Over Night - High Roller 2
盗賊ギルドの中は普段より少しだけ賑わっていて、すれ違った何人かの盗賊役は、何やら賭け事の話をしているようだった。タンジェには関係も興味もない。タンジェはまっすぐ師ブルースのところへ行った。
「よう」
ブルースはタンジェの顔を見るや、片手を挙げてあいさつする。
盗賊ギルドの中で情報を扱う盗賊は多い。盗賊ごとに得意な情報分野があったり、質によって値段がピンキリだったりと、選択の余地はあるのだが、タンジェはもっぱらブルースに頼る。仕方ない、タンジェの持っているコネはこれだけなのだ。タンジェは盗賊役ではあるが、まだ未熟であることはここに出入りする盗賊たちにはとうに知れている。それはつまり、熟練の盗賊には舐められているということだ。情報を買う相手を選り好みするとぼったくられるだろう。
だから今回もタンジェは迷わずブルースに、
「ちょっと聞きたいことがある。うちのパーティの緑玉を、ベルベルントの街で見たヤツを知らねえか?」
率直にそう尋ねた。
ブルースの目がきらりと光る。
「なるほどな、やっぱ戻ってねえか」
「どういうことだ? 心当たりがあるのか!?」
話が早い。タンジェは思わず前のめりになった。
ブルースは酒瓶から酒をついで、
「あの綺麗な顔した孔雀の獣人だろ? 攫われるのを見たって情報が近隣の住人から入ってる」
「あぁ……!?」
ブルースの回答は端的だったが、予想外のそれだった。タンジェは難しい顔になり、今ブルースからもたらされた情報を整理しようとする。
緑玉が攫われる――ありえないか、と言われればまあ、可能性はゼロじゃねえだろうが、というのがまず、第一印象。
黒曜とアノニムが大きいせいであまりそうは見えないのだが、緑玉もかなり長身だ。体つきもがっしりしている。彼だってこのパーティでなければ戦士役をやれるくらいには――本人の性格から言ってやりたがりはしないだろうが――戦闘能力もある。
もし真っ向から緑玉を攫おうというなら……並大抵の労力じゃないはずだ。
黙ってしまったタンジェに、しかしブルースは気を留めず、
「緑玉を攫ったのは手練れの『黒服』さ」
次の情報を繰り出してきた。タンジェは顔を上げる。
「『黒服』?」
「カジノの裏方だよ」
「カジノなんざベルベルントにねえだろう」
大きい国なら珍しくない施設だろうが、ことベルベルントにおいては噂も聞いたことがない。
さすがのタンジェでもカジノというものの存在は知っている。エスパルタにもあった。ただ、エスパルタは闘牛のほうが有名かつ人気で、カジノはぜんぜん目立たなかった。タンジェの知識も、賭け事を楽しむ娯楽施設という程度だ。
もっとも、タンジェが賭け事に疎いために、ベルベルントのカジノを知らないだけの可能性もあったが……ブルースは頷いた。
「そうだな。ベルベルントにカジノはねえ」
タンジェの眉根がますます寄る。
「じゃあどっから『黒服』なんて出てきたんだよ」
「移動カジノさ」
「……移動……カジノ?」
「ああ、移動サーカスならぬ『移動カジノ・シャルマン』――数日前にベルベルントにやってきて、つい3日前に開場したばかりだ」
3日前といえば、緑玉が消えたタイミングである。だが緑玉が黒服に捕まる謂れはないだろう。思ったままを口に出す。
「緑玉が移動カジノに関わる理由なんざ、一つも思い浮かばねえんだが」
「だからよ……『緑玉のほうから黒服に関わった』ってわけじゃねえ。『黒服のほうが緑玉に用があった』んだろうぜ」
「まさか、揉め事でも起こしたってのか? あの緑玉が……?」
「……」
不意に黙ったあと、ブルースは「喉が渇いたな」と嘯いた。見れば傾けていた酒瓶がカラになっている。
タンジェは渋々、カウンターのバーテンに声をかけた。
「おい。こっちのテーブルに一番安い酒をくれ。一杯でいい」
バーテンが頷いたのを見届けてブルースに視線を戻すと「安く見られてんなぁ……」と項垂れている。これまで何度かブルースの情報を買ってきたタンジェは、ブルースがどうせ情報を小出しにすることを知っていた。こいつはこうやってちまちま酒を奢らせながらちょっとずつ情報を出していく。最初から高い酒なんか払ってたら財布がもたない。
届いた安酒をガッと呷ったブルースは、
「移動カジノ・シャルマンには裏の顔がある」
と言った。
「裏の顔?」
「あそこはな、闇オークションの主催を兼ねてるのさ」
「闇オークションだぁ……!?」
「俺たちのような裏稼業の奴らや好事家の間では有名な話だ」
それきりブルースは黙った。安酒一杯じゃこれっぽっちか。タンジェは仕方なく酒をもう一度注文する。先ほどよりひとまわり高い酒だ。
「へっへ、毎度あり」
意地汚い笑みのブルースに若干辟易しつつ、タンジェは「闇オークションの主催を、カジノが?」と尋ねた。
「正確には、最初にあったのは闇オークションのほうさ。それの隠れ蓑に移動カジノを使うようになった」
「隠れ蓑まで要るってことは、オークションにかけられるのもロクなもんじゃねえだろうな」
「盗品、いわく付き、珍獣、果ては奴隷までより取り見取りさ」
奴隷、の言葉に思わず指が動く。努めて冷静を装ったが、曲がりにも何もブルースは師だ。タンジェとの付き合いもそれなりに長くなってきた。きっと、わずかな動揺も悟られたに違いない。
が、ブルースはそれを追及はしてこなかった。
「分かるだろ? 見目のいい獣人が攫われた理由なんざ、それしかねえよ」
「……ちっ!」
タンジェは思い切り舌打ちした。ブルースが肩を竦める。
「他に質問は?」
いくつか頭に浮かんだ。たとえば、何故、狙われたのが緑玉なのか。ベルベルントには他にも獣人はたくさんいる。……もちろん、そいつらならいい、というわけではないが……。それから、緑玉は無事なのか。闇オークションに潜り込む方法はあるのか。
ただ、あまり先走るのもよくないだろう。これらの情報を統合して、頭を使うのはサナギの役目。タンジェはいったん情報を持ち帰ることにした。
「え、ほかに何も聞かねえのか?」
ブルースがカラになったジョッキを掲げて寂しそうな顔をする。タンジェは無視して立ち去った。