カンテラテンカ

テ・アモは言わずとも 3

 女はスカートを翻して、星数えの夜会から大通りまでの小道を駆け抜けていく。この小道は砂利も多く走りにくい。慣れたタンジェのほうが圧倒的に速く、女はすぐさま捕まった。
「は、離して!!」
「逃げたっつーことは、間違いねえな?」
 凄んでみせると、女は青くなった顔を歪めて、
「あ、アタシ、牢屋に捕まる?」
 と、急にしおらしくなった。惚れ薬の違法性を知っているのだ。
「……てめぇが売ってたわけではねえんだよな?」
「そ、そうよ! アタシは買っただけ!」
「そうかよ……はっきりとは言えねえが……」
 正直、こういうルートで手がかりが見つかると思っていなかったので、買った側がどういった罰を受けるのかは分からない。
 だがこれは好機とばかり、タンジェは付け焼刃の知識で適当を言ってみることにした。
「買った側ももしかしたら罪に問われるかもな……惚れ薬は国を挙げて警戒してるからな」
「そ、そんなの困る……!」
「おとなしく協力すりゃ、万が一のとき、協力してくれたって口添えしてやるよ」
「ほ、本当に……?」
 助けてやると断言したわけではないので、嘘にはならないだろう。実際のところ、タンジェなんかの口添えがどのくらい効果を発揮するのかは知らない。タンジェはその手の駆け引きは苦手だし、今だってなんとかうまく口が回ったものの、この女じゃなきゃ効果がなかったかもしれない程度のハッタリだ。
「じゃあ……協力する……何を話せばいい?」
「どこであのチョコを買ったのかが知りてえ」
 女は大人しく頷いて、
「あれはね、占いの館ルーレアってとこで買ったの」
「占いの館?」
「本当にたまたま……占いの館を通りかかって、そのときアタシ、恋に悩んでて……パーシィさんへのなんだけどね、えへ……」
 そこはどうでもいい。
「恋の相談をしようと思ってそこに入ったの……そしたらルーレアって占い師が全部ビシバシ言い当ててね……本物だ!! って思ったの」
「その占い師が惚れ薬を?」
「うん。惚れ薬入りのチョコが鍋で煮えてて、カップに掬ったチョコに、指をほんの少しだけ切って血を混ぜて……固めてできあがり!」
「血……」
 想像してしまった。げんなりしたタンジェに、女は問う。
「なんであれが惚れ薬入りだって分かったの?」
 はっきり言って、ほとんど勘だ。だが一応、眺めていて何となく閃いたことを素直に告げた。
「しっかり包装してあんのに、中が大してデカくもねえチョコ1粒ってのがな……確実にパーシィ"だけ”の口に入るようにじゃねえのか。あるいは高くてあれだけしか買えなかったか?」
「……」
 女は項垂れた。
「……まあ、何でもいい。それより、ルーレアってのの場所を教えろ」
「ウグイス通りを南に……。デズモンド・ベーカリーってパン屋さんの横よ。パン屋さんは看板が出てるから分かると思う。占いの館のほうは暗くて小さい」
「分かった」
 この女の身元の確認は……、どうでもいいか。面倒だし、ルーレアとやらが捕まりさえすればタンジェの仕事は達成できる。タンジェはウグイス通りへと急いだ。

★・・・・

 ウグイス通りのデズモンド・ベーカリーはすぐに見つかった。街中のことなので、きちんと確認しながら探せば見つかって当然である。
 デズモンド・ベーカリーの横が件の占いの館ルーレア……。確かに、やっているのかいないのかも分からない小さな建物がある。扉は、さほど高くないタンジェの身長でも軽く屈まなくてはいけないくらい小さい。タンジェはノックをしてから中に入った。
「ようこそ」
 出迎えたのは、黒いローブ姿の女だった。長い銀髪に紫の目をしている。突然の来客にも驚いた様子もない。
「あなたが来ることは分かっていました」
 なるほど、伊達に占い師ではないというわけか。
「なら要件も分かってんだろ? 惚れ薬入りのチョコを売ってるのはてめぇだな?」
 俺が尋ねると、女――ルーレアは頷く。
「ええ」
「じゃあお縄に付けよ。大人しくついてくるなら手加減するぜ」
 ルーレアは少し考えるような仕草をしたあと、
「捕まるのは困りますね……」
 ぽつりと呟いた。それからタンジェのほうを見て、
「取引をしませんか?」
 と、にっこり笑って言った。聞き耳を持つ気はない。
「大人しくついてくる気はねえってことか?」
「あなたは不安に思っていますね? 恋人が本当に自分を好きなのか」
 聞き耳を持つ気はなかった、のだが。タンジェはその言葉にぴくりと眉を上げた。
「……何が言いてえ」
「私は商才はともかく、本業の――占いのほうは自信がありましてね。特に不安や悩みはかなり細かく分かります」
 ルーレアは自信たっぷりに続ける。
「どうでしょう? 惚れ薬チョコレート、試してみませんか? 無料で差し上げますよ、あなたが私を見逃してくれるならね」
 黒曜と恋仲になってから1ヶ月が過ぎようとしていた。さて、タンジェは本当に黒曜に好かれているのか? 分からない。なんだか照れくさくて手も繋いでいないし、会話が増えたわけでもない。黒曜のほうも特に意識している様子はなく、依頼がないときはいつも通りの淡白な表情でひなたぼっこをしている。
 ぐつぐつと大鍋の中で煮えるチョコレート。
 それを指し示したルーレアが笑う。
「素っ気ない恋人に、愛を伝えてもらいたいと思いませんか?」

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