おやすみヴェルヴェルント
第2話 鏡裡を砕く 1・2・3・4・5・6
第3話 creepy sleepy 1・2・3・4・5・6・7
第4話 エセンシア 1・2・3・4・5・6・7
第5話 きっと失われぬもの 1・2・3・4・5・6・7
第2話 神降ろしの里<後編> 1・2・3・4・5・6・7・8・9
第3話 Over Night - High Roller 1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11
第6話 ベルベルント防衛戦 1・2
盗賊ギルドの戦い 1・2・3・4
聖ミゼリカ教会の戦い 1・2・3
花通りの戦い 1・2・3
星数えの夜会の戦い 1・2・3・4・5
防衛戦・幕間 1
時計塔の決戦 1・2・3
エピローグ 1
その2 羽化 1・2・3・4・5
その3 テ・アモは言わずとも 1・2・3・4
その4 堕天使の望郷 1・2・3・4・5
その5 あるいは恐れへの前進 1・2・3・4
その6 あるいは摂理への反証 1・2・3・4
その7 ニセパーシエル騒動 1・2・3・4・5・6・7
その8 ベルベルント復興祭 1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・
12・13・14
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ベルベルント復興祭 14
らけるたちの買ってきた屋台飯はとにかく多種多様で、みんな思い思い好きなものに手を伸ばしていた。量も多かったので、みんな満足しただろう。それでも足りなかった留守番勢の中には、入れ替わるようにして夜の屋台へと遊びに繰り出すものもいた。タンジェと黒曜が買ってきていた夕飯もいつの間にかなくなっている。どさくさに紛れて誰かの胃の中に入ったらしいが、別に気にはしなかった。タンジェは充分、黒曜といろいろなものを食べたのだ。
寝る準備にはまだまだ早いが、汗をかいた1日だったので、風呂に入ってさっぱりした。
部屋に戻り、くじ引きの景品交換で受け取ったサンキャッチャーをさっそく窓辺にかける。今は沈黙を保つそれは、明日の朝になればきっと陽光を吸い込んでこの部屋に光を落としてくれる。楽しみだ。
ノックされたので応答し、扉を開けると黒曜だった。黒曜は言った。
「花火が上がるそうだ。見える位置を確認してきたのだが、タンジェの部屋の窓からなら、恐らく見える」
「へぇ、そうなのか」
なるほど、人混みで見るよりは、タンジェの部屋で悠々2人で見たほうが、確かに落ち着ける。タンジェは黒曜を部屋に上げた。
2人で窓辺に座り、夜空を見つめる。
すぐに花火が始まる。パッと光が空に瞬いた。ほんの僅か遅れてドンと大きな音がして、ぱらぱらと光の粒が闇夜に消えていく。
「おお……」
思わず感嘆の息が漏れた。
色とりどり、夜空に何度も派手な光の粒が舞って、丸く、大きく広がると、そのたびに散っていった。綺麗だ。
ちらと黒曜の横顔を見れば、暗闇にある無表情が、花火が打ち上がるたびに照らされている。不意に黒曜がこちらを向いた。心臓が跳ねて、慌てて視線を逸らす。外に逸らせばいいのに、室内に目を泳がせたタンジェは、そこで、部屋の中まで花火の色に染まっているのに気付いた。
サンキャッチャーが花火の光を吸い込んで、部屋に虹のような影を落としているのだった。
タンジェはサンキャッチャーを見上げた。黒猫のあしらわれたサンキャッチャー。これを見るたび、タンジェはきっと今日のことを思い出す。本当に楽しかった。
悪魔に襲われ平和の脅かされたこのベルベルントに、<退屈>という名の日常は訪れた。今日1日限りの非日常は、これからの<退屈>を、色鮮やかに、鮮明に、克明に彩って、人々の生活を、生きる道を照らすだろう。
ベルベルントは復興した。悪魔なんかに、一過性の絶望なんかに、人々は負けたりはしないのだ。
「タンジェ」
「あ?」
呼ばれて黒曜に視線を戻すと、急に黒曜はタンジェに向かって身を乗り出し、顔と顔を近付けると、唇で唇に一瞬だけ触れて、そして何事もなかったかのように、元の位置に戻っていった。
「……」
たっぷり数秒、呆然としたタンジェは、遅れて事態を理解した。……やられた!
