ベルベルント復興祭 12
どの屋台を見ても、閑古鳥が鳴いているようなところはない。みんながめいめい、好きなものを買い、食べ歩き、ゲームを楽しんでいた。まだ腹が満たされていないので、見る屋台はつい食べ物のものばかりになってしまう。その中で俺と黒曜が同時に足を止めたのは、ソースの香りのする屋台だった。だが焼いているのは焼きそばではない。
その屋台の店主は、鉄板の丸型の凹みに生地を流し入れ、小さく切られた具らしきものを放り込み、それをクルクルと錐で回している。なんだ? 何の屋台だ?
「お兄さんたち、たこ焼き初めて?」
売り子らしい女が声をかけてくる。若干、訛りがあり、聞き取りづらかったが、確かに「タコヤキ」と言った。
「タコ?」
「そう〜! ウチらの故郷の食べモンで、生地の中にタコを入れて焼く料理なんよ! あんまりこっちの人はタコ食べんらしいなあ。うんまいから食べてってよォ」
俺と黒曜は顔を見合わせた。それから鉄板に目を落とす。クルクルと回されていた生地はまん丸になっていて、店主はそれを小さな皿に二つ取り出した。それからソースとマヨネーズをかけて俺たちに差し出す。爪楊枝も渡された。
「食べてみてさァ、美味しかったら買ってって〜。あッついから気をつけて食べや」
なるほど、試食か。
興味はある。せっかくだからと爪楊枝で掬って食べてみた。
「あッッつ!」
「あかんてお兄さん、熱い言うたやんか〜」
「ほフ……!!」
こんなに熱いとは思わねえじゃねえか、とかなんとか言おうとしたが言葉にならず、必死に口の中に空気を入れた。ようやく熱が収まってきて味わえるようになると、なるほど確かにこれは美味い。中はトロトロで、生地に包まれているのはタコなのだろう、そこだけ食感が違うのもいい。
「ん……! 美味えな」
「せやろ〜!?」
ほら黒いほうのお兄さんも、と女が黒曜にもたこ焼きを差し出すので、俺は待ったをかけた。
「待て! 猫舌の黒曜には無茶だ。待ってろ」
俺は差し出された皿の上でたこ焼きを割って、半分を爪楊枝で掬うとふーふーと息を吹きかけて中を冷ました。それから黒曜に差し出す。黒曜はそれにパクリと食いついた。
黒曜が真顔で咀嚼しているのを眺めながら、俺はもしかしてめちゃくちゃ恥ずかしいことをしたのではないか、という思考が湧いてきた。恐る恐る店員の女を見ると、女はニヤついた口元を隠そうともしていない。
「あらぁ、お兄さん方、そういう関係なん!?」
「な、なんだてめぇッ!?」
否定も肯定もできず威嚇してしまった。
「照れんでもええやんか!」
女は笑っている。くそ、と思っていると、黒曜がちょんちょんと俺の服を引っ張り、試食のたこ焼きのもう半分を指差した。それから自分の口を指し示す。
「……」
俺は観念して、爪楊枝でもう半分も掬い上げると、黒曜の口に持ってってやった。
「ふーふーはしてくれないのか」
「あァ!?」
また威嚇してしまった。だが俺の威嚇なんかで黒曜がちょっとでも怯むわけがない。黒曜は俺を真っ直ぐ見て、
「ふーふーはしてくれないのか」
しっかり繰り返した。
ぐ、ぐぬぬ……。俺は仕方なくもう半分も同じように息を吹きかけて冷まし、黒曜の口の中に突っ込んだ。
「はふ」
残り半分も催促したということは、黒曜も美味いと感じているんだろう。となれば、
「どお? どお? 買うてってよォ」
「くそっ……! 一つくれ!」
「まいどー! 4Gよ!」
黒曜はたこ焼きを咀嚼したまますかさず俺と女の前に滑り込み、4Gを支払うと六つ入りのたこ焼きを受け取った。こ、こいつ……!
涼しい顔の黒曜としぶしぶ半分ずつたこ焼きを食べる。不本意に奢られていてもたこ焼きは美味い。
黒曜の耳としっぽの所作は実に機嫌よさそうで、無表情でたこ焼きを冷ましながら食べる様子とは正反対だ。そういうところも何となく可愛く見えてしまうのは惚れた弱みか……。
「まだまだ足りないな」
二人でたこ焼きを平らげたが、確かにまだ満腹には遠い。屋台を眺めながら食欲をそそられるものがないか探していると、黒曜がふと足を止めた。
黒曜の視線を追うと、つやつやに赤く光る球体が串に刺さっている。よく見ると、飴でコーティングされたリンゴらしい。
「へぇ、なんだこれ、リンゴの飴包みだ」
見たままのことを言うと、
「りんご飴だ、見ろ、他の果物も……」
あんずやイチゴも飴に包まれて並べられている。鮮やかで綺麗だ。
「どんな味するんだろうな」
ほとんど独り言だったが、黒曜は応答しなかった。黒曜のほうを見れば、黒曜はじっとりんご飴を見つめている。
「買おうぜ。俺も気になる」
言うと、黒曜は俺に視線を移して、心なしか嬉しそうに頷いた。よし、ここは俺が奢る!
「このリンゴの飴二つな!」
黒曜が割り込まないように片手で制しながら財布を取り出す。財布を開けつつ6Gを取り出し支払い。黒曜を制する必要が無くなったので両手で一本ずつ受け取り、片方を黒曜に差し出した。
黒曜は目に見えて不服そうな顔をしている。
「なんだよ、俺だって奢られっぱなしじゃカッコつかねえ」
「年下の恋人に食べたいだけ奢ってやれない甲斐性なしだと思われたくない」
俺はぽかっと口を開けて黒曜をまじまじと見た。黒曜にもそういう見栄みたいな感情があるのか。
「そ……そうか。そんなふうには思わねえけどな……」
俺は黒曜と対等の立場だと思っていたが、確かに黒曜は年齢も上だし、パーティでの依頼以外にもいつも個人で依頼を受けている――内容までは俺は知らない――から、金も持っているだろう、少なくとも俺よりは。この場合は……喜んで奢られておくのが正しい、のか? そういう駆け引きはさっぱり分からない。
しかし俺だって男だ、俺にも俺なりの見栄はある。奢られっぱなしというのも……。
「俺はお前に奢る。お前は俺に思い出をくれる。対等だ」
黒曜は俺を覗き込んで言った。んんん……? そうか……? 思い出なら俺も平等に貰ってねえか? その理屈だと俺は貰いっぱなしでは?
うんうん唸っていると、黒曜はりんご飴を齧った。ぱき、と音がして、飴のコーティングが割れる。赤い飴をポリポリ噛みながら、ほんの僅かに口端を上げて笑った。
「あまい」
「好きなのか、これ」
黒曜は黙っていたが、やがて浅く頷いた。そういうことなら、俺だって黒曜がどんなものが好きなのか知りたい。とりあえずりんご飴を舐めてみると、確かに甘かった。
飴を齧り取って噛み砕く。
飴のコーティングが剥がれてリンゴに届く。リンゴは酸味があって、こちらも美味い。リンゴと飴を一緒に味わうと甘酸っぱい。俺はそこまで甘味を好むわけじゃないが、フルーツは好きだし、飴とリンゴの味のバランスが絶妙だった。気に入った。
「美味い。俺もこれ好きだ」
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