
「緑玉は、聖歌はお気に召さなかったみたい」
「そうかよ」
 出入り自由で場所が広場ということもあって、コーラスをBGMに歓談をしている者も多い。そういうことなら、多少サナギと会話をしても許されるだろう。タンジェは設置されたベンチに腰かけた。
「食うか?」
 残り少なくなったトゥロンを差し出す。
「おいしそう。なにこれ?」
「トゥロン。アーモンドとかはちみつでできた菓子」
「ありがとう。いただくよ」
 サナギはトゥロンをひょいと摘まんで、そのまま小さな口へ持っていった。ポリポリと音を立てて食べている間に、袋に入ったチョコレート菓子をタンジェに差し出してくる。代わりに一つやる、といったところだろうか。遠慮なくもらった。
 少し甘みの強いチョコレートでも、やはり故郷で食べるものはいい。
「おいしいねえ」
 サナギがしみじみと言うので、タンジェはにわかに機嫌をよくした。故郷の飯を褒められて悪い気になるやつはいないだろう。
「タンジェはさ。自分がオーガだって知って、どういう感じなの?」
 一瞬で機嫌が瓦解した。
「てめぇ……それ、よく聞けるよな」
「俺が聞かないと、誰も聞かないでしょ」
 誰も聞かなかったらタンジェはずっと言わないでしょ、とサナギ。
「言う必要、あるのかよ?」
「あるよ。だからヒトには言葉がある」
 当たり前のような口ぶりで言った。
「ヒトか」
「うん」
「オーガ……だっただろうが」
 サナギは笑った。
「だったら俺もホムンクルスだよ」
「じゃあ、てめぇもヒトじゃねえじゃねえか」
「ヒトでなくても、きっと、心を伝え合うために言葉を交わすんだと、俺は思うよ」
 タンジェは叔父を名乗るオーガと会話が"できてしまった"自分のことを考える。自分が人間に育てられ、共通語を母語とし、にも関わらず同じ種族のオーガの言語を解してしまったのは、心を伝え合うためだったのだろうか?
 ただ、サナギはそんなことを議論したいわけではないだろう。タンジェは大人しくサナギの質問に答えようとした。
「悲しいとか……つらいとかは、思ったより、ねえな」
「うん」
「悔しい、が、いちばん近え気がする」
「うん」
 サナギはいちいち相槌を打って聞いている。言っている間に、なんとなく、自分の中で気持ちが整理されていくような気がした。
「自分が何も知らなかったってのが……。それに、それを知らされたのが、あのクソ野郎の手のひらの上でってのもムカつく」
「ラヒズに復讐したい?」
 サナギの言葉は唐突だった。タンジェは言葉を止め、サナギを見る。
「あいつは悪魔だ。きっと放っておけば被害は広がる。まあ、人類の敵だね。パーシィもひどく敵視しているし、倒すことになるよ。きっとヒトは悪魔には負けない。いつかラヒズは倒される。そのときに――」
 サナギのほうからも、タンジェの顔を覗き込んだ。
「――その刃はきみがいい?」
「ああ」
 ほとんど反射で頷いた。だが一拍置いたそのあとで、タンジェの心は変わらなかった。
「ヤツを倒すのは俺だ」
 サナギはニコッと笑った。
「いい顔だよ、タンジェ。自分のプライドのため、人類悪への懲罰のため、戦うんだ。ただ、一つ訂正しよう――ヤツを倒すのは、俺『たち』さ。トドメは譲るけどね」

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