それでもやられっぱなしは性に合わない。タンジェは勢いが冷めないうちに、黒曜の顔面を強引にこちらに向かせて、同じことをし返した。顔を離せば、黒曜は目を瞬かせて、それから眩しそうに目を細めるのだった。
サンキャッチャーを見るたび、きっと今のも思い出すに違いない!
自分の顔が真っ赤なのは、ちょうどその色の花火が打ち上がって照らされたからだと、タンジェは誰にともなく言い訳した。
ベルベルント復興祭 13
屋台を回って、それからもいろいろなものを食べたり飲んだりした。遊戯屋台もいくつか楽しんだ。飲み物を買って休憩もとった。そんなこんなで夕方になれば、今まで店を開けていた人たちも仕事上がりに屋台に集まり始めて、いよいよ混雑が激しくなってきた。
タンジェと黒曜はタイミングを見て、夕飯を買って星数えの夜会に戻った。
夜会ではパーシィとアノニムがテーブル席で歓談――パーシィが一方的に何か話しているだけだ――していた。カウンターには野菜の入ったバスケットが置かれている。復興杯3位の賞品だ。封筒に入っているのは商品券だろう。
「おかえり」
タンジェと黒曜に気付いたパーシィが声をかけてきた。「おう」タンジェは応じた。「ただいま」
「屋台を見てきたのかい?」
「ああ。てめぇら、ずっとここにいたのか?」
「いや、午前中は復興杯を見て、それから屋台も回ったよ」
そしてだいたいのものは食べた、とパーシィは言った。食べ終わってからはここにいたのだろう。
「ズィーク、強かったか?」
不意に気になってアノニムに尋ねると、「戦ってねえ」と言った。トーナメントなので、ブロックが違えば決勝戦まで当たらない可能性は確かにある。つまり別ブロックだったのか、と思っていると、パーシィが茶を飲みながら、
「初手で降参したからな。アノニムは」
「え?」
「あんなのと戦うだけ時間の無駄だ」
アノニムが引き継いで答えた。
アノニムはこう見えて戦闘に関してはドライでクールで理性的だ。"生存主義"。ハンプティとの戦いで分かったが、彼はまず勝機のある戦いしかしない。つまり、そういうことなんだろう。
「ベルベルントにそんな化け物みてえなのがいるとはな……」
「すごかったよ。全試合一撃KOだった」
身内以外の人の見分けがろくについていないパーシィにさえ、ずいぶん強烈に印象に残ったようだ。
「そいつ、<天界墜とし>のときどこにいたんだろうな?」
「東門を守ってたらしい。1人で」
「……」
それは……いろいろと極まっている。
そこで「たっだいまー!」と勢いよく玄関を開いてらけるが戻ってきた。翠玉と緑玉、サナギも一緒だ。
「あ、タンジェも帰ってたんだ!」
「おう……おかえり」
タンジェは申し訳程度にあいさつを返す。らけるは両手いっぱいに食べ物を抱えていて、
「お夕飯は夜会で食べようってことになってさ」
「人の出も増えたしな」
「うん、材料がなくなっちゃってもう閉め始まってる屋台もあったけどね」
それでもあの数の屋台だ、まだまだ多くの人の腹を満たすだろう。
「な、みんなで食べようぜー!」
屋台の飯をテーブルに並べ始めるらけるを手伝い、にこにこ笑顔の翠玉も袋からどんどん小分けの容器を取り出していく。
こうして見る限りでは、らけるが翠玉に邪険にされている様子はない。だが脈ありかどうかはタンジェには分からないし、興味もなかった。ただ、そう、"応援する"と言ったのだった、カンバラの里から帰ったあとに。"協力はしない"とも言ったが。
緑玉はすでに人混みに揉まれてグロッキーらしく、テーブル席に腰掛けて青い顔をしている。サナギも疲労困憊といった様子だったがこちらは興奮気味で、
「いやぁ、俺も何だかんだ長く生きてるけど、本当に楽しいお祭りだったよ!」
