神降ろしの里<後編> 6
「てめぇ、ラヒズ――」
「汚らしい悪魔がァーッ!!」
タンジェが怒鳴り込む前にパーシィが叫んで突進していったので、さすがにタンジェのほうが出遅れた。
一瞬の迷いもなくメイスを振り被ったパーシィがラヒズにそれを叩き込む――すんでのところで、黒いぐにゃぐにゃしたものがそれを阻んでいた。
「落ち着いてくださいパーシィくん。久しぶりのご挨拶もまだじゃあないですか」
「<ホーリーライト>ッ!!」
パーシィの指先に光が灯り、瞬時に弾ける。さすがに受け流せなかったのか、ラヒズは明確に回避動作をした。パーシィからたっぷり距離をとると、
「怖い怖い」
ラヒズが軽く手首を回す。金属の擦れる音がして、中空に広がる闇から鎖が飛び出し、それがパーシィを地面に叩き付けた。
「パーシィ!」
アノニムは鎖が着弾する数秒前には反応して駆け寄っていたが、間に合わない。鎖で地面に縫いつけられたパーシィにタンジェたち全員が駆けつけ、武器を構える。
「困りましたねえ……ここでは戦う気はなかったんですが」
やれやれ、といった様相で首を横に振るラヒズ。タンジェとアノニムが同時に踏み出して、ラヒズとの間合いを詰めようと駆けた。
大きな音を立てて鎖が張り巡らされ、かわす間にラヒズとの距離が開く。タンジェは舌打ちした。
「鎖が邪魔だな……!」
「てめえが化け物になりゃあぶち破れるだろ」
アノニムがこちらを見ずに言い放った。確かに前回ラヒズに拘束された際、オーガに変じたタンジェは鎖をぶち破った。それを覚えていたらしい。アノニムは他人への関心が非常に薄いので、少し意外には思ったが、
「あれ以降なってねえからな……! なれるか分からねえよ……!」
「チッ、使えねえ」
「んだと!?」
アノニムに嚙み付こうとしたが、アノニムはタンジェを見てもいない。そうだ、アノニムとやり合ってる場合ではない。
鎖を器用に搔い潜った黒曜と緑玉が左右に展開して各々の武器を振るった。ラヒズはそれらは回避しなかったが、黒いぐにゃぐにゃしたものがラヒズを庇って攻撃を受け流す。
縦横無尽に駆け回る鎖をなんとか回避するために、タンジェたちはかなりラヒズから距離を取らなければならなかった。攻めあぐねる。その様子をラヒズはにこにこと見守っていた。
そのラヒズが不意に顔を上げたかと思うと、ばらばらに張り巡らされた鎖が解け、一瞬でラヒズの元に集まった。その鎖の塊に、草陰から斬りかかる影がある。
しゃりんと涼しげな音が鳴り、鞘から剣が抜かれた。月下に閃く青白い刃が金色の瞳を照らしている――ラケルタだった。
「ラケルタ!?」
ラケルタは薄ら寒気すらするほどの白刃をもった剣を携え、ラヒズの動く鎖と何度か刃を打ち合った。ラケルタが鎖を引き受けているうちに自由になったアノニムが迷わずラヒズに駆け寄っていく。まっすぐ棍棒で殴りつけようとしたアノニムに、黒いぐにゃぐにゃしたものがまとわりつき、アノニムはそれをウザったそうに払った。
「参りましたね」
ラヒズが自在に操る鎖には、数に上限があるのかもしれない。そうでなければ、ラケルタの防御とこちらへの牽制を同時に行えるはずだ。
ラケルタへの防御に鎖を割いている今がチャンスである。斧を構えてアノニムとは別の方向からラヒズの懐へ駆け込んでいく。黒いぐにゃぐにゃしたものが躍り出てタンジェの視界を塞いだ。
「タンジェ、やめて」
黒いぐにゃぐにゃしたものから、両親の声がする。
「うるせぇ!」
タンジェは迷わず両断した。偽物だと分かっているのだから、躊躇う理由はない。
ぶっつりと二つに分かれた黒いものだったが、そもそも不定形の存在らしく、特にダメージもなさうに動き回っている。タンジェは舌打ちした。
ラヒズに視線を移すと、いつの間にかラケルタとの鍔迫り合いからは引いたようで、はるか上、木の太い枝に立っていた。
「やれやれ、野蛮な方々ですね」
「説明しろ、なんでてめぇがここにいる!」
