盗賊ギルドの戦い 3
「てめぇ!」
白い影が振り回しているのが両手に着けられたクローだと知れたのは、タンジェの振り下ろした斧が交差したそれで受け止められたからだ。金属同士がぶつかり合う音がする。
初めて見る顔だ。白い髪に一房だけ赤いメッシュが入っている。頭の上にピンと立った猫のような耳が生えていて、獣人と知れた。
「獣人? 悪魔じゃねえのか……!?」
「ジュージンなんて名前じゃねえぜェ!」
獣人は不必要なほどデカい声で応答した。
「俺様はギャジ様だ! あいさつは明るく元気にってかァ! よろしくゥ!」
面倒くさいテンションの相手だ。返事はせずに、斧でクローごとギャジを圧し潰そうとする。
「おっ! お前結構パワーあんじゃん!」
ギャジとやらがギザギザの歯を見せて笑った。
「ほかのやつらは歯ごたえなかったぜェ!」
ちらと倒れた盗賊たちを見れば、どう見ても事切れている盗賊もいれば、傷を抑えて呻いているものもいる。
「……!」
さっさとこいつをぶちのめして手当てしなくては! 斧を握る手に力を籠める。
「へえ、マジでやるじゃん……!」
タンジェの斧の重さに耐えきれず、徐々にギャジが腰を落とす。だがギャジは怯むどころか笑っている。猫のような瞳孔がぎゅっと細くなり、金の瞳はギラギラしていた。
「ほかのはひょろくて味気ねえなァと思ってたんだよ……!」
交差させたクローを勢いよく振り抜き、ギャジはタンジェの斧を弾く。あの体勢から出せる力としては並外れている。
素早く突き出されたギャジのクローを斧で叩き軌道を逸らす。気にせずギャジはもう片手のクローを振り下ろした。返す刃で跳ね返す。
クローという武器は取り回しがよく手数が多いものだ。すぐさまギャジの右手のクローがタンジェの顔面に迫る。かろうじて回避できた。髪の毛が何本か切り裂かれて落ちる。避けたそばからもう片手のクローが迫った。腰を落として避ける。
低い姿勢からギャジの腹めがけて斧をぶん回した。ギャジは引くことは知らないらしく、再びクローを交差させることで防御した。
また武器同士が重なって力が拮抗する。態勢が悪い。今度はギャジのほうがタンジェを抑え込む形になる。
「このままぶった斬っちまうぞォ!」
だがタンジェはぜんぜん焦ってはいなかった。徐々に徐々に……斧に力を込めて、抑え込むクローを持ち上げていく。ゆっくりと腰を上げて、頃合いを見てクローごとギャジを跳ね飛ばした。
「すげえ怪力だな。マジに人間かよ、お前!?」
「そいつを言われると回答しづれえんだがな……!」
オーガだぜ! と名乗れるほどは吹っ切れていない。そもそも初めてオーガと化して以来、死に瀕してもオーガに変じることができていないので、自称していいものなのかも謎だ。
「ああ~!? よく分かんねえけどまぁいいさァ! なんてったって楽しいからなァ!!」
左手のクローがタンジェの顔面をかっ切ろうとするのを後ろに避けて、
「お前も楽しめよォ!」
右手のクローが脇腹を裂こうとするのを斧の柄で受け止める。
「楽しめだぁ? ……ふざけろ! 戦いなんてのはな――」
命のやりとりに喜楽を見出せるのは、それを生業にする者にとっては、あるいは長所になりえるだろう。目の前のギャジがそうなのだろうし、そういうやつがこの世に存在することは別に否定しない。それでもタンジェにとって戦いは娯楽なんかになりえない。戦いは手段だ――強くなるための。相手を黙らせるための。そしてあるいは、
「――我を通すためにするもんなんだよ!」
吠えて、タンジェから仕掛ける。斧を横薙ぎにして再びやつの胴体を狙う。どちらかといえば隙の少ない挙動だ。
ギャジはタンジェに伸ばしかけていた左腕を咄嗟に防御に回し、重ねたクローで受け止める。もう3回目になるその動きを、ぼんやり見ているつもりはない。タンジェは敢えてすぐに斧を引いた。力を込めていたクローごとギャジがよろける。
その瞬間に跳ね上げたタンジェのブーツの爪先がギャジの顎下に直撃した。
「がっ……!」
仰け反って倒れるギャジ。それでもクローは身に付けたまま取り落とすことはなかったが、起き上がっても来なかった。
念のためギャジのクローの根本を斧で叩き折る。これで無力化されたと見ていいだろう。