カンテラテンカ

分水嶺 3

 交易都市ベルベルント――あらゆる国交から中立を保ち、どの国にとっても交易のかなめ。この大都市は、同時に、"歩けば冒険者にあたる"と揶揄されるほどの冒険者大国である。
 タンジェはド田舎の山村から、ある強い動機を携え、つい半年前にこの目も眩むような大都会へやってきた。
 サナギにも告げたとおり、タンジェの前職は木こりである。冒険者になるため3ヶ月の独自訓練をし、ようやくまともに依頼を受けられるようになったのが3ヶ月前。すなわちそれが黒曜たちのパーティに参加した時期だ。
 ベルベルントの目抜き通りはすごい人出で、タンジェはこの騒がしく目まぐるしい人の往来にまだ慣れない。
 それでもなんとか、この半年で、タンジェにも行きつけの道具屋というのはできた。消耗品を買うならここ。安定の品質と、それなりの値段。タンジェは裕福ではなかったが、値段のために品質を犠牲にすることをよしとしなかった。山に生きて自然と肉薄してきたタンジェは知っている。道具は人を生かす。
 と、目的の道具屋の前に、大量の木箱があるのが見えた。木箱の周りに数人の男女がいる。店前だ、入店の邪魔である。
「どけ。邪魔だ」
 タンジェが邪険に言い捨てると、男女がいっせいに振り返った。
「おう、タンジェか」
 一人は、道具屋の店主。
「ああ、お前か」
 と、タンジェの顔を見て気軽げにあいさつしてきた残りの3人の男女は、見た顔ではある。タンジェたちとほとんど同じ時期に冒険者稼業を始めた別パーティだった。名前は、……覚えていない。タンジェはもともと、あまり多くの人間と関わるような生活をしてはいなかったので、人の名前を覚えるのが苦手なのである。もっと正確に、明確に言えば、タンジェにとってまったく興味のない相手だったので、覚える気がなかった。
「仕入れの数を間違ってな。大量に届いちまった……のは、まあ仕方ねえ、別にいいんだが。運べやしねえや」
 店主が言う。タンジェが木箱を覗き込めば、なるほどビン入りの傷薬やら、聖水やらがぎっしりと詰まっている。男数人がかりでも骨が折れそうだ。
 だが、タンジェにとっては、詮無いことだった。
「チッ……どこに運べばいいんだ」
 仕方なく、名も知らない駆け出し冒険者たちを手で払って一歩下がらせ、店主に声をかける。店主は、
「お、おう……裏の倉庫まで」
「案内しやがれ」
 タンジェは木箱を持ち上げた。確かにずしりとはしているが、もう一、二箱くらい余裕で持てる。これ以上積むと視界が塞がれるのでそうはしないが。
 タンジェは怪力なのである。それも、"力持ち"程度のレベルではない。ちょっと人間離れした領域に入った馬鹿力だ。
「お、おお」
 店主は驚いた顔をしたが、店の裏手に案内して先立って倉庫の扉を開けた。タンジェにとっては大した労働でもなく、ほどなく山積みの木箱は倉庫にすべて収まる。息ひとつ切らさないタンジェに、店主が、
「冒険者ってのはずいぶん馬鹿力なんだな。知らなかった」
「あ? ……全員が全員、そうだってことはねえだろ」
 現に、木箱の前に集まっていた3人の男女には、どうしようもなかったのだろうし。
「何にせよ助かった。何か買いに来たんだろ、ちょっとまけてやる」
「はっ、そいつはいいな」
 親切でやったわけではない。店の前でたむろされて邪魔だったから移動させただけだ。だが結果的には得をした。
 店の表へ戻ると、3人の男女が待ち構えていて、店に入っていった店主に目もくれず、タンジェのことを引き留めてきた。
「相変わらずの馬鹿力だよなあ!」
 そんな言い方をされるほど、こいつらの前で怪力を披露した記憶はない。もっとも、タンジェは無頓着の気質であるから、どこかで見られていた可能性はある。こいつらにとってタンジェの怪力が既知の事実であろうが、どうでもいいことだが。
「なあタンジェ、お前さ。うちのパーティに入る気ないか?」
「あぁ?」
 予想外の言葉に、タンジェは思いきり眉を寄せた。
「……そもそも誰だ? てめぇら」
「おっ……まえ、マジ?」
 男は顔を歪めたが、そこをとりたてて責めはせず、
「コンシットだよ! 『湖の恋亭』の!」
 名乗った。ぜんぜんピンとはこなかったが、「そうかよ」とタンジェは言った。
「で……なんだって?」
「タンジェも『湖の恋亭』に異動しろって。あんなしょうもない新興宿やめてさぁ……なんてったっけ? 星見の――」
「『星数えの夜会』」

<< >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /