カンテラテンカ

分水嶺 7

 ロッグ村の村長を訪ねると、ごく温和そうな村長はずいぶん安心した様子で黒曜たちを迎え入れた。
「あんな大都会への依頼を出したのは初めてなもので。本当に冒険者の方々が来てくれるとは……遠くからありがとうございます」
 6人が座れるスペースはなかったので、リーダーの黒曜と息の上がっていたサナギだけ座らせ、残り4人はソファの後ろに立ち、あるいは適当な床に座った。村長は申し訳なさそうにしきりに謝罪をしていたが、椅子に座れないことを不快に思うようなやつはいない。慣れたものだ。
 村長の奥方が茶を淹れてくれて、一同はひと心地ついた。
「獣害、ということだが……」
 黒曜が率直に本題に入る。サナギが手帳とペンを取り出して、聞き取りの体勢になった。
「はい。我々はやつを……『ノワケ』と呼んでいます」
 村長は細く節くれだった指を組み、深刻な表情で話を進めた。
「『ノワケ』はグリズリーです。恐ろしく巨大で狂暴な……。幸い、村人に死者は出ておりません。しかしいつそうなるかは誰にも分からないことです。木を切るにも狩りにも差し支え、畑と家畜は半分近くやられました……」
「それはお労しい」
 と、サナギが気遣う。続けて、
「ノワケは、以前からこのあたりに出るのですか?」
「いえ……。つい半月前ほどのことでしょうか、急に現れたのです」
 たったの半月で通り名をつけられるほどの大グマ――。その存在感は想像するに余りある。
「子グマは?」
 タンジェが短く尋ねた。
「は……。はい。村にはノワケを目撃した者が何人かおるのですが、小グマを連れていたという話は聞きません。おそらく、いないものかと」
「ふむ。ということは、小グマを守るために狂暴化しているというわけではない。そういうことだね、タンジェ?」
 サナギが会話を引き受け、そのままタンジェに振る。
「ああ……。単に腹が減って気が立ってるなら、確かに、さっさと殺っちまったほうがいい」
 その言葉には黒曜が応じるようにして、浅く頷いた。村長は深く頭を下げる。
「よろしくお願いします……」
 ここからは実際にノワケと戦うことを考えるわけだが、と、黒曜は言った。
「ノワケには何か特徴的な行動パターンはあるか」
「それなのですが……この村には猟師がおりまして、ノワケに関する情報は私よりそちらのほうが詳しい。案内しますので、ご足労いただけませんでしょうか?」
 タンジェは目を瞬いた。
「なんだよ、猟師がいんのか?」
 まあ、考えてみれば当たり前だ。山村に猟師が一人もいないなんてことはまずないだろう。しかし害獣の狩猟を外部に依頼するぐらいだから、猟師に類するものがいないか、役に立たないのだと勝手に思い込んでいた。
「はい。ベテランで、腕のいい男なのですが……怪我をしておりまして。頼ることができんのです」
「ははぁ……それはお気の毒に。だからわざわざベルベルントまで依頼を出したのですね?」
 村長は力なく頷いた。
 それから一同は村長宅を辞し、案内されるまま一軒の家にやってきた。外の犬小屋にいた大きな犬が立ち上がり、冒険者たちをじっと見つめている。ベルがついた首輪はしているが、鎖で繋がれてはいないようだ。
 外部の者である黒曜たちにも無意味に吠え掛かるような真似はせず、かといって尻尾を振って腹を出すような真似もしない。利発な顔立ちの猟犬であった。
 緑玉が屈みこみ、犬と見つめ合う。その横で村長が扉をノックし、家の中に声をかけた。
「ライゴ。私だ」
「ああ」
 と中から、しわがれた、しかししっかりした応答があった。
「鍵は開いておる。入れ」
 村長が扉を開き冒険者たちを室内へ案内した。緑玉は犬とまだ見つめ合っていて、黒曜はそれを一瞥したが、特段、緑玉を急かし促すことはせず、村長に招かれるまま猟師ライゴの家へと上がった。
「ふん。そいつらが都会の冒険者とやらか」
 ライゴは高齢であったが、姿勢よく背筋はしゃんとしていて、鷹のような視線も鋭い。ただ、椅子に座ったまま立ち上がることはなく、村長と黒曜たちを出迎えた。足を庇うような仕草からすぐに足が悪いと知れた。村長の言っていた怪我だろう。
 椅子はテーブルを挟んだライゴの向かいにもう一脚あるだけで、冒険者たちが座れる数は到底ない。村長も手狭を察し「狭くなるでしょうから、私は戻りましょう。何かあったらまた訪ねてください」と、丁寧にお辞儀をして立ち去った。
「お前ら、いつもはゴブリンどもなんぞを相手にしとるんだろう。クマなんかと思っていやせんか?」
 ライゴが唐突に言い出した。第一印象は悪いほうだろう。だが田舎村に偏屈な爺さんがいることなど、珍しくもなんともない。
「ファス山にお詳しいのでしょう。急に現れた都会のよそ者を胡散臭く思うでしょうね。ですが仕事です、滞りなくできるよう、努力します」
 と、サナギが下手に出る。ライゴは腕を組んで「そうかい」と言った。
「ノワケについて詳しく話を聞かせてほしい」
 黒曜が本題に入ると、
「……適当に座れ。茶は出さんがな」
 ライゴが会話の姿勢を見せた。さっき村長のお宅でお茶を飲んだから、喉は乾いていないが、とパーシィが心底不思議そうに言ったのには、誰も応答しなかったが。

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