タンジェが叫ぶと、
「説明する前に攻撃してきたのはあなた方じゃありませんか」
と肩を竦めた。
「そもそも、私が先にここにいて、あなた方が後から来たわけで。何故あなた方がここに、というのは、こちらのセリフです」
「神降ろしに来た」
ラケルタが剣を構えたまま言う。
「仏のふりをして村人を山へ連れ去っていたのは貴様だな?」
「あなたは初めましてですね。ラヒズと申します。お見知りおきを。質問の答えですが、はい、その通りです」
あっさり認めたラヒズは続ける。
「ここで戦う気はなかったと言ったじゃないですか。私はここでバカンスを楽しんでいたのですよ」
「バカンスだぁ……!?」
「要するにのんびり休憩していたんです」
「それが村人を山へ連れ去っていたのと何の関係があるんだよ!」
「タンジェくん、鈍いですねえ。ほら、パーシィくんはもう察してますよ」
その言葉にパーシィを見やると、もう身体を縫いとめる鎖はないというのに、パーシィは地面に臥していて、真っ青な顔でラヒズを見上げている。パーシィは図太いやつなので、顔色を変えるのも珍しい。訝しく思いながら、タンジェはまたラヒズを睨みつけた。
「どういうことだよ……? きちんとイチから説明しやがれ!」
「カンバラの里の神降ろし……死者に会えるという触れ込みの祭りですが、そんなことはありえないとあなた方だって知っていたはずです」
ラヒズは月明かりの下、木の枝の上、鬱蒼と茂る葉にその身を半分隠したまま、語り始めた。
「ですが、なかなか面白い話です。私はこの山に住むシェイプシフターたちに、ヒトの心を読む能力を与えました。シェイプシフターというのはこの子たちのことですよ。変身能力を持った妖魔です。これまではただこの山に暮らす、特に害のない存在でしたね」
黒いぐにゃぐにゃしたものが自己を主張するように伸び縮みする。
「ヒトの心を読み、死者の情報を得て、死者に変身し、ヒトを山へ連れ去ってくる。この5日間で山に消えた人々に関しては、全部私とシェイプシフターたちの仕業です」
「その連れ去った人たちをどうしたの?」
銃を構え、ラヒズに向けた状態でやつを睨むサナギ。
「食べました」
ラヒズは何てことのない声色で言った。
「う……おぇ……!」
呻き声を上げてパーシィが嘔吐した。確かに衝撃的な内容ではあったが、パーシィはデリカシーも倫理観も今一つ欠けているようなやつなので、むしろダメージなんか大したことなさそうなものだが……。もっとも、何が誰の地雷かなんてのは分かりようもない。少なくともパーシィにとっては相当、気持ちのよくない話だったようだ。
いつの間にかアノニムが、ラヒズとパーシィの間に立っていて、ラヒズのことを睨み上げている。ラヒズからの追撃はなさそうだが、警戒する気持ちは分かった。
「食い殺したのか」
「そうとしか言えません。そうなのですから。バカンスと言ったでしょう。ご馳走を食べてゆっくり休み、気分良くなっていただけです。人間だってそういう贅沢、するでしょう? おっと、人間は一人もいませんでしたね」
安い煽りのあと、今日と明日の二日間が過ぎれば移動する予定でしたよ、とラヒズは続けた。
「もっとも、人の味を覚えたシェイプシフターたちが今後もカンバラの里を襲わないとは限りませんが」
「責任もって連れてけよ!」
「シェイプシフターたちのふるさとはここですよ? ここから引き離すなんて気の毒なこと、私にはとてもとても……」
と、ラヒズは片手で顔を覆い、首を横に振った。泣いているわけはないだろう。芝居じみた同情に、タンジェは「くだらねえ」と吐き捨てた。
「タンジェ、このシェイプシフターたちをどこへ連れていったとしても、こいつらは人を食い殺すんだ」
サナギが背後から声をかけてくる。
「今ここで退治するしかない」
人の味を覚えたクマは殺すしかない。妖魔だろうと同じ。タンジェは納得し、浅く頷いた。ラヒズは人のいい笑みを浮かべたまま、軽く首を傾げる。
