- 2024.08.09
ニセパーシエル騒動 2
- 2024.08.09
ニセパーシエル騒動 1
ニセパーシエル騒動 2
「この町の人々は、騙されてると思う」
部屋に戻って開口一番、パーシィが言った。
「天使との結婚のこと?」
すぐに察したサナギが聞き返せば、パーシィは頷いた。
「蘇生の奇跡とやらは相当に胡散臭い話だ。はっきり言う。ありえない。天使はそんな施しを人間には、犬にも、しない」
「それは分かるけどよ」
天使だろうが何だろうが、蘇生なんてものができるわけがない。だが、
「少なくとも町の奴らにそう信じ込ませる何かしらは起きたってことだろ」
パーシィはしばし考え込んだが、答えは沸いてこないようだった。サナギが横から、
「まあ、そうっぽく見せるとすれば、自作自演か、仮死状態のものを蘇生させたように見せる医療術か治癒術というところかな。人間が騙っているとして……自作自演だとすればその猟師に話を聞けば何か分かるかもね」
その言葉はもっともだ。
だが、依頼でもなし、こんなところの結婚話に首を突っ込む理由がない。
「俺は興味ねえよ。もう寝ようぜ、明日の朝には出発だろ?」
パーシィは少し躊躇った様子を見せたあと、意を決した、というような顔でこう言った。
「俺が天界から堕天し地上に堕とされた元天使だということは、ずいぶん前に話したとおりだ」
「ああ……」
ベルベルント防衛戦において、パーシィは自身が天使であることを身をもって証明した。元とは言え、あの姿と戦いぶりは、まさに天使そのものであった。
タンジェはそこでふと思い付いて尋ねた。
「もしかして、知り合いか?」
パーシィは難しい顔をした。
「知り合いどころの話じゃない。俺の名なんだ。天界にいた頃の俺の天使としての名が……パーシエルというんだよ」
「……」
タンジェとサナギが顔を見合わせた。
「たまたま同じ名前ってことは?」
「それはない。ヒトと違って、天使は別個体で同じ名を授かることはない」
「つまり、この町にいるという天使パーシエルは、その名を騙るニセモノ、ということだね」
サナギが簡潔にまとめた。でもよ、とタンジェは思わず言う。
「それが何だってんだ? 別に天使を騙って結婚するくらい、まあ……ろくでもねえ野郎だとは思うが、大したことじゃねえだろ」
「……」
そりゃ勝手に名を使われて気分が悪いのは分かるが、と言うと、パーシィはぽつんと呟いた。
「パーシエルを"知っている"ならば、その名を使うはずはないんだ……」
どういうことだと尋ねると、パーシィは俯いてしまった。
「……」
「ははあ」
サナギがパーシィの顔を覗き込む。
「きみは堕天使だ。天界から追放された、その際の罪状を俺たちは知らないけれど、つまり、よほどのことをやらかしたというわけだね」
パーシィは黙っていたが、ほとんどそれは肯定だった。
「パーシエルを知っているならその罪も知っているはず、というわけだ」
「あの罪を知っているのなら、気軽に名乗れる名じゃないんだ!」
パーシィは急にデカい声を出した。パーシィは過去のことになると少し感情的になる。カンバラの里で古い友人とやらに化けたシェイプシフターを見たときもずいぶん動揺していたのだ。
「つまり……どうしたいんだ? パーシィ」
黒曜が結論を尋ねると、
「俺は少しここに残りたい。パーシエルを名乗っているのが何者なのか、何の意図があって名乗っているのかを確かめなければ、俺はベルベルントに戻れない」
パーシィは言って、続けた。
「ニセパーシエルは有名なようだし、そこまで時間も手間もかからないだろうから、みんなは明日、先に馬車に乗って戻ってくれ」
黒曜は頷いた。
「分かった。そういうことなら、俺たちは明日の昼の乗合馬車で出よう」
「……え?」
「昼までに解決すればそれでよし。それ以上掛かるなら、お前の言うとおり俺たちは先に戻る」
「いや、しかし、朝に出発の予定だったじゃないか。そこまで付き合わせるのは悪いよ」
パーシィが遠慮するので、そんなこと言えるんだなこいつ、と内心で思いながら、タンジェは言い添えた。
