カンテラテンカ

聖ミゼリカ教会の戦い 2

 死にかけていた老人をなんとか救ってすぐ、親父さんがパーシィに声をかけてきた。
「パーシィ」
「親父さん! 何かあったのか……!?」
 親父さんは首を横に振ったが、
「いや、聖ミゼリカ教会の中は定員オーバーでな。外で待機することにしたんだよ。それで、ぼうっと突っ立っているのもナンだから、何かワシにも手伝えることがあればと思ってな」
 ……聖ミゼリカ教会の容量は無限じゃない。ベルベルント中の人々全員が収容できるはずもない。そろそろあぶれてしまう人が出る頃だとは思っていた。
 それでも親父さんは別に恐慌状態にはなかったし、それどころかごく冷静だった。たまたま通りかかったクエンが、
「ああ、じゃあ医療班に飲み物でも配ってくれるか?」
 と、聖ミゼリカ教会から出してきたのだろう、水のたっぷり入った水瓶を指差した。親父さんは「そいつは得意技だ」と笑うと、積み重なったグラスにてきぱきと水を汲んでいく。
 俺もすぐに次の"赤"を治療しよう、と思って身を翻したとき、嫌な気配がパーシィの背筋を這った。咄嗟に振り返ると、悪魔が1匹、空からこちらへ向かって滑空してくるところだった。
 迷わず迎え撃つ。光弾を放てば悪魔に直撃し、悪魔はぶすぶすと焼け死にながら落下してくる。外で待機していた人々の悲鳴が上がる。死体は灰になり空中で霧散した。
「まあ、ここを見逃してくれるわけはないよな……! スクード!!」
「ああ」
 クエンが呼ぶと、鎧姿のガタイのいい男性が頷いて立ち上がった。彼も護衛を付けてきたわけだ。アノニムを見れば、すでに臨戦態勢だ。地上からの悪魔は任せてもいいだろう。しかしアノニムは空からの攻めに対応できない。
 冒険者ではない聖ミゼリカ教徒のほうがはるかに多い。祈りを癒しの奇跡に変えられる者は、そういった非戦闘員の聖ミゼリカ教徒の中にも一定の割合いる。戦えるパーシィは悪魔を迎え撃つほうに集中したほうがいいかもしれない。テントから出ている間に、すでに地上では悪魔との交戦が始まり、怯えた人々がパニックになって騒いでいる。
「ぎゃあ!」
「ぐわ……!」
 地上で交戦する冒険者たちが何人か悪魔に槍を突き刺されて倒れた。彼らを引き倒すようにして後方に放り、アノニムが前に出て悪魔を殴り殺す。槍はついと回避し、返す棍棒は的確に悪魔の頭をかち割っている。練度の低い冒険者は攻撃に怯んでしまい、先ほどスクードと呼ばれたクエンの護衛が彼らに怪我人を奥に移動させるよう指示を飛ばしている。
 怪我人の鮮血を見れば人々はたちまちパニックになる。それだけじゃない、空中からも10匹は下らない数が来ていた。それほど格の高くない悪魔ばかりだが、非戦闘員のことは赤子の手を捻るように殺せるだろう。
 光弾を連続で放って2匹仕留める。耳障りな音を立てて悪魔が落ちていく。灰になって消えた。
 悪魔たちは半分はパーシィに、もう半分は人々にかかっていく。パーシィを相手にするよりパニックになった人々を殺すほうが割が良い、と察した比較的賢い奴らは中級格とでも呼べる悪魔ばかりで、叫び逃げ惑おうとする――人の壁があって逃げられるわけはない――非戦闘員に剣や槍を振りかざす。
「<ホーリーライト>!」
 それとは別に、目の前には迫り来る悪魔はいたけれども、パーシィは人々を襲っているほうの悪魔を優先して焼き殺した。眼前にいる悪魔の槍が肩を掠める。悪魔の力が流れ込み、傷が焼けたように熱くなった。
「ここは安全なんじゃないのかよ!」
「死にたくない! 逃がして! どいて!」
「押すんじゃねえ、どこにも逃げられやしねえよ!」
「助けて……! 助けて……!」
 ざわめきがあっという間に広まる。泣き喚く人々。これを納める手段はパーシィにはない。悪魔を焼き殺して安全を確保することでしか、恐怖に陥った人々を守るすべはない。
 だが、その恐慌の中で、確かにパーシィは聴いた。

 聖歌だ。

 誰かが聖歌をうたっている。
 悪魔を前にしてパニックに陥る人々の真っ只中に、悪魔を真っ直ぐに見て聖歌をうたう者がある。

 ――娘さんだった。

 彼女は聖ミゼリカ教徒ではない。だがこのベルベルントの初等教育では誰しもが簡単な聖歌を習う。その一番拙く、簡単で、でも誰もが知る旋律を、彼女はたったひとりで、うたっていた。

 神に捧げる歌は尊い。聖歌は、たとえ歌い手が聖ミゼリカ教徒でなかったとしても、聖なる力がわずかばかり宿るものだ。悪魔を浄化こそできないが、やつらを怯ませる程度の力はある。パーシィの目の前の悪魔も明確に動きが鈍って、パーシィはそいつを容易く消し炭にできた。
 人々のどよめきは静かになり、やがて、

 やがて人々は、娘さんの声に合わせて、いっせいに聖歌をうたい始めた。

 信仰だった。
 確かにそこに、信仰があった。
 悪魔たちが真っ先に聖ミゼリカ教会の尖塔を攻撃したことを、パーシィは悪魔たちからの聖ミゼリカ教の――ひいては神への宣戦布告と受け取ったが、それはきっと、はじめに人々の心を折るためだったのだろう。
 だが、ヒトはこんなにも、挫けない。誰か一人でもその心をまっすぐに保っていられたら、その一人に次いで誰しもが前を向ける。
 サナギは、祈りは欲で、欲は重さだ、と言った。
 それが間違っていると、パーシィは言い切れない。人々は我欲で神に祈り、祈りが届かなければ簡単に信仰を捨ててしまう。
 だが、ここにあって聖歌は、何よりも清く、何よりも美しかった。

 この純然たる祈りにおいて、人々に救済をもたらさねば、天使としての名が廃る。

 祈りを借りて力を集中させれば、天輪と羽根は具現化する。
 パーシィの翼は。
 血で濁り、鎖に繋がれ重く、その重さで羽ばたくことすらままならない、穢れたそれだ。
 負った天輪は赤黒に錆び付いている。
 パーシィは、堕天使だ。ヒトの肉を喰らって『暴食』の罪により罰を受けたもの。
 だが人々の祈りを昇華して聖なる力に換えることを赦されたこの身は、こういう日のためにあったに違いない。

 堕天使パーシィは、神の名において、悪魔を殲滅する。

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