「では、私への用は終わりですね。お先に失礼します」
「ふざけんな! てめぇもここでぶっ飛ばす!」
吠えるが、ラヒズは木の上からくつくつと笑い、
「タンジェくんは元気がいいですねえ。たいへん良いことです」
……完全に小馬鹿にされている。
だが実際、木の上のラヒズに斧を振るうことはできない。不意打ちでナイフを投げるか――そう考えて、話をしながら自然な動作に見えるようにそっとナイフを提げた腰に手を添える。
それに気づいていたのかどうかは分からないが、真っ先に動いたのはサナギだった。すでにその手に持っていた拳銃をラヒズに向け、発砲する。目にも見えない速さの弾丸を、ラヒズはまるで平気な顔で、顔を傾けるだけでかわした。
間髪入れずに引き抜いたナイフをラヒズに投擲した。ナイフはラヒズが顔を傾けた先にまっすぐに飛んでいく。
「!」
それでもラヒズはそれを甘んじて受け入れはしなかった。顔面に突き立つはずだったナイフを身体ごと捻って回避する。それでもタンジェのナイフはラヒズの頬をかすって木々の奥へと消えていった。
神降ろしの里<後編> 5
マイリ踊りが始まる。
先ほどまで並んでいた屋台は広場の端に寄せられ、中央にはキャンプファイヤーのように火が焚かれていた。火に照らされる村人はみんな同じ仮面を被っている。白い妖魔のような面。らけるや光蓮は、こいつを狐と呼んでいた。
タンジェたちも光蓮に借りて、狐面を被っている。体格と服装でかろうじてお互いが分かった。
黒曜一行とらけるはそれぞれ広場に散り――と言っても、そう広い場所ではない。視線を向ければ仲間たちは目に入る――仏の接触を待つことにする。らけるはタンジェの横に置いた。
広場の奥にいる数人の男女が、太鼓や笛を奏で始める。
光蓮はこの踊りに特に振り付けはなく、適当に踊るのだと言っていた。確かに村人たちはそれぞれ思い思いに踊っているようだ。
「なんか踊る?」
らけるが尋ねてきたが、タンジェは「別に不要だろ」と答えた。踊っていたら仏の接触を見逃すかもしれない。
「でも、棒立ちじゃ浮かない?」
「……」
それはそうかもしれない。
タンジェは数人の狐面が踊りの輪の外で音楽に合わせて手拍子をしているのに気付いて、それに倣った。らけるもタンジェの横で手拍子をする。
ゆらりと揺らめく炎の周りで、何十人もの狐面がてんでばらばらに踊っている。奇妙だった。
「タンジェ」
不意に、声が聞こえた。らけるかと思い振り返るが、らけるは手拍子を続けている。
「呼んだか?」
「え? 呼んでないよ」
狐面の向こうでらけるが困惑したのが分かる。
「タンジェ」
また聞こえた。
タンジェは狐面の下で視線を動かす。炎の向こうに2人の狐面が立っている。踊ってもいないし、手拍子をしてもいない。寄り添うように、ただそこにいるだけだ。タンジェはらけるに、この場にいるように、何かあったら光蓮の家に行くようにと言い含め、謎の2人に駆け寄った。
「誰だ、てめぇら!」
狐面の向こうで、2人がくすくすと笑う。
「おいで、タンジェ、あなたの好物を焼いたのよ。おいしいおいしいオムレツよ。もちろんジャガイモも入っているわ」
「……!!」
あと5歩も歩けば2人の目の前に着く、手が届く、その直前に、2人は身を翻して山のほうへ走っていく。
そして、途中で立ち止まって振り返り、言うのだ。
「おいで、タンジェ。ペケニヨ村のために、今日も木を切ろう」
タンジェが追いかけようとすると、2人は笑って山のほうへと走り去る。これは……!
「出やがったな! 仏め……!!」
タンジェの両親を騙る何者かだ!
タンジェは目の前の出来事に、思ったより動揺しなかった。狙われるのは村人だと思っていたので、自分が標的になるとは思っていなかったが、あらかじめ『そういうものだ』と分かっていたのは大きい。
――だが、何故、俺の両親のことを知っている?