緑玉に熱弁している。
「射的、面白かったねえ!」
射的……確か、タンジェも黒曜と興じた。おもちゃの銃で景品を狙い撃つ遊戯がそんな名前だったはずだ。
「普段から銃使ってる冒険者に本気出されたら屋台側も商売上がったりだろ」
「いやあ、やっぱり実銃とは違うよ。それに俺が使っているのは拳銃でしょ? 形が全然違くてけっこう苦戦しちゃった」
見ればサナギはまるまるとした緑色の鳥のぬいぐるみを抱えている。
「サナギ、それがほしいってずっと射的から離れないし、疲れた……」
緑玉がぼやく。サナギは、
「だって欲しかったんだよ! ほら、緑玉に似てない?」
緑玉は苦い顔をした。
「俺、そんなにまるまるしてない」
「冬毛なんだよ、きっと」
「この暑いのに?」
2人の会話は気心知れた者同士のそれで、なるほどこれならタンジェが見ても仲が良さそうだと思う。黒曜と翠玉が静かに、だが穏やかに2人を見つめていた。
屋台の飯のいい匂いが食堂中に広がる。留守番していた他のパーティの冒険者たちも匂いにつられてちらほら集まってきた。
「いっただっきまーす!」
昼から晩まで屋台飯漬けで、栄養バランスはめっちゃくちゃだ。でも、きっとこんなことは今日1度きりだ。たまにはいいだろう。
ベルベルント復興祭 12
どの屋台を見ても、閑古鳥が鳴いているようなところはない。みんながめいめい、好きなものを買い、食べ歩き、ゲームを楽しんでいた。まだ腹が満たされていないので、見る屋台はつい食べ物のものばかりになってしまう。その中でタンジェと黒曜が同時に足を止めたのは、ソースの香りのする屋台だった。だが焼いているのは焼きそばではない。
その屋台の店主は、鉄板の丸型の凹みに生地を流し入れ、小さく切られた具らしきものを放り込み、それをクルクルと錐で回している。なんだ? 何の屋台だ?
「お兄さんたち、たこ焼き初めて?」
売り子らしい女が声をかけてくる。若干、訛りがあり、聞き取りづらかったが、確かに「タコヤキ」と言った。
「タコ?」
「そう〜! ウチらの故郷の食べモンで、生地の中にタコを入れて焼く料理なんよ! あんまりこっちの人はタコ食べんらしいなあ。うんまいから食べてってよォ」
タンジェと黒曜は顔を見合わせた。それから鉄板に目を落とす。クルクルと回されていた生地はまん丸になっていて、店主はそれを小さな皿に2つ取り出した。それからソースとマヨネーズをかけてタンジェたちに差し出す。爪楊枝も渡された。
「食べてみてさァ、美味しかったら買ってって〜。あッついから気をつけて食べや」
なるほど、試食ということだ。興味はある。せっかくだからと爪楊枝で掬って食べてみた。
「あッッつ!!」
「あかんてお兄さん、熱い言うたやんか〜」
「ほフ……!!」
こんなに熱いとは思わねえじゃねえか、とかなんとか言おうとしたが言葉にならない。必死に口の中に空気を入れた。ようやく熱が収まってきて味わえるようになると、なるほど確かにこれは美味い。中はトロトロで、生地に包まれているのはタコなのだろう、そこだけ食感が違うのもいい。
「ん……! 美味えな」
「せやろ〜!?」
ほら黒いほうのお兄さんも、と女が黒曜にもたこ焼きを差し出すので、タンジェは待ったをかけた。
「待て! 猫舌の黒曜には無茶だぜ。待ってろ」
タンジェは差し出された皿の上でたこ焼きを割って、半分を爪楊枝で掬うとふーふーと息を吹きかけて中を冷ました。それから黒曜に差し出す。黒曜はそれにパクリと食いついた。
黒曜が真顔で咀嚼しているのを眺めながら、自分はもしかしてめちゃくちゃ恥ずかしいことをしたのではないか、という思考が湧いてきた。恐る恐る店員の女を見ると、女はニヤついた口元を隠そうともしていない。
