カンテラテンカ

神降ろしの里<前編> 2

 自室での筋トレに一区切りをつけたタンジェは、水分を摂ろうと部屋を出た。階下の食堂に向かう途中、
「それ、マジかっ!」
 らけるのデカい声が階段のほうから聞こえた。
 夜会の二階には談話室があるので、誰かと会話をするならそこを使えばいい。だからたぶん――独り言だろう、と、タンジェは思った。
 今回に限らず、らけるはたまにやけに明瞭な独り言を言っていることがあって、らける本人はそれを『自分の中にいる、もう一人との会話』なのだと説明していた。それが嘘でも本当でもタンジェにはあまり関心がないことなのだが、らけるの発言はシンプルに異常者のそれだとも思っている。
 ただ、サナギの分析によれば、「召喚の際にたまたまその場にいた『何か』と、情報化・再構築されたらけるの肉体がくっついてしまったんだろう」とのことで、らけるとくっついてしまった『もう一人』が彼の中に実際にいることは、らけるの妄言ではないらしい。
 だからタンジェの思ったことは、正確には、独り言だろう、ではなく、らけるが『中にいるもう一人』と会話をしているのだろう、ということだ。
 他人のパーソナリティにわざわざ苦言を呈する趣味はないので、らけるがどこで誰と会話をしてようが勝手なのだが、階段でデカい声で話しているのは耳につく。階段はほかの一般の宿泊者との共有部分でもあるので、タンジェは一言注意しようと階段を下りた。
 が、階段を下りてみれば、踊り場でらけると女が立ち話をしているのが目に入った。
 もちろん、女は実在する人間で、彼女の名は『言祝ほとと』といった。らけるの少し前くらいに星数えの夜会に来た人物だと記憶している。ただ、タンジェにとっては、発音しにくい名前の女、という印象しかない。
 二人に接点を見出すことは難しい。だが、タンジェはふと、『石竜子らける』『言祝ほとと』の名前が、どちらもベルベルント近辺では見ないそれで、なんとなく雰囲気が似ていることに思い至った。――同郷、か?
 いや、らけるは異世界から召喚されたのだ。ほとともそうだ、という話は聞かない。
 だからといってらけるとほととの会話に興味があったわけではないのだが、
「嘘ではないのですが、実際に『そう』であると決まったわけでは……」
 声量がごく普通なので、通りがかりで聞こえてしまう。聞こえた会話は途中からで、内容は何のことか分からなかったが、ほととは困ったような顔をしていた。
「いいよいいよ、可能性があるなら!」
 と、明るい調子のらけるが応答する。
 タンジェとしては、会話に割り込みたいわけでも、会話をやめさせたいわけでもないが、一応、声量と、階段の踊り場を占領していることを注意しようと声をかけた。
「おい」
 らけるとほととが振り向き、タンジェを見る。ほととのほうはそれだけで何が言いたいかを悟ったらしく、
「すみません。すぐどきますね」
 と、申し訳なさそうな控えめな笑顔になった。らけるにもあいさつをして、ほととは食堂のほうへ降りていった。結果として会話をやめさせる形になってしまったが、重要な話自体はもう済んでいたらしく、らけるがそれを咎めることはなかった。それどころからけるは顔を輝かせてタンジェに向き直り、
「タンジェ! 聞いたか!?」
「何も聞いてねえ。じゃあな」
 らけるの横を通り抜けて階段を降りようとすると、らけるは素早くタンジェの進行方向に回って、
「あるらしいんだよ! 東のほうに!」
「……」
 正直、鬱陶しい。ただ、聞いてやらないと付き纏われそうなので、仕方なく話を聞いてやることにした。
「何が」
「『死者に会う方法』だよ!」
「そうか、よかったな」
 もちろん、信じてはいない。口だけで相槌を打ってその場を立ち去ろうとすると、らけるはタンジェの肩を掴んだ。
「待てよぉ、話聞いてくれって」
「何なんだよ」
 イライラとらけるの手を振り払う。らけるは別に堪えた様子もなく、
「タメなんだから仲良くしようぜー!」
 むしろ肩を組んできた。
 最初に出会ったとき、年齢を聞かれて特に疑問にも思わず答えたのが失敗だった。らけるとタンジェは同い年で、以降、らけるはタンジェにやたら馴れ馴れしい。
「な! 俺の召喚主、死んだって話したろ? で、召喚主じゃないと俺をニッポンに戻せないらしいんだけど、死んでるからどうにもならないと思っててさ」
 さっき昼飯の場で耳に入ってきた話だ。
「でも、死んだ人間に会える祭りがあるらしいんだよ!」
「はあ? ……祭り?」
 タンジェは思いきり眉を寄せた。
「そんなもんあったらサナギが知ってるだろうが」
「世界は広いんだから、サナギが知らない未知の祭りだってあるんだよ!」
 と、世界の広さなんか知らないだろうらけるは訳知り顔で言って、
「ほととが教えてくれたんだ。東の……大平倭国っていう国に、数日だけ死人が戻ってくる期間があるって! お盆みたいなもんかな?」
「オボン?」
「俺のいた国でも似たような期間があってさ。死んだ人がキュウリとかナスに乗って帰ってくるんだよ」
 何を言っているのか分からなかったが、理解した部分だけ嚙み砕き、タンジェは、
「てめぇの故郷の世界は、死人と会えんのか」