訝しく思っていると、焚き火のほうからさらに一人、小柄な狐面が山へと駆けていった。それを追いかけてきたパーシィがタンジェの横で立ち止まり、むしゃくしゃといった様子で狐面を投げ捨てる。
「タンジェ!!」
荒い息をついたパーシィが剣呑な表情で怒鳴る。
「奴はどっちに行った!?」
「山のほうだ!!」
タンジェとパーシィの声が聞こえたらしく、黒曜たちが駆け寄ってくる。
「無事か?」
「怪我はねえ! 話に聞く仏が出たぜ」
「そのようだな……」
「タンジェ、タンジェ」
山のほうからはまだタンジェを呼ぶ声が聞こえていた。
「はっ、ニセモノだって分かってりゃ、なんてことはねえ」
視界が悪かったので、パーシィと同様に狐面を脱ぎ捨てる。それではっきりパーシィの顔が見えたのだが、タンジェは少なからず驚いた。ごく落ち着いているタンジェと違って、パーシィのほうはかなり動揺した様子だったからだ。
「……の、はずが……」
パーシィは何かをぶつぶつ言っている。
「知ってるはずがない……! マリスのことを、俺は誰にも話していない……!」
「おい、パーシィ……」
タンジェが声をかけようとすると、山のほうからまた声が聞こえた。タンジェの両親のそれではない。
「可愛いパーシィ、こちらにおいでなさいな。パイを焼いてあげましょう。あなたの好きなニシンのパイを、あなたの好きな星の焼き色をつけて」
「……っ!!」
パーシィはそれを聞いて明確に怒りの形相になった。
「悪党め!! それ以上……マリスを穢すな!! この偽物がっ!!」
聞いたこともないような怒鳴り声を上げると、タンジェたちの制止を振り切り、山へ駆け出していってしまう。狐面をかなぐり捨てたアノニムが迷わずそれを追って走り出した。
笑う狐面は、パーシィよりはるか先に山に入り、駆けていった。タンジェの両親のふりをした何かも。
「追うぞ」
黒曜が走りながら狐面を捨てた。タンジェと緑玉、サナギも続く。走りながらサナギが叫ぶように尋ねた。
「仏の特徴は!?」
「俺を呼んだのは俺の両親……のふりをした何かだ!! だが俺の好きな食い物も、ペケニヨ村の名前も知ってやがった!」
タンジェも同じく走りながら、
「相当精巧な偽物だぜ!」
「……個人情報知られ……動揺しないほうも……」
ボソッと緑玉が何かを言ったが、走りながらのせいで半分くらいは聞こえなかった。たぶんタンジェに対する悪口だが、別にそれはどうでもいい。
パーシィが先を突き進み、アノニムが道なき道を強引に切り拓いてくれているおかげで、後続のタンジェたちは幾分か走りやすい。2人にはすぐ追いつくかと思ったが、10分以上は走り続けた。ヒトが全力疾走できる時間はそんなに長くない。最後尾を走るサナギはずいぶん離されていたし、全体のスピードもかなり落ちていた。
パーシィとアノニムに追いつけたのは、2人がすでに立ち止まっていたからだ。山の中に少しだけ開けた場所があって、そこに狐面が3人と、パーシィとアノニムが対峙していた。
「ケケケ……」
狐面は甲高い声で笑う。
「キタ、キタ、エサ、キタ」
狐面が突然、身体ごとぐにゃりとねじれて、タンジェたちの前で形をみるみる変えていった。真っ黒な身体のそれは、何度か跳ね回ったあと、まるで何かに報告するように伸び縮みした。
「おやおや」
木々の奥から声がする。月明かりの下に、悠然と歩いてくる影がある。
「見た顔じゃありませんか」
――ラヒズだった。
神降ろしの里<後編> 4
「なぁーんで俺の依頼中なのに別の依頼重ねて受けちゃうわけー?」
言葉ほど不満そうには見えなかったが、らけるの言い分にも一理ある。とはいえ、文句があるならその場で言えばよかったのだ。
「てめぇも反対しなかったじゃねえか」
「反対できる空気じゃなかったもん」
夕日も山の向こうに落ち、辺りはすっかり暗い。けれども紙製のランプ――チョウチンという名だと光蓮が教えてくれた――が灯る広場は煌々と明るい。一同は光蓮の家から出て、広場までの道を歩いている。
「そもそも依頼は行きと帰りの道中の護衛じゃん」
ぼそ、と緑玉が口を挟んだ。
「今は行きでも帰りでもないんだから、依頼の隙間時間でしょ」
「そんなのあり!?」
「まあ帰りの護衛はしっかりやるからよ。それにマイリ踊りには参加できるんだ、文句はねえだろ」
マイリ踊りで現れる仏は、まずもって死者を名乗る赤の他人だ。召喚主に会えたとしても偽者だろう。つまり会えても会えなくてもどちらにせよ送還は無理だ。らけるは還れない。だが……ここまで来たなら、最善さえ尽くしたなら、らけるだって納得できるはずだ。
「……ま、確かにまだ最後のワンチャンがあるもんな! 仏さんが本物のパターン!」