「あらぁ、お兄さん方、そういう関係なん!?」
「な、なんだてめぇッ!?」
否定も肯定もできず威嚇してしまった。
「照れんでもええやんか!」
女は笑っている。その顔面を睨んでいると、黒曜がちょんちょんとタンジェの服を引っ張り、試食のたこ焼きのもう半分を指差した。それから自分の口を指し示す。
「……」
タンジェは観念して、爪楊枝でもう半分も掬い上げると、黒曜の口に持ってってやった。
「ふーふーはしてくれないのか」
「あァ!?」
また威嚇してしまった。だがタンジェの威嚇で黒曜が怯むわけもない。黒曜はタンジェを真っ直ぐ見て、
「ふーふーはしてくれないのか」
しっかり繰り返した。
タンジェは歯を食いしばり、ぐぬぬと呻いたが、やがて仕方なくもう半分も同じように息を吹きかけて冷まし、黒曜の口の中に突っ込んだ。
「はふ」
残り半分も催促したということは、黒曜も美味いと感じているんだろう。となれば、
「どお? どお? 買うてってよォ」
「くそっ……! 1つくれ!」
「まいどー! 4Gldよ!」
黒曜はたこ焼きを咀嚼したまますかさずタンジェと女の前に滑り込み、4Gldを支払うと6つ入りのたこ焼きを受け取った。こいつ! タンジェの不満の視線を気にも留めず、黒曜は涼しい顔だ。しぶしぶ半分ずつたこ焼きを食べる。不本意に奢られていてもたこ焼きは美味い。
黒曜は無表情だが機嫌はよさそうだ。耳としっぽの所作でなんとなく分かる。楽しんでくれているらしい。
「まだ足りないな」
2人でたこ焼きを平らげたが、確かにまだ満腹には遠い。屋台を眺めながら食欲をそそられるものがないか探していると、黒曜がふと足を止めた。
黒曜の視線を追うと、つやつやに赤く光る球体が串に刺さっている。よく見ると、飴でコーティングされたリンゴらしい。
「へぇ、なんだこれ、リンゴの飴包みだ」
見たままのことを言うと、
「りんご飴だ、見ろ、他の果物も……」
あんずやイチゴも飴に包まれて並べられている。鮮やかで綺麗だ。
「どんな味するんだろうな」
ほとんど独り言だったが、黒曜は応答しなかった。黒曜のほうを見れば、黒曜はじっとりんご飴を見つめている。
「買おうぜ。俺も気になる」
言うと、黒曜はタンジェに視線を移して、心なしか嬉しそうに頷いた。よし、ここは俺が奢る! と息巻いてタンジェは財布を取り出した。
「このリンゴの飴2つな!」
黒曜が割り込まないように片手で制しながら6Gldを取り出し支払った。黒曜を制する必要がなくなったので両手で1本ずつ受け取り、片方を黒曜に差し出した。黒曜は目に見えて不服そうな顔をしている。
「なんだよ、俺だって奢られっぱなしじゃカッコつかねえ」
「年下の恋人に食べたいだけ奢ってやれない甲斐性なしだと思われたくない」
タンジェはぽかっと口を開けて黒曜をまじまじと見た。黒曜にもそういう見栄みたいな感情があるのか。
「そ……そうか。そんなふうには思わねえけどな……」
タンジェは黒曜と対等の立場だと思っていたが、確かに黒曜は年齢も上だし、パーティでの依頼以外にもいつも個人で依頼を受けている――内容まではタンジェは知らない――から、金も持っているのだろう、少なくともタンジェよりは。この場合は、喜んで奢られておくのが正しい、のだろうか? そういう駆け引きはさっぱり分からない。
しかしタンジェだって男なのだ、タンジェなりの見栄はある。奢られっぱなしというのも……。
「俺はお前に奢る。お前は俺に思い出をくれる。対等だ」
黒曜はタンジェを覗き込んで言った。思い出ならタンジェも平等に貰っている。その理屈だとタンジェは貰いっぱなしでは?