「いや、会えはしないんだけど……なんか、そういうことになってる期間というか」
「わけが分からねえよ」
 タンジェは早々に話を切り上げて、肩に組まれたらけるの腕をまた振り払って階段を降りた。らけるは懲りずについてきて、しゃべり続けている。
「とにかくさ、大平倭国って国である期間だけ行われる祭り、ヨミマイリっていうらしいんだけど、それで死人に会えるらしい!」
「……あのな」
 呆れてらけるを振り返り、
「そんな祭りがあるわけねえだろ。あったら話題にならないわけがねえ。死人に会いたいやつなんてごまんといるんだからな」
 これでもかなり優しく言い含めたほうだ。らけるは唇を尖らせ、
「じゃあ、ほととが嘘をついてるっていうのか?」
 ほとととらけるの会話はほとんど聞いていないが、ほととだって本当かどうかははっきりしないと言い添えていたはずだ。
「そうじゃねえよ。要するに、そういう言い伝えがあるとか、そういうことになってるってだけで、その話が独り歩きしてんだろ。てめえの世界のオボンと同じくよ」
 たとえばハロウィンだって死霊がうろつくとされている日だ。ゴーストなどのアンデッドが活発になりやすい時期という印象はあるが、それで実際に死人に会えたなんて話は聞かない。ヨミマイリとやらも恐らくそういう慣習の行事なのだろう。
「行ってみなきゃ分かんねえじゃん!」
 らけるは頬を膨らませた。
「見もしないで決めつけるのよくねーぞ! ワンチャンあるなら行ってみる価値あるじゃん、なあ!?」
「勝手に行きゃあいいだろ!」
 らけるの声が大きくなるにつれて、タンジェからも思わず大きな声が出てしまった。こんなところで騒いでいたら親父さんに怒られてしまう。
 らけるはタンジェに怒鳴られたことなんか気にしていない様子で、
「俺一人で行けるわけねえじゃん! な、一緒に行こうぜ!」
「ふざけんな、なんで俺が!」
「タンジェだけじゃなくていーよ、黒曜たちも一緒にさあ」
 確かにタンジェたちは今、依頼を抱えていることもなく、穏やかな日々を過ごしている――いい言い方をすれば。⁠悪い言い方をするならタンジェたちは連日ヒマで、現状、穀潰しである。
 それで、タンジェはふと閃いた。
「それはよ……依頼か?」
 これが依頼なら、タンジェたちにとっても悪い話ではない。稼業なのだから相手が誰からだろうと、依頼はあったほうがいい。
 らけるは目をぱちぱちと何回か開いたり閉じたりしたあと、
「なるほど!」
 得心いったという様子で頷いた。
「依頼すればいいのか! タンジェたちは冒険者だもんな。依頼って、どうすればいい?」
「親父さん……は、通さなくてもいいか。黒曜に直接、報酬とか相談しろ」
 らけるの笑顔が固まり、見る間にしおれていった。
「報酬って要するに、依頼料だよな? うわ……金……ない……全然ない。確か、グルドだっけ。俺、円しか持ってないもん……」
 タンジェは呆れ半分で首を傾けた。
「じゃあ依頼どころじゃねえだろ……明日の宿も危ういじゃねえか」
「皿洗いしたら宿代はとりあえず免除してくれるって親父さんが!」
 らけるはこの世界に来てから収入を得ていない。親父さんはらけるの事情を聞いて気の毒がっていたから、らけるが自立できるまでは面倒をみてやるつもりなのだろう。あるいはたぶん、アノニムに対してそうであるように。
 親父さんはお人よしだからな、とタンジェは思う。――まあ、確かにこいつを路傍に放って、死なれでもしたら寝覚めは悪いが……。
 ただ現実として、らけるは現金の貯蓄はいっさいない。エンというのがらけるの故郷の金の単位らしい。それなら手持ちがあるということだが、さすがに異世界の金をGldに換えてくれる換金屋はないだろう。
「……それで? 皿洗いでようやく部屋を借りてるやつが、どうやって俺たちに依頼料を出すんだよ?」
 らけるは口をつぐんで、難しい顔をした。
 ベルベルントにおいては、獣人だろうが異国人だろうが異世界人だろうが、偏見や差別はごく少ないだろうとは思う。仕事だって探せばあるだろう。
 だが、らけるの身のこなしなどどを見るに、らけるは戦闘訓練などをしてはいないし、魔法などの特殊な能力も使えない。元の世界で何をしていたのかとサナギが尋ねたのを聞いていたことがあるが、返答は『コウコウセイ』という耳慣れない言葉だった。詳しく聞くとどうやら学生の一種らしく、らけるの故郷では、住人のほとんど全員が特定の年齢で学校に通うとのことだ。ごく平凡な『学生』、それもこの世界に来て間もない人間が、手に職をつけられるかと言えば……、難しいかもしれない。
 たぶんらける自身もそのことをよく理解していて、だかららけるは今、金策を必死に考えている。
 嘲りの意図はなかったが、タンジェは、はっ、と鼻を鳴らした。
「まあ、金の目処がついたら改めて依頼するんだな。そのときはきちんと仕事をこなすさ」
 それかららけるの身体を押しのけてようやく階下に下りた。少し水分を摂るだけのつもりが、すっかり喉が渇いたし、小腹もすいてしまった。

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