残念ながら、らけるに最善の納得を求めるには時期早計らしい。パーティの全員、仏が本物であることはないとほとんど確信していたが、もはや誰も口にはしなかった。
「んなことより腹ごしらえだろ」
たぶん話を一番分かってないだろうアノニムがぶった切り、先頭を歩く。パーシィも小走りになってアノニムの横に並んだ。
「さっきからいい匂いがしてるもんな!」
マイリ踊りまでまだ時間があるというので、一同は屋台で飯を買って食っておくことにしたのだ。この土地の硬貨を、依頼料のたしにしてくれと光蓮が渡してくれていた。これで屋台でも買い物ができる。
屋台に並ぶ食べ物は見慣れないものばかりだが、匂いはとてもよく、食欲をそそられる。
らけるも食事自体には賛成らしい、はしゃいだ様子で、
「こっちの世界で食えるとは思ってなかったよ、焼きそば!」
と、すぐに機嫌を直した。
村人自体は多くはないし、屋台も一台一台はとても小さいのだが、小規模なりに賑わっていて、人々は食事と歓談を楽しんでいる。タンジェを始めとして、こちらはほとんど村人との会話が成り立たないので、村人と意思疎通のできるサナギと光蓮の先導する二つのグループに分かれ、手分けして飯を買った。
買った屋台飯は光蓮の家で食べさせてもらうことにする。
日が落ちたからか日中ほど暑くはなく、窓を開け、草で編まれたカーテンを下ろした光蓮の家は風も入って涼しい。
タンジェはらけるが言っていた焼きそばというものをさっそく口に入れた。
「ん、これ……うめえな」
太平倭国の食事を出す店はベルベルントにもいくつかある。それにかぶれて、たまに親父さんも白米や焼き魚なんぞを出す。美味いし嫌ではないのだが、当初は箸を使うのは本当に大変だった。箸使いはここ数ヶ月でようやくサマになってきたが、それでもらけるや黒曜、緑玉のきれいな箸使いには及ばない。焼き魚は串に刺してかぶりついたほうが早いと思う。
「んまいよね!」
らけるが焼きそばを頬張りながらニコニコ笑っている。
「この紅ショウガがまた最高に合うんだよな!」
「ああ……てめぇ、箸使うの上手いな」
「ニッポンでは箸もスプーンもナイフもフォークも使うんだぜ!」
タンジェはらけるからニッポンの話を聞くたびに、どんな場所なのかぼんやりイメージしようとしてみるのだが、もともと想像力豊かなほうではないので、毎回失敗しているのだった。屋内で靴は脱ぐのに、フォークやらを使う飯が出る……混沌としている、という印象だ。
「タンジェにもニッポンを紹介したいよ」
「無理だろ。てめぇですら帰れるかどうかって話なのによ」
「そうだよな……」
らけるがだんだんしょぼくれてくるのが面倒だ。
それでもらけるは黙ることはなかったし、サナギなども混ざって歓談は盛り上がる一方であった。
そんなこんなで買った屋台飯を食べ終える頃には、すっかり日は沈んでいた。
神降ろしの里<後編> 3
「そもそもヨミマイリ――カンバラの里においては、神降ろし――は、仏様……先祖の霊の供養のために行われるものです」
仏の話は、山を登る前にパーシィから聞いている。
「今は屋台が出て、お祭りの様相でしょう? 夜が更けると、屋台をどけて、皆で面を被ってマイリ踊りを踊るのです」
「マイリ踊り?」
「楽器に合わせて、皆でてんで好きなように踊るのものです。そうすると、その輪の中に面で顔を隠した仏様も参加し、ともに踊って楽しむとされております。面を被るのは、仏様と生者の見分けがつかないようにするためですわ」
「じゃあ、そのマイリ踊りで死者に会えるんですね!」
らけるが意気揚々と尋ねると、光蓮は静かに首を横に振った。
「死者は、会えるものではありません」
それはそうだ。タンジェにとっては分かり切っていた答えだった。だが、らけるは、
「でも、さっきは『会える』って!」
困惑に顔を歪めている。確かに、先ほど光蓮は「会える」と言った。なのに次は会えないと言う。どちらかが嘘なのだろうか? だが、そんな嘘をつく意味はないだろう。光蓮は頷いた。
「そうです。本来は、会えません。ですがややこしいことに、『今は会える』……ようなのです」
「今は、会える?」
「ヨミマイリは、毎年この時期に行われています。カンバラの里のヨミマイリ……『神降ろし』は、一週間続きます。今日は6日目で、明日が最終日なのですが……今日までの5日間で、連日、本当に仏様が現れているのです」
一同、沈黙。光蓮は続けた。
「例年ではありえなかったことです。皆一様に『参加者が増えた』『増えた者は仏様だった』と言うのです。そして……その仏様が、生者を山へと連れ去っているのです」
「なに……!?」
