分水嶺 4
- 2023/09/19 (Tue)
- ┣分水嶺 |
- Edit |
- ▲Top
冒険者はだいたい宿屋を根城にしていて、その宿は冒険者宿とか、ギルドなんていうふうに呼ばれる。コンシットの言う『湖の恋亭』とやらもそれだろう。
タンジェの拠点も例に漏れず宿であり、名を『星数えの夜会』という。先ほどまでパーティ会議をしていたまさにその場所だ。
宿は、宿屋のみならず食堂や酒場を兼営していることがあって、星数えの夜会もしかり。
タンジェたちはだいたい、その食堂の一角を借りてパーティ会議なんかをしている。
宿は、単に冒険者たちへ寝床を提供するだけではない。所属する冒険者へ依頼を斡旋する役目も持っている。
今回のグリズリー退治の依頼も、実際に獣害を受けている村から、星数えの夜会の経営者である宿の『親父さん』へ持ち込まれたものだ。
そしてその宿にどんな依頼がどの程度持ち込まれるか――要するに、冒険者宿としての評判は、所属する冒険者の働きにかかっている。
星数えの夜会はタンジェたち「黒曜一行」がパーティを組んで初めて「冒険者宿」を名乗るようになった。
つまり、コンシットの言うとおり、新興の宿だ。
新興の宿に舞い込む依頼は多くない。
「そうそう、その……星見の会? そんな無名の宿、ろくな依頼こないだろ。くだらないし、つまんないじゃん、なあ?」
タンジェは舌打ちし、小声で「うるせぇな」と吐き捨てたが、コンシットには聞こえなかったらしい。しつこく畳みかけてくる。
「あんな獣人だらけのパーティで、やることは獣退治! おまけにお前、戦士役から外されたんだろ?」
カッとなった。
『獣人だらけのパーティ』。嘘はない。
無表情を貫く黒衣の男、黒曜は黒豹の獣人。
翡翠色の髪をもつ神経質な青年、緑玉は孔雀の獣人であったし、褐色の大男アノニムはミノタウロスの血を引いていた。
隠している、ということはない。三人とも耳や尾やあるいはツノで、見ただけでそうと知れる。
隠す必要がないのは、地域柄である。獣人差別が色濃い地域はあるが、このベルベルントは人種の坩堝だ。獣人も亜人も珍しいものではない。
ベルベルントでそんなことをとりたてて言うやつはめったにいないので、その点で言えばコンシットの発言こそ珍しかった。
もっとも、タンジェは良くも悪くも他人の人種や人種への思想には無関心である。
タンジェの怒りに火をつけたのはこれではない。
『やることは獣退治』。これも嘘はない。
どこから嗅ぎつけたか知らないが、確かに今回の依頼は正しく『獣退治』だ。
山に生きてきたタンジェは、野生動物の身体能力の高さをよく知っている。獣退治は簡単ではない。
だが、都会人らしいコンシットはそのことをよく分かっていないらしかった、馬鹿にした言い方で見下す程度には。
それはコンシットの見込みが甘いだけだ。怒りのもとはこれでもない。
『戦士役から外された』。コンシットの勘違いならよかったが、――嘘はなかった。
だがしかし、これである。タンジェの怒りを燃え上がらせた言葉は。
――そもそも戦士役とは何か? その問いを、タンジェも三ヶ月前、サナギにした。
「役職のひとつだね」
「役職?」
「冒険者パーティを組むにあたって、その人が何を専門にそのパーティに貢献するかの目安だよ」
と、サナギは丁寧に説明してくれた。
「例えばリーダーはパーティの行動指針の決定権を持つし、参謀は頭脳労働の担当だ。それが決まっていないと……なんていうかさ。揉めるでしょ。責任の所在もだし、手柄もね」
なるほど。荒れくれ者の冒険者をまとめるにはそれなりの秩序がいる、ということらしい。
「それをこの六人でも決めなくちゃいけねえってことだな」
「うん」
「ほかにはどんな役職があるんだ」
「望ましい役職の配分は、リーダー、参謀、戦士、盗賊、聖職者、遊撃手の六人体制だと言われているね。統計上、この組み合わせのパーティは生存率も高いんだよ」