うんうん唸っていると、黒曜はりんご飴を齧った。ぱき、と音がして、飴のコーティングが割れる。赤い飴をポリポリ噛みながら、ほんの僅かに口端を上げて笑った。
「あまい」
「好きなのか、これ」
黒曜は黙っていたが、やがて浅く頷いた。そういうことなら、タンジェだって黒曜がどんなものが好きなのか知りたい。とりあえずりんご飴を舐めてみると、確かに甘かった。
飴を齧り取って噛み砕く。飴のコーティングが剥がれてリンゴに届く。リンゴは酸味があって、こちらも美味い。リンゴと飴を一緒に味わうと甘酸っぱい。タンジェはそこまで甘味を好むわけじゃないが、フルーツは好きだし、飴とリンゴの味のバランスが絶妙だった。気に入った。
「美味えな。気に入ったぜ」
黒曜はタンジェを見て、また目を細めた。
ベルベルント復興祭 11
大通りに出れば、また喧騒が蘇ってくる。初めて屋台の出ている通りを見たらしい黒曜は、一見いつも通りだったが、耳が僅かに、だが確かに忙しなく動いていて、とうとう若干イカ耳になった。
「おいおい、大丈夫かよ」
と、思わず笑ってしまった。黒曜が少し驚いた様子でタンジェの顔を見る。しまった、とタンジェは思った。五感が敏感な黒曜にとっては、タンジェよりはるかにこの喧騒は不快かもしれない。
だが謝る前に、黒曜もタンジェの顔を見て「ふふ」とほんの少し笑った。思いがけず笑い合う形になり、タンジェの顔が一瞬で真っ赤になる。タンジェはそれでもなお必死に平静を装い、
「じゃ、じゃあ。どこから回る?」
「まずは何か食べないか」
「おう、そうだな。確かに腹減った」
黒曜の提案は魅力的で、タンジェはすぐさまそれに乗った。朝に軽く食べて以降、何も食べていないのだ。
たぶん黒曜はタンジェに任せると言うだろうな、という見当が何故かついた。が、一応聞いてみる。
「何が食いたい?」
「お前に合わせる」
予想通りだ。タンジェも黒曜のことが少し分かってきたのかもしれない。
「と言ってもな。何の出店が出てるのか俺もよく知らねえし……とにかく端から行ってみっか」
タンジェと黒曜はとりあえず出店の出ている大通りを端から歩いて行くことにした。すぐに立ち止まる。肉の串焼き屋台から食欲をそそるいい匂いがしてくる。
「……」
「買うか」
立ち止まったタンジェを見て、黒曜がすぐさま財布を取り出す。
「そうだな。ちょうどいいんじゃねえか。串焼き1本くらい食っても、まだまだ他にも食えるだろうしよ」
タンジェも財布を取り出そうとしたが、黒曜に手で制止される。見る間に黒曜がよく焼けた牛肉の串焼きを購入した。1本をタンジェに差し出す。奢られた形になる。
「いいのか? ありがとよ。次は俺に出させてくれ」
黒曜は頷かない。まさか、とタンジェははっとした。こいつ、祭りの飲食全部奢る気か!?