参加者、つまり『仏』に関しては……恐らく、何かトリックがある。だが、そうしてまで村人を山へ連れ去る目的、そしてトリックを仕掛けている犯人も謎だ。
「仏様とともに山に消えた生者は、この5日間で10人以上にのぼるのですが、誰も帰ってきておりません」
「誰か追いかけてって、山を探したりはしてねえのかよ?」
タンジェが尋ねると、
「村の人びとは聖憐教の信者で、また世慣れしておらず極めて純粋です。仏様が本当にいらしたと……信仰が届いたと思い込んで、誰も疑問に思わないのです」
パーシィが頭の痛そうな顔をして額を抑えた。
「皆、行方不明者については『仏様に会って連れられ、山に還った』と口を揃え、喜んでさえいるのです」
「……」
沈黙が降りる。
「わたくしは……」
光蓮が呟いた。
「わたくしは、聖憐教の尼です。仏様がいることは否定いたしません。けれど……」
顔を上げて、まっすぐに黒曜一行を見た。
「仏様が、生者を連れ去るなんてことはありえません。そんなことは、聖憐教の教典にもない! 何者かが仏様を騙っているに違いないのです。そんなことが許されていいはずはありません。これは……信仰に対する侮辱です!」
光蓮の茶色がかった黒い瞳が、窓から差し込んだ夕日に照らされてきらりと光った。
「聖職者、どう思う」
黒曜が淡々と尋ねる。パーシィはすぐに応答した。
「光蓮に全面的に同意する。仏を騙った悪意ある何者かが、村人を誘拐していると見たよ」
「パーシィ様、あなたは……?」
「聖ミゼリカ教徒だ」
「まあ……!」
同じ意見の聖職者がおられて心強いです、と光蓮は喜んだ。サナギが麦茶の中の氷を弄び、カランと音を立ててから言った。
「つまり、光蓮さんの依頼というのはこういうことだね。仏を騙り、村人を誘拐しているものがいる。それの真相を突き止め、消えた村人たちの行方を確かめる……」
「はい」
光蓮は頷いた。
「報酬は?」
いつも通りの淡白な声色で黒曜が尋ねた。野暮なことではあるが、タンジェたちは冒険者で、依頼を受けるのは仕事だ。光蓮もそのことは承知のようで、立ち上がり、棚へと向かった。
「ベルベルントのほうの通貨はGldですよね……Gldは手持ちにないのです。ただ……報酬品でもよければ、こちらを差し上げますわ」
棚から取り出したのはペンダントのようだった。ペンダントトップに大きな青い石が嵌まっている。装飾はごく慎ましく、上品でシンプルな見た目だ。質は良さそうだし、売れば金になるだろう。この地方特有の硬貨を受け取ってもGldに両替すると手数料がかかるので、物品でもらえるのはありがたいくらいだ。
「どうだ? タンジェ」
「あ?」
急に黒曜に話を振られて、タンジェは彼の顔を見た。
「盗賊役の見立てで、依頼を受けるに値する価値のあるものか?」
タンジェは難しい顔をした。タンジェは冒険者になるまで、盗賊役とは無縁の生活をしてきた。盗賊役のスキルは師ブルースに鍛えられながら特訓中で、それも主に探索・解錠がメインだ。鑑定については基礎は教えてもらっているものの、まだまだ勉強中である。
それでも、ここで分からないと黙っては、わざわざ盗賊役のタンジェに声をかけた黒曜に対しても、自分自身に対しても失礼だ。タンジェは思ったままのことを伝えた。
「たぶん、質は良さそうだ。具体的にいくらかまでは……分からねえが……依頼の報酬としては、問題ねえと思う」
黒曜は頷いた。
「ならば受けよう」
全面的に信用されているということだろう。ただ、タンジェとしては実力不足を感じて情けない気持ちが強い。ベルベルントに帰ったら鑑定眼を集中して磨く期間を作ってもいいかもしれない。
黒曜と光蓮の間で話が進んでいる。
「具体的にどうするか……」
「皆様もマイリ踊りに参加して、里から離れ山に向かう者がいたらそれを追うのはどうでしょうか?」
なるほど、分かりやすくていい。共通語が話せない村人たちとは意思疎通が難しいから、聞き込みなんかの手間を飛ばせるのもシンプルだ。
「そうだね、それがよさそう」
参謀のサナギが賛成したなら、あとはリーダーの黒曜の判断に委ねられる。
「分かった、それでいこう」
決まりだ。
神降ろしの里<後編> 2
3時間も山を登れば、山の中腹にあるカンバラの里にたどり着く。オンカンザキの港町からここまで特にトラブルはなく、道もある程度整っていて歩きやすいくらいだったが、サナギとらけるは汗だくになってずいぶんとバテていた。思えば、ファス山、エスパルタ、オンカンザキ山と、ここ数か月で山をずいぶん登った。それでもサナギはいつまで経っても体力は人並み程度で、今回同行するらけるは一般人だ。
とはいえ、暑さもある中、サナギもらけるも、文句や泣き言は言わないので、責め立てる必要はないだろう。
