羽化 2
- 2024/02/01 (Thu)
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今世代のサナギにはあまり友達はいないのだが、パーシィに説明した通り、所属していた団体の同窓生はいる。
サナギのいた研究室はサナギを含めてたったの6人で構成されていた。そしてその中の2人が、此度、結婚する。つまり新郎新婦どちらもサナギの同窓生で、友人というわけだ。
錬金術師というのはだいたい大きなコミュニティを築くことはないし、研究者は不要な派手も華美も好まない者が多いから、きっと2人も小ぢんまりとした式にするだろう。それでもその少ない招待客の中にサナギの名を入れてくれたことは本当に嬉しかった。
ベルベルントの人びとはだいたいみんな聖ミゼリカ教会で結婚式を挙げるが、最近は無宗教の人に配慮し、独立した式場なんかもできている。若い子は聖ミゼリカ教会の式は堅苦しいと言って、式場でのフランクな式を好むようだ。
新しくできたメリアル式場は小さいが綺麗でサービスも行き届いていると評判がいい。メリアル式場にいる唯一のブライダルプランナーは、驚いたことに錬金術師仲間のシェジミだ。もちろん、錬金術師としては異例の職先である。連盟にまだ名は連ねているものの、早々に就職して真っ先に研究室を出た彼女に、一同は目を丸くしたものだ。
メリアル式場のおしゃれな庭先を通り抜けると、受付らしきカウンターにカッチリとしたスーツに身を包んだ眼鏡の女性がいる。件のシェジミだ。
「やあ。久しぶり」
シェジミは書類から顔を上げ、サナギを見てハッとした顔をした。
「遅いわ!」
ぴしゃり。
「あなたが参加者最後の一人よ! ルーズなところは変わってないわね!」
シェジミは昔から本当に神経質だ。細かくて、超がつくこだわり派なのである。サナギも別に自分をルーズだとも無頓着だとも思ってはいないのだが、シェジミには昔からよく遅い、自堕落、雑などさまざま罵られたものだ。
もちろん、神経質のこだわり派というのは、研究者としては悪くない性質だ。ただ……、学んでいた分野とはまるきり違う進路に進み、ブライダルプランナーなんていう職業にもなれば、少しは変わってしまうものかなと思っていた。うーん、まるで変っていない。
「いやいや、まだ11時だよ。予定時間の30分も前じゃないか」
「……普段ならそれで許すのだけど」
眼鏡のブリッジを抑えて頭の痛そうな顔をしたシェジミはため息をつく。サナギは首を傾げた。
「何かあったの?」
「それが……」
シェジミは少し逡巡したようだったが、やがてこう言った。
「リリセがあなたに会いたがってるのよ」
「え?」
リリセ・クリサリス。今日の主役の1人。つまり、花嫁だ。
「もう控室にいるんじゃないの?」
「いるわよ。とっくに調整も着替えもメイクも終わってるわ」
「それ、俺が入って見ちゃ駄目だよね?」
「当たり前よ!」
言ってから、シェジミは大きなため息をついて肩を落とした。
「でもリリセって昔から言い出したら聞かないじゃない? あなたに会わなきゃ結婚式を始めないって言うのよ……」
「何か理由があるのかな」
「聞けてないわ」
リリセがサナギに会いたがる理由……、サナギのほうには、特に心当たりはない。考えても分からないだろう、本人に聞いてみないことには。
「とにかくリリセのワガママを何とかするのに、あと30分じゃ足りないわよ。今回は花嫁たっての希望だし、本当に特別よ……さっさとリリセに会ってちょうだい」
「分かった」
サナギが花嫁の控室に案内を頼もうとすると、奥の部屋から小走りで小柄な女性がやってきた。花嫁リリセの大親友モルだとすぐに知れた。
「やあモル。久しぶり」
「ああサナギくん、来てくれたんですね……!」
走ってきたから少し汗をかいていて、モルは小さなハンドバッグから取り出した水色のハンカチでそれを拭った。
「シェジミちゃん、本当にごめんなさい。リリセがワガママを言って」
「いつものことじゃない。それよりサナギを連れて行って、さっさとあのお姫様の癇癪をなんとかしてちょうだい」
モルは頷いて、サナギに呼びかけてから足早に先を歩いた。ついていく。
小さな式場だ。花嫁の控室にはほどなく到着し、ノックしたモルが「モルよ。サナギくんが来てくれたよ」と中に声をかけた。
「入って」
リリセの応答があり、モルが扉を開ける。
窓辺に佇むウェディングドレスの女性。いつもツインテールにしていた長い金髪は頭の上で結っている。長い睫毛が揺れてこちらを見た。
「おっそい!!」
本日二度目! リリセとシェジミは、錬金術連盟の中でも苛烈な性格で有名なのだ。
「アンタねぇ、この私をいつまで待たせる気なのよ!?」
見た目は可憐な美少女なのだが、口を開けばこんな感じである。連盟の別の研修室から「黙っていればいいのに」と陰口をよく言われていたのを知っているが、サナギからすればとんでもない! リリセの歯に衣着せない辛辣な態度を、サナギはむしろ好ましく思っているのだ。
「はは、ごめんごめん。まさかこうして控室に呼ばれるなんて思ってもいなかったからさ」
「そうだよリリセ」
モルがサナギをフォローする。
「リリセのワガママなんだから」
「ふん! 本日の主役がワガママ言って何が悪いのよ!」
この傍若無人ぶりにはさすがのモルもため息をつく。
「ごめんなさい、サナギくん」
「いいよ、いつもの調子で結構じゃないか。それで、なんで俺は呼ばれたのかな」
リリセはサナギのほうを見て、一瞬だけ、迷うように視線を彷徨わせた。
実際は迷いというより、気まずいときのリリセの所作だ。新郎ヒカゲの研究成果に紅茶をぶちまけたとき、同じ顔をしていたのが懐かしく思い出される。ヒカゲのほうはのんびりした男で、別になんてことはないと許していたけれど。言われてみれば、リリセとヒカゲは昔からわりと仲は良かったか?
考えている間に、リリセは腰に手を当て、
「サムシング・フォーが盗まれたのよ!」
はっきりとそう言った。