「おい! 次は俺が出すからな!」
黒曜はそっぽを向いて牛串を齧っている。ぐぬぬとタンジェが黒曜を睨む。隙を見てなんとか奢り返してやらねば。
ともあれ、かぶりついた牛串は香辛料で味付けされているらしく、香ばしく美味い。
「ん……! 美味えな、これ」
黒曜も頷いている。
歩きながらあっという間に平らげてしまった。そこそこ大きな串焼きだったが、まだまだ腹は減っている。パーティメンバーはサナギ以外、かなり大食漢なので、それと比較してやや少食に見られがちなタンジェだが、そんなことはない。同年代に比べればタンジェだってよく食べるほうなのだ。
「よし、肉食ったし、次は魚か……野菜もあるといいな」
黒曜のイカ耳が若干垂れた。肉食なのである。
「はは、肉もまだまだあんだろ。なんでも食えばいいんだよ……おい、あれなんだろうな?」
タンジェが指差したのは、円柱状の籠のようなものが積み重なった屋台だった。
「せいろだな」
黒曜がすらりと答えるので、タンジェは驚いて彼を見上げた。
「セイロ?」
「蒸し器だ。俺の故郷のものだ」
なるほど、どおりで見覚えのないものだと思った。
「蒸し器か。何作ってんだろうな?」
暑い中せいろとやらの面倒をみるのは大変だろう。だが、蒸し終えたそばから表に出されるパンのようなものが気になる。
「饅頭……のように見えるが」
「マントウ?」
「簡単に言えば蒸しパンだな。中に具が入っているなら、包子」
「なるほど、そのパオズってものだとしたら、中身は何なんだ?」
「肉だったり野菜だったり多様だ。小豆で作った甘いあんのこともある」
「へぇ、面白えな。買おうぜ。お前の故郷の料理、食ってみてえし」
黒曜のイカ耳だったり垂れたりしていた耳が軽く前のめりになった。
屋台のおばちゃんに声をかける。
「なあ、こいつの中身は何なんだ?」
「いらっしゃい! 中身かい? 豚肉やタケノコなんかを混ぜて作った肉あんと、こっちは小豆を煮込んだ甘い餡子だよ!」
なるほど、しょっぱい系と甘い系を揃えてるというわけだ。美味そうだ。今はとにかく腹が減ってるし、しょっぱい系の気分だ。
「じゃあ肉あんのほうを……」
言って財布を取り出している間に横から黒曜がスライドしてきて、
「肉あんのほうを2つくれ」
「はいよっ!」
財布から2つ分の金を取り出し、素早く支払った。また奢られてしまった!
「おい黒よ……もぐ」
問い詰めようとしたら口に包子を突っ込まれた。
もぐむぐ言いながら包子を食むと、生地はほんのり甘く、具に達するとホカホカの肉あんが甘じょっぱくて、タケノコの食感もいい。美味い!
「んま」
口に包子が入ったまま美味いことを伝えようとしたら情けない声が出た。横で包子を静かに食べていた黒曜と目が合う。黒曜の顔がほころぶ。めちゃくちゃ恥ずかしくなり、包子の入った口を押さえて黒曜の肩に平手を入れた。
包子は美味かったのだが、少なくともこの調子で奢られ続けるのは納得いかない。隙を見て黒曜に何か奢ってやらねば気が済まない!
大通りはまだまだ先がある。歩き進めば、飲食の屋台に紛れて、ちょっとした遊戯が楽しめるらしい屋台も目に付いた。
例えば、簡易な水槽を泳ぐ小魚を掬うゲームだったり、おもちゃの銃で景品に弾を当てるゲームだったり。どれもなかなか趣向が凝らされていて面白そうだが、興じているのが子供ばかりなので参加するのは憚られた。
その中に比較的客の年齢層が高い屋台があって、覗いてみるとクジ引きらしかった。ハズレなし、1回7Gldか。
「やりたいのか」
黒曜が財布を取り出してスタンバっている。そうはさせるか!