パーシィから夕方には着くとあらかじめ聞いてはいたが、山に慣れないサナギとらけるを抱えていたから、夕日がオンカンザキ山の向こうに沈む前にたどり着けたことは幸いだったと言える。
それほど広くない里の中央に広場があって、村人全員がいるんじゃないかってくらい賑わっていた。質素ではあるが屋台が建ち並んで、ソースの香ばしい香りが里の入り口まで伝わってきた。
「屋台出てるよ!」
疲れた顔をしていたらけるが、ぱっと明るくなる。
「焼きそばのいい匂い!」
「やきそば?」
「ベルベルントに焼きそば、ない?」
あまり聞かない言葉である。ただ、「焼き」と「そば」の言葉の組み合わせから、料理であることは想像がつく。ソバも馴染みがないほうではるが、ベルベルントに出す店がないわけじゃない。
「炒麺のようなものか」
黒曜がフォローするように言ったが、そっちのほうが聞き覚えがなかった。らけるも「よく分かんないけど、たぶんそう!」とあいまいな返事をした。続けて、
「麺をソースで焼くんだよ。お祭りとかだと絶対ある!」
「詳しいな」
「ニッポンにもあるから」
似た料理が異世界にもあるというのはなんだか変な感じだ。
少なくともらけるはこの世界とはずいぶん違うところから来たようだ。14日間の航海で、暇を潰すのに最適なのはやはり雑談で、らけるは本当にたくさん、タンジェたちにいろいろな話をした。らけるの世界に、妖魔はいない。魔法もない。代わりにあるのは、ぱそこんだの、すまほだのという『便利なもの』。らけるの説明は要領を得ず、タンジェはまるで理解できなかったし興味も沸かなかったが、サナギは熱心に楽しそうに聞いていた。
異世界というものは食事も文化もまるきり違うものだという思い込みと偏見がタンジェにはあって、だかららけるの語る言葉が理解できなかったことは当然だと思っている。ただ、ぱそこんやすまほを始めとした異文明以外の部分に、わりと似通っているところが散見されるらしい。たとえば貨幣、特に紙幣の文化なんかは、らけるのいた世界でも一般的だったようだ。
それはともかく、村人たちに、神降ろしに関してさらに詳しく話を聞く必要があるだろう。サナギが近くにいた男に声をかける。
「こんばんは」
男は驚いた顔をしていたが、すぐにこう応答した。
「うん――、ああ、――?」
まったく言葉が聞き取れない。一瞬、呆然としたあと、共通語じゃないことに思い至った。オンカンザキの港町とは違い、この里では共通語は使われていないということなのだろう。うん、とか、ああ、とか、意味のない言葉しか分からない。
「あー」
サナギは納得といった様子で、何度か頷いたあと、困るそぶりを見せず、
「――、――?」
すぐに言語を切り替えた。こちらも何を言っているのかは聞き取れなかったが、サナギと村人の間で意思疎通はできたらしく、話を切り上げたサナギが振り返る。
「カンバラの里で共通語が流暢なのは、ええと、訳が難しいな。たぶん、尼さん、と言ったのかな?」
タンジェたちの暮らすベルベルントのある地方は、ほぼ全員が共通語話者だ。それ以外の地元特有の言語を操れる者は多くない。それこそ言語学者か、地元の者か。サナギはどちらでもない。タンジェは感心する。ただ、分からない単語があったのでそこは素直に尋ねた。
「尼さん?」
「聖憐教の修道女だな」
パーシィがさらに言葉を訳す。
「そうか、それならそちらに話を聞こう」
黒曜の言葉に一同は頷く。サナギがさらに話を聞いて、尼さんの家を確かめ、すぐに向かった。
ずいぶんと質素な家だ。ほったて小屋とまでは言わないが、装飾の一つもない平屋である。聖職者が住んでいるなんて、言われなければ分からないくらいだった。
黒曜が木製の扉をノックする。扉が横に開き、女がひとり現れた。
顔だけ出した真っ白な頭巾を被り、黒い着物を着ている。首から十字架が下がっている。ベルベルントならまず聖ミゼリカ教徒だが、この国においては聖憐教徒の証なのだろう。尼さんはタンジェたちを見渡したあと、
「まあ、こんばんは!」
共通語であいさつした。
「神降ろしにいらしたのですか? どちらからいらしたの? あら……わたくしったらいけないわ、さあお上がりになって、お茶をお出しします」
清貧な外見から想像していたのとは少し違う印象である。社交性のある僧だ。
「お邪魔しまーす!」
らけるが元気よく言って遠慮なく上がった。らけるは自然な動作で靴を脱いだが、タンジェたちは面食らった。入り口を入ってすぐ板間があって、確かに尼さんも靴を履いてはいなかった。
「靴を脱ぐのか?」
タンジェが尋ねると、サナギが靴を脱ぎながら、
