カンテラテンカ

テ・アモは言わずとも 4

 星数えの夜会に戻ると、相変わらずパーシィは山積みの箱の前に座っていた。
「おかえりタンジェ。あの少女は?」
「あ? ……知らねえ。こっちが聞きてえよ。ここには戻らなかったのか?」
 いや、一度戻ってきて、すぐ帰ったよ、とパーシィは言った。
「戻ってきたのも、チョコを回収しに来たって感じだったけど……なんだったんだ? 彼女」
 そうか、あの女はパーシィにチョコを食わせるのは諦めたか。冷静に考えてみて、自分の身のほうが可愛かったというわけだ。
「それに、あのチョコ、タンジェは惚れ薬かと聞いていたよな」
「あ? ああ……」
 タンジェは生返事をした。パーシィがタンジェの手にある小箱に気付き「それは?」と話を変える。
「て、てめぇには関係ねえ。それより黒曜は?」
「黒曜なら……」
 パーシィが言いかけたところで、階段から黒曜が降りてきた。今日1日は部屋でのんびりしていたのかもしれない。
 タンジェは黒曜に駆け寄り、肩を掴んで反対方向――今降りてきたばかりの階段のほう――を向かせ、背中を押して階段を上らせた。
「タンジェ? なんだ?」
「いいから! 部屋行くぞ!」
 階段を上りきり、無理やりタンジェの部屋に押し込もうとすると、黒曜はぴたりと立ち止まり、
「俺の部屋でもいいか?」
 と尋ねた。
「なんッ……いや、ま、まあいいが? 行ってやっても?」
 動揺して上から目線になってしまった。
 あくまで訓練等の目的がある以外で――要するに私用で――黒曜に部屋に誘われたのは初めてだ。もっとも、タンジェは人目を避けようとしただけで他意はない。タンジェは黒曜と共に彼の部屋へ入った。
「俺に何か用だったか」
 黒曜が尋ねながらタンジェに椅子を勧める。無視したわけではないのだが、タンジェは突っ立ったまま、少し悩み……思い切って手に持っていた包みを黒曜に差し出した。
「? 俺に?」
 黒曜は不思議そうな顔をしたが、タンジェが頷くと素直に受け取ってくれた。
 さっそく包みを開ける黒曜。
 中には、ピアスが入っている。
 上品な金色をしたシンプルなものだ。高かった。これを買うのに、タンジェは何としても今日、仕事をこなして金を作りたかったのだ。
 惚れ薬なんざ要らないし、そもそも最初からタンジェの頭にはルーレアをとっ捕まえてブルースに引き渡すことしかなかった。
 ルーレアはあのあとそこそこ抵抗したが、たかが占い師の女がタンジェに勝てるわけもない。簡単に組み伏せて盗賊ギルドへ連行した。

 黒曜に好かれているか好かれていないか、そんな悩みはタンジェが黒曜を好きなこととは関係がない。好かれてないとしたら、タンジェにはそれだけの魅力がないというだけだ。逆を言えば、好いてほしいならタンジェが好かれるだけの男になればいいのである。
 そのために、というと即物的すぎるが、タンジェのほうはそちらが好きだ、というアピールをしようと考えた。そのためにこのバレンタイン時期に合わせてピアスを買ったのだ。
 何かアクセサリーを贈りたいと思ったときに、黒曜がしている飾りといえばピアスしか思いつかなかった。
 黒曜の好みはよく分からないので――恋人なのによ!――とりあえず無難に、今つけているものと似通ったデザインにした。同じようなデザインのアクセサリーが2個あっても意味がないのではと気付いたのは買ったあとのことで、もともと華美を好まないタンジェにそこまで気は回らなかったのである。

 さて、黒曜の反応はと言えば、まず無表情でピアスを見下ろしていたが、やがて、ふ、と口元が緩んで「ありがとう」と言った。
 タンジェはそれだけで満足した。
「よ、用はそれだけだ。じゃあな」
 満足と同時に照れが来て、急いで立ち去ろうとしたが、腕を黒曜に掴まれる。
「おわ! な、何だよ!?」
 黒曜はタンジェのことを留めておいて、机の上に置いてあった包みを拾い上げ差し出した。
「俺からも……受け取ってほしい」
 タンジェとはまるで正反対に、黒曜は照れた様子がない。タンジェは黒曜の手の包みと黒曜の顔面を何度か見比べて、ようやくその包みを受け取った。
 恐る恐る開けてみると、こちらもピアスだった。丸くて小さな朱色のピアス。
「タンジェリンクオーツという石だそうだ」
 嬉しさと照れと困惑がないまぜになりタンジェはしばらく「お、おう」とか「同じ名前だな」とか言っていたが、ふと気付いて、
「ピアスあけねえとな……」
 と呟いた。さっきも言ったが、華美を好まない性質だ。今までピアスを着けると考えたことすらなかった。それでもさすがのタンジェでも、ピアスを着けるのには穴が要ることくらいは知っている。
 ふふ、と息が漏れるような微かな笑い声が聞こえたので、顔を上げると、黒曜が小さく笑っている。
「な、何だよ?」
「あけてくれるのか。ピアス」
「そりゃ、好きなヤツにもらったら着けるだろ?」
 大真面目に言った。アクセサリーをもらって着けない選択肢があるのかとタンジェが難しい顔をしていると、黒曜はタンジェに2歩ばかり急接近し、不意にタンジェの耳に触れた。思わず固まる。
「俺があけてもいいか?」
「な、何を?」
「ピアス」
 状況が呑み込めないままタンジェは浅く何度か頷いた。
「そ、そうだな、自分であけるより経験あるヤツがあけたほうが確実だしな」
「ああ。針を用意しよう」
 黒曜がそう言って準備を始める。しばしぼんやり眺めていたが、ふと、大事なことを言っていなかったことに気付いた。タンジェは黒曜の背中に言った。
「ありがとな。大事にするからよ」
 黒曜はまた笑ったようだった。

 生まれて初めてあけたピアスは、別に大して痛くはなかったが。
 痛みよりもはるかに、幸せは長く続きそうだ。

【テ・アモは言わずとも 了】
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