「なあ、2人でやって出た景品交換しねえか?」
「? 2人でやるなら、俺が2人分出すが……?」
「何を心底、不思議そうにしてんだよ! 俺が自分で出さなきゃてめぇが俺に景品くれるだけになるだろうが!」
景品交換という方法を取れば、確実にタンジェが自分で金を出せる。そうでなければ交換は成り立たない。それでもしばらく黒曜は釈然としない顔をしていたが、タンジェは気にせず景品を見回した。申し出ておいてなんだが、こういうクジの景品が一般的にどういうものなのかを知らない。さすがにくじ引きの前に確認しておきたい。展示されてる景品の一部のうち、下位賞が菓子の詰め合わせなのが目に入り、それなら悪くないか、と判断する。
タンジェは店主に7Gldを渡した。もちろん、今回こそタンジェの財布から出た金だ。ボックスの中にクジが入っていて、中に手を突っ込んで1枚選ぶ。らしくなくなんだかワクワクする。手に当たった1枚を選んでボックスから手を引き抜いた。
クジを見ると75と書かれていて、それを確認した店主がニコニコして小箱を持ってきた。
「兄ちゃん、運がいいねェ! これはいい品だよ!」
いい品と言うが、7Gldのクジだ。そんなに期待せずに小箱を開けると、中には懐中時計が入っていた。なかなか洒落たデザインで、だが華美ではない。本当にいい品だ!
「これが7Gld?」
「型落ち品なんだよ。ここだけの話、普通の市民は時計塔があるから懐中時計なんて持ち歩かんでしょ? かといって上級市民は型落ち品なんか好んで買わん。要は売れ残りでさァ……」
「あー……」
なるほど、それなら納得だ。とはいえ、
「それでも7Gldで手に入るもんじゃないよ! 言ったろ、いい品だって」
「そうだな、こいつはいい」
店主の言う通りだ。時計は基本的には高級品で、わざわざ時計を持ち歩く冒険者もあまりいない。だがやはり、あれば便利だ。このサイズなら旅先にも持っていける。
「ほらよ、黒曜」
何より、少し古めかしい懐中時計は黒曜によく似合った。黒曜はタンジェの顔と懐中時計を交互に眺めていたが、
「いいのか」
「おう」
少し躊躇った様子を見せたあと、大事そうに丁寧に受け取った。それから、
「俺も1回」
黒曜も財布から7Gldを取り出して店主に渡した。景品交換に応じてくれるということだろう。引っ張り出したクジの番号は80。店主はそれを見て、また箱を持ってきた。さほど大きくはないが、懐中時計より大きそうだ。
「80番はこいつだ」
タンジェと黒曜で店主の手元を覗き込んだ。
開けられた箱の中に入っていたのは、どうやらガラス製らしい、黒猫があしらわれたプレートだ。そこにぶら下がるようにして、多面体にカットされたガラス玉がいくつか繋がっている。プレートは上のほうに細かなチェーンが結ばれていて、どこかに引っ掛けて使うものなのだろうと分かった。ドアプレートだろうかと見当をつけたが、黒曜は、
「これは……サンキャッチャーか」
「サンキャッチャー?」
今日は黒曜に聞いてばかりだ。
黒曜は頷き、プレートのチェーンを持ち上げて日に翳して見せた。太陽光を浴びたプレートやプレートにぶら下がったいくつかのガラス玉がきらきら光って地面に虹色を落としている。
「へぇ、綺麗なもんだな」
素直な言葉が出た。
「窓辺に飾って、窓から入る太陽の光に当てるものだ。風水的にも縁起がいいな」
「あ? ……なんだ、フウスイってのは?」
「……」
黒曜は少し考えたあと、
「説明が難しいが……簡単に言えば、吉兆をコントロールするための概念だ。占いの一種だと思ってくれ。俺もそこまで精通しているわけではない」
つまり、"占い的に縁起がいい"ということだ。どうせ事細かに説明されたってタンジェは理解できないので、そのくらいの認識でいいだろう。黒曜は店主から箱を受け取り、サンキャッチャーを改めて箱に収め、タンジェに渡した。
「お……あ、そうか」
景品交換だ。タンジェはサンキャッチャーを受け取った。帰ったら窓辺に飾ろう。日の昇る朝が楽しくなる。
「ありがとよ」
礼を言うと、黒曜は目を細めた。
サンキャッチャーの箱を財布とまとめてポーチの中に入れる。頑丈そうだったが、ガラスはガラスだ。大事に扱わなければならないだろう。
菓子詰め合わせも魅力的だったが、こうして形に残る物をプレゼントし合うのも悪くない。サンキャッチャーの分、ポーチは重くなり、代わりにタンジェの足取りは何となく軽くなった。