「太平倭国はそういうところが多いね」
平気な顔で答えた。文化の違いということだろう。一同は誘導されるまま靴を脱いで、平たいクッションに座った。
らけるがやけにスムーズに靴を脱いだことを不思議に思っていると、
「ニッポンも家では靴脱ぐんだぜ!」
タンジェの視線に気付いたらしくらけるが言った。
「にっぽん、ですか。知らない土地ですわ」
キッチンが奥にあるらしく、そちらから尼さんの声だけが聞こえた。
「異世界なん……です。で、ニッポンに戻るために、ヨミマイリに参加しようと思って来たんです!」
元気よく答えるらける。尼さんは「まあ、そうなのですか!」と言いながら、盆に茶の入ったコップを用意して現れた。
「皆さまにっぽんから?」
尼さんは一同に順々にコップを渡していく。砕かれた氷が入って、キンと冷えた茶だ。タンジェたちは礼を言った。質問には黒曜が回答する。
「俺たちはベルベルントから来た」
「ずいぶん遠くからいらしたのですね」
さっそく、渡された茶を飲む。何せ外は暑く、山を登ってきたから、喉はカラカラだった。茶は不思議な味がする。色は似てるが、紅茶ではない。穀物っぽい味だ。
「煎った麦を煮出したお茶ですわ。ここでは一般的なお茶で、麦茶という名ですの!」
タンジェの戸惑いを察したのか、尼さんが心配そうな顔になる。
「お口に合わなかったかしら」
「……不味くはねえ。不思議な味だが、嫌いじゃねえな」
すっかり飲み干すと、すぐおかわりをくれた。タンジェが言葉のわりにずっと麦茶を飲んでいることには、もちろん尼さんは気付いているようで、彼女は綻ぶような笑顔になった。それから、
「それで、にっぽんに帰るのに、なぜ神降ろしに来る必要があったんでしょう? いろいろお聞かせ願いたいわ」
話が早い。サナギが少し身を乗り出した。
「そうだね。自己紹介からしようか。俺はサナギ。こちらは黒曜、タンジェリン、アノニム、パーシィ、緑玉、らける。らける以外は冒険者さ。らけるの護衛をしてここまで来た」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは光蓮と申しますわ」
「ええ、光蓮さん。さて、こちらのらけるだけど。召喚術でこちらの世界にトランスファーしてきたのだけど、召喚主が死んでしまって元のニッポンに還る手段がなくなってしまった」
「とらんすふぁー、ですか?」
サナギが簡単に召喚術の解説を交える。光蓮は頭のいい女らしく、早い段階でらけるの境遇を察すると、
「お亡くなりになった召喚主に会って、にっぽんへの送還を頼みたいということですのね」
と、らけるの目的を端的にまとめた。
「そう、そうなんです! それで、ヨミマイリで死者に会えるって!」
「……」
光蓮は神妙な顔になった。
「……もしかして、会えない?」
途端にらけるの顔がくしゃくしゃになる。だから言ったろ、とタンジェが言おうとする前に、
「いえ……『会える』のです」
光蓮がぽつりと呟いた。
「えっ!?」
俺たちが同時に光蓮を見る。らけるが目を見開き、逸って身を乗り出した。
「やっぱり、会えるんだ! あの、ヨミマイリで何をすれば会える、とか、なんか条件とかあるんですか!?」
「……」
また光蓮は少し黙り、
「……会える、のですが」
と言葉を濁した。それから少しの沈黙があって、
「皆さんは、らける様の護衛をしている冒険者様ということでしたね?」
「そうだが……」
それが何か、と黒曜が続ける前に、光蓮はまっすぐ顔を上げて言った。
「わたくしから依頼することは可能でしょうか?」
「依頼だと?」
タンジェが思わず聞き返す。
「待てよ。そいつはどういうことだ? ヨミマイリで死者に会えるって話と関係あんのか?」
「あります」
光蓮は迷わず頷いた。
「どういうことなのかは分からんが……」
腕組みした黒曜が、
「依頼を受けるかどうかは、話を聞いてから判断する」
冷静にそう伝える。光蓮は二、三度小さく首肯してから、
「分かりました。今、この里で起こっていることをお話しします」
そう語り始めた。
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一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
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中世洋風のファンタジー。
登場人物は男キャラ多数。
冒険者一行の連作短編です。
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