カンテラテンカ

花通りの戦い 1

 パーシィの戦いぶりは圧倒的だった。
 その影響は地上で戦っているアノニムにも明らかだった。あの巨大化した悪魔の消滅は、相手の悪魔どもの士気にかなり影響を与えている。攻めの手を緩めない骨のあるやつもまだまだいたが、"この戦場は分が悪い"と見て離れていく悪魔もまた、多くいた。
 悪魔1体1体は、雑魚ではない。しかし、手強くもない。アノニムはいくらか生傷を作ってはいたが、致命傷は一つもないし、タンジェの言うところの"生存主義"の本能も警鐘を鳴らしてはいない。
 周囲には数人の冒険者らしき奴らがいて、アノニムと同じように悪魔たちを迎え撃っていた。すでに練度の低いやつは怪我で後方に下がっており、今の前線は快適だ。
 また1体の悪魔を殴り殺す、その最中に、アノニムの視界の端にようやくここに辿り着いたらしき避難民が映った。避難民は全員が女で、建物の影でいつ聖ミゼリカ教会に駆け込もうかとタイミングを窺っているようだった。
 無視して、他の奴らが気付くのを待ってもよかった。その女たちに、見知った顔がなければ。
「ちっ……!」
 アノニムはいったん前線を離脱し、女たちに向かって走る。こちらを窺うことに夢中の女たちは、その背後に迫る悪魔に気付いていなかった。駆け寄ったアノニムは、女たちに今まさに武器を振りかざしていた悪魔を殴り殺す。
「アノニム!!」
 肩を寄せ合って震える女たちは、花通りの娼婦たちだった。
「避難が遅え。何をやってやがる!」
 娼婦たちはアノニムと顔見知りのやつばかりだ。
「は、花通りがおかしいんだよ! みんな逃げようとしなくて……アルベーヌが残って説得しているんだけど……!」
「あいつも避難してねえのか……!」
 アノニムは舌打ちした。
「アノニム、お願い……!」
「仕方ねえ……! 俺が見に行く、てめぇらは教会の敷地内にいろ!」
 娼婦たちを教会に連れて行ってやり、それからアノニムは花通りへと駆け出す。少なくともパーシィがいる限り教会は安全だ。

 花通りに向かう途中にタンジェリンとすれ違った。まだ乾ききっていない青い液体が、やつの斧の刃先から滴っている。ついさっきまで悪魔と交戦していた、という感じだった。今のベルベルントはどこに行っても悪魔との遭遇を回避することはできない。戦闘の際に怪我でもしたのか、悪魔の青い返り血の中にちらほら赤い血が滲んでいる。
「アノニム」
 アノニムのほうからは特に用はなかったが、向こうから声をかけてきた。
「あん?」
「そこら辺の店のもんは自由に使っていいとよ。戦いに役立てる限りな」
「そうか」
「あと北門が手薄で南門は激戦区だ」
「どっちにも用はねえ」
 タンジェリンは呆れた顔をしたあと、
「さっき、空が白んだな。聖ミゼリカ教会は?」
 パーシィが巨大化した悪魔に放った光弾の嵐はベルベルント中を照らしただろう。
「悪魔が巨大化したのを見なかったのか?」
「巨大化ぁ?」
 見ていないらしい。よくは知らないが、盗賊役の役目の一つは情報収集のはずだ。それなのにこいつは――アノニムの言えた義理ではないのだが――あまり周囲の出来事に興味がなく、敏感でもない。のんきなものだ。鼻で笑うと、顔を歪ませたタンジェリンは、
「さっきまで悪魔とやりあってたんだ、よそ見してるヒマねえよ!」
 と吐き捨てた。
「とにかく、聖ミゼリカ教会は無事なんだな。で、てめぇはどこに行くんだ?」
 答えようとしたところで、物陰から不意の一撃があった。
 槍だ。完全な不意打ちの狙いはアノニムだった。回避はできたが、アノニムの前髪の先をまとめていた金のリングに槍が当たり、それらは甲高い金属音を立て、弾けたリングが後方に転がっていった。毛先がほどけた前髪は鬱陶しいが、躍り出てきた5体の悪魔との交戦程度、差支えはないだろう。
「チッ……くだらねぇ話で時間食ったぜ。とんだ足止めだ」
 文句を言うと、
「急いでんだな? ここは俺が引き受ける、てめぇは先に――」
 出た。わけの分からない自己犠牲だ。アノニムがタンジェリンを睨むと、やつは「な、なんだよ」と狼狽する。
「こんな雑魚に手間取ると思うか?」
「じゃあ文句言ってんじゃねーよ!」
 囲まれたアノニムとタンジェリンはその気はなくとも自然に背中合わせになり、得物を構える。踏み込み、棍棒を振るのと同時に、背後でタンジェリンも悪魔に斬りかかったのが分かった。
 1発殴るだけで悪魔の頭は粉々に砕け散り、青い血が噴き出す。
 瞬く間に2体目を潰せば、ちょうどタンジェリンもやつにとっての2体目を薙ぎ払ったところだ。残りの悪魔は1体。アノニムたちは同時に武器を振るい、肘と肘がぶつかった。
「邪魔だ!」
「ああん!?」
 アノニムとタンジェリンが怒鳴り散らすのを悪魔は見逃さない。悪魔は槍をまっすぐに2人にに放った。
 アノニムたちは左右に散開してそれをかわす。図らずも挟み撃ちの形になる。アノニムが左手側から頭を潰すのと、タンジェリンが右手側から胴体を両断するのはほぼ同時。悪魔は血飛沫を上げて倒れた。
「……」
「……」
「今のトドメは俺だな」
「は? 俺だろ」
 タンジェリンとアノニムは数秒睨み合ったが、
「……こんなことしてる場合じゃねえ」
「そうだな」
 不毛なことだと察してお互いに引いた。
「俺は花通りに行く」
 タンジェリンは「花通り」と復唱した。あまりピンときていない顔だった。縁がなさそうではある。だがわざわざ説明してやるつもりもないし、その時間もない。アノニムは背を向け歩き出した。
「じゃあな」
「待てよ」
 呼び止められ、しぶしぶアノニムが立ち止まり振り返ると、タンジェリンはアノニムに何か投げてよこした。わりと距離はあったのだが、タンジェリンの放ったそれは綺麗な弧を描き、寸分違わずアノニムの手元に落ちてきた。
 悪魔の初撃で落ちた、前髪をまとめていた金のリングである。
「別にいらねえ」
「ああ!? せっかく拾ってやったのによ!」
 タンジェリンは憤慨したが、別に思い入れのあるものでもないので、いらないのは本当だ。とはいえ、わざわざ捨て直す意味もない。アノニムは適当に懐にそれを入れ、今度こそその場を立ち去る。背中にタンジェリンの声がかかった。
「ちっ……気をつけろよ!」
 誰に言ってやがる、とアノニムは脳内で吐き捨てた。――気を付けるのはてめぇのほうだ、死にたがりが。

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