カンテラテンカ

羽化 4

「ヴェールの流行りとか知識量もキモいし……なんで身長とか私の好みのヒールの高さとかピアスあけたこととか覚えてんのよ!? それが本当にキモい!!」
 なるほど言われてみればかなりキモかったかもしれない。サナギは自分が語った推理、というより想像が、ほとんど誰かしらの個人情報で成り立っていたことをいまさら自覚して、さすがに反省した。ただ、リリセの癇癪自体はよくあることだ。罵られていることは別に不快ではない。
 もっとも、癇癪を起こしたリリセを宥めるのはだいたいモルの役目だったのに、モルはハラハラした顔をしつつも、口を出さずにリリセの癇癪の行方を見守っていた。
「あのね! サナギ!!」
 リリセはびしりと人差し指をサナギに突き付けた。
「うん?」
「私がなんでアンタに好みのヒールの高さを教えたか分かる!? なんでピアスをあけた報告をしたか分かる!? 分かってないでしょ!!」
「へ?」
 サナギはきょとんとした。もちろんこの世の中にはサナギに分からないことはまだまだたくさんあって、想像の及ばないものもある。人の心なんかその最たるもので、中でもリリセの心中を察するなんてのはまずもって不可能なことである。
 リリセはいっとう大きな声でぶちまけた。
「アンタからプレゼントが欲しかったからよ!! アンタのことが好きだったの!!」
 難解で、きっと深遠で、理解不能なリリセの、無茶苦茶で、でもすごく魅力的で面白いところを、サナギはとても好ましく思っている。それでもここでようやく知れた彼女の内面は、至極単純で、あまりにシンプルだ!
「アンタ頭はいいけど、私の気持ちなんかぜんっぜん気付いてなかったでしょうね!!」
 そのとおり。"頭がいい"サナギをして、反論はまったく思いつかなかった。サナギはちらと笑った。
「俺のことを試したんだね?」
「そうよ!」
 即答で頷くリリセ。
「アンタが全部忘れてたら、それでよかったのよ! 私のヒールの高さも、ピアスをあけたことも!!」
「……」
 それでもリリセが、サナギが"すべて覚えている"可能性を、まったく考慮しなかったとは思えない。彼女は賢い女性だ。
「俺が覚えているとは思わなかった?」
「……」
 素直に尋ねれば、リリセは唇を噛んで俯いた。
「逆なんです」
 不意に、モルが言った。
「逆?」
「覚えてるって、確信があったよね」
「ちょ、ちょっとモル!」
 モルの口を塞ごうと、慌てたリリセがモルに振り向くのだが、モルのほうは慣れた様子で受け流しながら、
「あのですね、サナギくん。リリセはね、きみが好きだったと伝えるタイミングを、ずっと計っていたんですよ」
「ええ?」
「あー! な、なんで言うのよ!」
 リリセが真っ赤になってモルの肩をぽこぽこ叩いている。痛くはなさそうだが、モルはそれで困ったように笑っている。
 徐々にリリセの拳が止まり、リリセはぽつりと言った。
「言っておくけど、終わった恋よ。でも、そのままじゃ、ヒカゲとの結婚が不誠実じゃない……」
 彼女の価値観では、そうなのだろう。始まりすらしなかったサナギへの恋は、彼女の中で不完全燃焼のまま自然消滅し、そしてやがてヒカゲのことを愛するに至った。でも、リリセは、"サナギのことが好きだった過去”に決着をつけなければ、それを不貞だとすら思っているのだ。
「……」
 サナギは少し考えて、やがて、
「"ごめん"!」
 大きな声で言って、頭を下げた。リリセの眉が上がり、彼女は「は?」と言った。
「"リリセ、きみのことは好きだし気持ちは嬉しいけど、俺はきみとは恋人になれない"」
「……」
 サナギは頭を上げ、満面の笑みでリリセを見た。
「どうかな。これで決着ついた?」
「……」
 リリセもまた、にっこりと笑った。
「そうね、ありがとう」
 そして彼女の振り上げた手が目にも止まらぬ速さでサナギの左頬を引っぱたいた。
「最低ノンデリバカ男!!」
「ええ?」
 赤くなった左頬を撫でながらサナギが情けない笑顔で首を傾げる。
「そういう話ではなく?」
「そういう話……そういう話だけど。なんで結婚式に別の男にフられなきゃなんないのよ!」
 リリセは顔を真っ赤にして怒っていたが、でもやがて徐々に肩が震え始め、見る間に笑い出し、
「ほんと、バッカみたい!」
 綺麗な顔に浮かんだ笑顔は、まるきり華のようだ。
 ひとしきり笑ったあと、やがてリリセは少しだけ顔を伏せて、ぽつりと呟いた。
「こんな私が、ヒカゲと幸せになれるかしら?」
「……」
 ともすれば過剰すぎる彼女の誠実な貞淑さは、きっと彼女の臆病さの裏返しだ。
 けれどもサナギは、かつての誇れる仲間たちの未来に、一抹の不安もない。胸を張って言える。彼女たちは大丈夫だと。
 穏やかな笑顔で、サナギは言った。
「蝶になった先のことを考えて羽化する蛹なんていないだろう」
「……私が蝶と同じ?」
「不満かな?」
「いいえ。蝶は好き」
 そしてリリセは、彼女にしては不格好に笑った。

 いつまで待たせるの、とシェジミが控室の扉を激しくノックする。サナギたちは顔を見合わせた。
「じゃ、俺は行くね。見てるよ」
「今日の私は世界で一番可愛いわよ。あんなフりかたしたの後悔させてやるんだから」
「あはは! ヒカゲは幸せ者だね」
 心配そうにサナギとリリセの会話を見届けていたモルも、ようやく安心したように微笑み、退室しようとするサナギに小さく手を振る。
 応じて軽く片手を振ったサナギは、ふと、ひとつ思いついた。
「もうサムシング・フォーは揃っているけど」
 サナギは懐から6ヴェニー銀貨を取り出した。
「俺からはこれを」
 そっとリリセの靴を脱がせ、その中に入れて差し出す。
「……え? 何?」
「あれ? サムシングのフォーのマザーグースには、最後にこのフレーズがなかった?」
「知らないわ」
 訝しげな顔をしていたリリセだったが、やがてはさっぱりした笑顔を見せてくれた。
「でも、もらっとく」

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