カンテラテンカ

Over Night - High Roller 7

 それからもタンジェは順当に勝ち続けた。とはいえ、さすがに小さな勝ちを積み重ねて、時折スプレッド3〜1の大きな手をもらう程度だ。それでも明らかに不審がる者ももちろんいたが、そのくらい派手にやらないと目立たない。
 シャルマンのテント内で、"レッドドックのテーブルにツイてるガキがいる"という噂が緩やかに流れ、徐々にギャラリーが集まり始めた。
 タンジェは動じず、ただ不審な動きだけはしないように、堂々としていた。リカルドはすました顔でタンジェにカードを寄越す。それで2度目のレッドドッグが決まったとき、タンジェに声をかけるものがあった。
「今日はツイてるみたいですね、お若い方」
 柔和な物腰の紳士だった。背後に黒い服を着た屈強な男が2人立っている。
 タンジェが黙って肩を竦めると、紳士はこちらを値踏みするように眺め、それから、
「その稼いだ大量のチップ、ぜひ『第2部』で使いませんか?」
 ――来た……!
 タンジェは演技派ではない。嘘をつこうとか、他人を欺こうと思ったことはないし、たぶん、できない。だからタンジェは余計なことは言わずに、ただ"興味があるぞ"という意思だけ込めて紳士を見返した。
 紳士は実に楽しそうに目を細めた。タンジェの興味を嗅ぎ取ったのだろう。
「保証しますよ。スリリングな体験をね。どうですか?」
 タンジェは頷いた。
 紳士が黒服たちに合図を送る。黒服たちはタンジェのチップを「間違いなく預かる」と言って、番号札のついた鍵と引き替えに回収した。
 黒服の1人が案内してくれるようだ。席を立ちレッドドッグのテーブルから離れる。黒服がテントの奥の奥へと進んでいく。周囲を軽く観察したが、サナギとパーシィの姿は見当たらなかった。
 テントの奥には裏口があって、そこから渡り廊下が伸びている。渡れば、もう一つテントが建っていた。大きさはパッと見てシャルマンの半分くらいだ。入り口には関係者以外立ち入り禁止の札がかけてあり、黒服が警備に立っている。カジノの運営用のテントとして設置されているものらしい。つまりこのテントには金庫や顧客情報などがある……と、一般人には思われているはずで、厳重な警備も不審がられることはないのだろう。しっかり防音しているらしく、中の声も決して漏れ出てはこなかった。
 ここが、闇オークション会場だ。
「中にいる者から説明を聞け」
 黒服が淡々と言い、警備の黒服に引き継ぎをして、シャルマンへ戻っていった。警備の黒服からボディチェックを受ける。当然、スーツ姿で斧なんか持ってきていない。問題なく、タンジェはテントの中に通された。
 天井から提げられたシャンデリアの火がゆらめく。ステージに立つ男は上等なスーツを着込んでいる。ステージには首だけのマネキンに首飾りが着けられていて、男はこの首飾りがいかに美しく、高価で、そして魔性であるかを熱弁していた。
「この『貴婦人の血涙』は、手にした者にあらゆる富と名誉を与えます。しかし同時に破滅ももたらしてきました。始まりはルビー夫人から、直近ではフランチェスカ夫人まで、ことごとく非業の死を遂げています!」
 ――そんなもん、誰が欲しがるんだよ。
 呆れながら中の受付らしきところに寄ると、番号札が渡された。入札を希望する場合に挙げてください、とのことだ。それから、入札の最小単位は100であること、競り落とした品はのちほど引き渡しになることなどを説明された。タンジェは適当に頷く。
 席を探してうろついていると、サナギを見つけた。サナギの金髪にほど近い緑の髪は目立つ。サナギの周囲の席はあいていた、というより、サナギがあいている席を選んだのだろう。タンジェはサナギの横に腰掛けた。
「予定通りだね。お疲れさま。どのくらい稼いだ?」
 サナギはタンジェのほうを見ずに尋ねた。
「黒いのを5000枚くらいだ」
「やるねぇ……!」
 口元に笑みが浮かんだのが見えた。
「1枚いくらくらいなんだ?」
 どんどんテーブルに積み重なっていったので、タンジェの感覚としては、1枚1Gld前後なのではないかと思う。4000~6000Gldくらいだろうか?
「黒なら、1枚100Gldだよ」
「ひゃく……」
 ゼロが多すぎて一瞬で計算できない。サナギは笑って、
「50万Gld」
 タンジェは息を呑んだ。考えたこともない額だ。たった数時間で、50万Gld!?
 いや、もちろんタンジェの力ではない。これはリカルドが稼がせた額だ。しかし、命の危険もなく、ただ座ってるだけで、50万Gld……。
「俺の取り分と合わせれば、充分戦えるね」
「てめぇ、いくら稼いだんだ?」
「80万Gldくらい」
 それで『充分戦える』レベルかと目まいがした。――とんでもねえな、闇オークション……。
 話している間に、『貴婦人の血涙』とやらの入札が始まり、値段がつり上がっていく。
「1000!」
 あっという間に1000の大台を超えてしまった。どう聞いても不吉なものだと思うのだが、こいつらは話を聞いていたのだろうか?
「1500!」
「1700!」
「2000!」
 ……。
 圧倒されていると、
「1万はいくだろうね」
「1万……って、単位は……Gldだよな?」
「うん」
 サナギの言うとおり、値段は瞬く間につり上がっていく。5000、の声を皮切りに、入札単位は1000Gldを平気で超えるようになる。
「1万!」
「1万2000!」
 それから、会場が静まる。
「1万2000! これ以上の入札はございませんか!」
 数秒を待ち、反応がないことを確認した競売人が、大きくハンマーを打ち鳴らした。
「ハンマープライス、1万2000! 56番様が落札です!」
 拍手が起こる。
 何もかも、タンジェには縁が無い世界だ。
 いや、今こうしてここにいることで、縁はできてしまっているのかもしれない。嫌な話である。
 競売人が次に用意したのは立派な象牙で、それは2万6000Gldで落札された。

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