「遊撃手ってのは?」
「特定の役職が機能しなくなったときに代わりをするフォロー役ってところかな」
そのほかにも、薬師だったり、魔術師だったり、荷物運搬係なんていう変わり種もあるけど、だから冒険者パーティは一般的に六人組であることが多いんだよ、と結論付けた。
説明はありがたいが、統計に関しては、タンジェはさほど興味はない。
タンジェの関心は、つまり、自分はどの役職になるべきか、ということであった。
・・・
「なんだっけ? タンジェさ。戦士どころかあれやらされてんだろ」
コンシットの嘲笑で、タンジェは不意に現実に意識を呼び戻された。
「――盗賊役!」
ブチ切れて暴れ出さなかったことを褒めてほしい。
・・・
――タンジェリン・タンゴは黒曜一行において『盗賊役』を割り当てられた冒険者である。
盗賊といっても、冒険者ならばその意味合いは追いはぎなんかをするいわゆる『賊』とは異なる。
盗賊役は、ダンジョンや遺跡などの探索の最中に、鍵開け、罠の発見・解除、諜候などをこなす役職で、これがいるといないとではパーティ全体の生存率が大きく変わってくる。
まず不可欠の、重要な役職だ。
ところが、だ。
・・・
「このままだと、盗賊役がいないね」
と、三ヶ月前のサナギは、腕を組んで首を傾けた。
パーティを組むことを検討した当時、六人の中に盗賊適性があるメンバーがいなかったのである。
正確には、戦士役適性・志望がかち合ってしまい、かつ、盗賊役を引き受けようという者がいなかった。
それぞれの適性配分は、黒曜がリーダー、サナギが参謀、パーシィが聖職者、緑玉が遊撃手である。自薦も他薦もあったが、この四人に振り分けられた役職に議論の余地はない。
戦士役に志望したのはタンジェと、褐色の大男アノニムだ。
もっともアノニムのほうは「志望」というほど積極的なわけではなく、「やるならそれしかできねえ」という言い分であった。
「俺だって、盗賊役なんざできねえよ」
と、タンジェは顔を歪めた。
反応したのはパーシィで、
「俺は別に、誰が何の担当をしようと構わないが……タンジェは三ヶ月前に戦闘訓練を始めたばかりだろう?」
そのとおりだ。確かに戦闘技量は粗削りである。だが、力比べだったらそうそう負けないつもりだ。
冒険者になる目的も、より強い力を求めてのことなのだ。
「戦闘経験を積みてえんだよ。強くなるにはそれしかねえだろ」
「死んでは元も子もないと思うが……」
パーシィの言葉はいちいち余計だ。正論じみているのも腹立たしい。
「無茶な戦闘をする戦士役が死なないようにするのも、聖職者の仕事だよ。パーシィ」
「もっともだ」
タンジェが睨むのもまったく気にせず、パーシィはサナギの言葉にからから笑っている。
ともかくタンジェは戦士役を譲る気はなかった。
だいたい、そもそも盗賊役が身に付けているべき諜候や解錠のスキルも何一つ持っていないのだから、盗賊役なんて無理な話である。
「アノニムはどう? 盗賊役」
アノニムは一度だけ首を横に振った。
そうなれば、どちらかがイチから盗賊役にならなければならない。
「戦って決めればいいじゃないか。勝ったほうが戦士役で」
「なるほど理にかなってるね。二人ともそれなら納得できるだろう」
それでいい、黒曜? と、さっそくサナギがリーダーたる黒曜に決断を仰げば、
「ああ」
と、淡白な返事があった。
そうしてタンジェとアノニムは決闘をした。
決闘をした――と、言っていいものか。
戦斧を構えて、瞬きした瞬間にはもう、タンジェは地面に転がっていた。
負けたのだった。ものすごく、あっさり。
いくら怪力と言えども、それを発揮できなければ意味がない。
どこで何をしていたのか過去の経緯は知らないが、アノニムの戦闘技巧は圧倒的だったのである。
それでタンジェは盗賊役にならざるを得なくなった――戦士役志望が、同じ戦士役志望に負けて、何の経験も知識もない盗賊役にさせられる屈辱!
未だにその遺恨は根深く、タンジェはアノニムに対して穏やかじゃない感情を抱いている。
そのアノニムがクマ退治に対して一言。「人間相手よりは苦労する」――それを聞いたときのタンジェの気持ちといったら、容易く言語化できるものではなかった。
これら一連の痛恨が記憶に新しいタンジェにとって、コンシットの言葉はまさに地雷そのものだったのである。
・・・
「俺たちのパーティなら、戦士役として置いてやるぜ? やることも獣相手なんかじゃなくて妖魔退治さ」
「……」
「明日さっそくヤイ村ってとこでゴブリン退治だ。そうだ! そこから俺たちのパーティに参加しろよ。なっ!」
黒曜たちのパーティからの異動を、考えないではなかった。
黒曜たちだってちゃんと訓練を積んだ盗賊役のほうがありがたいに決まっている。
異動を今まで選択肢から外していたのは、黒曜たち五人はあと盗賊役一人を探せばいいが、タンジェはほかの五人を探さなくてはならないからだった。
貯金らしい貯金もなく、コネもなければ愛想もない。
挙句、戦士役志望同士で決闘に負けたタンジェを、戦士役として引き入れてくれるパーティがあるだろうか?
少なくとも黒曜たちは「盗賊役をやるならパーティに入れる」と言ってくれていた。
やむを得ずタンジェは盗賊ギルドを探し当て、そこでなけなしの金を積んで盗賊の基礎の基礎から教えてくれる師匠を見つけた。
以来、タンジェは何とか盗賊役をやっている。
だが、パーティにいるため、すなわち盗賊役でいるためには、戦闘訓練や筋トレとは別に鍵開けなどの特訓もしなければならず、それは正直、煩わしいことだった。
つまるところ、タンジェにとって――コンシットからの勧誘は、悪い話では、なかった。
答えは決まっている。
「断る。失せろ」
理由はシンプルである。
わずか数分のやりとりの末、分かったことには、タンジェはコンシットの性根が嫌いであった。
「な……!」
口をあんぐり開けたコンシットは、たちまち顔を真っ赤にして、
「ふん。哀れに思って言ってやったのによ。一生、獣臭い宿で、薄汚い盗賊役をしてるんだな!」
手が出た。
コンシットは、タンジェの馬鹿力やパーティのメンバー構成、何の依頼を受けるのかなど、やけに偏執的に情報を収集しているくせに、タンジェが恐ろしく気の短い男であることを把握していなかったらしい。
コンシットの胸倉を掴んで引き寄せ、頬に拳を一発。
カッとなったわりに、手加減はしている。感謝してほしい。タンジェの馬鹿力で全力を出したら、頬の骨くらいは容易に砕く。
「ごっ……! ぐ……!」
倒れ込んだコンシットに、パーティメンバーらしい残りの男女が慌てて駆け寄る。
コンシットと一緒に睨んできたが、まったく怖くはなかったし、謝罪する気も沸いてはこない。
コンシットたちを見下ろして追い打ちに吐き捨てる。
「てめぇに哀れまれるほど安かねえんだよ。すっこんでろ」
「獣退治ごときで調子に乗りやがって。もういい、行くぞお前ら!」
コンシットは両脇の二人に支えられながらよろよろと立ち上がり、怒り心頭といった様子で立ち去っていった。
プロフィール
一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
中世洋風のファンタジー。
登場人物は男キャラ多数。
冒険者一行の連作短編です。
このブログに掲載している小説はフィクションです。
実在する人物・組織・事件等とは一切関係ありません。
また、著作権はやまかしにあります。
このブログにある画像、文章の無断転載・AI学習はしないでください。