「エスパルタに行ったとき、俺も気持ちの整理を付けるのにみんなに1日付き合ってもらったしな。俺は構わねえ」
本音だ。パーシィの過去に興味はないが、彼にとって必要な時間だというならそのくらい待ってやっていいと思う。
サナギは目を輝かせている。
「俺は猟犬を蘇生したという術が気になっていたんだ。ニセパーシエルを調べるうちに分かるはずだよ」
「……」
その横で、心底「早く帰りたい」という顔をしてるのは緑玉だ。エスパルタのときもこの調子だった。
「明日の昼までだ、耐えろ」
緑玉が何かを言う前に黒曜が先回りしたので、緑玉はしぶしぶといった様子で頷いた。
アノニムはすでにベッドに横になっていたが、「話聞いてたか?」とタンジェが尋ねれば、「出発は明日の昼」と短く返ってきた。聞いていたらしい。
「みんな……すまない、ありがとう」
パーシィは丁寧に頭を下げた。よせよ、とタンジェは言った。
「てめぇがそんな殊勝な所作してるの、気味が悪いからよ」
「……」
パーシィはタンジェを見つめて無言を返す。さすがに怒ったか、と思ったら、パーシィは突然こう言い出した。
「タンジェ、少し夜風に当たらないか?」
「は?」
本気で意味が分からず聞き返す。あ、怒ったのか、表に出てタイマンしようぜってことか、と思い至り、
「ああいいぜ、受けて立つ」
と言って返した。パーシィは不思議そうな顔をしたが、それはありがとう、と言って、立ち上がって廊下に出た。タンジェも続こうとして、黒曜の視線に気付いた。
「心配すんな、怪我はしねえしさせねえよ。負けるつもりもねえ」
黒曜は「そういうことではないと思うが」と小さく呟いたが、タンジェを止めはしなかった。
ニセパーシエル騒動 1
「ベルベルントがこんなことになっているとは、露ほども思いませんでしたよ」
商人はしきりに、参った参った、と言って、汗を拭いている。
「いつも頼りにしている冒険者が捕まらなくてねえ。仕方なくこちらに依頼を出したわけです、はい」
仕方なく、の部分は要るのか。問い詰めようかと思ったが、やめた。些細なことだ、と、タンジェは自分に言い聞かせた。
先の悪魔との戦争が終わり、ベルベルントは復興を進めている。それに際し、お使いや手伝い程度の依頼は激増していた。ベルベルント中の冒険者が、あれをどこに届けてくれだの、ここを直すのを手伝ってくれだの、そういう依頼で忙しくしている。
比較的損傷が少なく、すでにほとんど元通りの星数えの夜会はといえば、ほかより比較的落ち着いていて、パーティもフルメンバーが揃っていた。
だからこうして遠出の必要がある依頼が舞い込んだのだ。
内容は要するに荷馬車の護衛。
商人の所有する馬車に揺られて、3日の道中。提示された依頼料の金額は多くも少なくもない相場通りの値段だ。親父さんが夜会は心配ないから行ってこい、と言うので、小遣い稼ぎも兼ねて行くことにした。
街道沿いに進み山を1つ越える。3日後に目的の街に無事に到着し、依頼はここまで。依頼料を受け取り、黒曜一行はすぐにベルベルントに戻ることにする。
先にも述べたとおり、ベルベルントは忙しい。タンジェたちが空いていたのはたまたまで、帰ればまたいろいろな軽作業が待っているだろう。
さて、黒曜一行は乗合馬車に乗って宿場町ソレルまでたどり着いた。これで道程は半分。いったんここで馬車を乗り換えねばならない。
日は既に落ちており今日はこれ以降の馬車はないから、一同は町の大通りにある食堂兼宿屋に部屋をとった。大部屋を1部屋。着いてすぐ、めいめい荷物を降ろした。
夕食は有料だったが宿泊客には優しい値段だったので、満場一致で食事をつけてもらった。さっそくそれを食べに階下の食堂に降りる。
大通りの一等地にある宿だからか、大繁盛といった様子だ。小さなテーブルに男が6人もつけばぎゅうぎゅうだったが、席はそこしか空いていなかった。
「ごめんなさいね! 狭いところで!」
周囲の喧騒に負けないよう、大きな声で給仕をしていた少女が言った。以前行ったエスパルタの『情熱の靴音亭』が脳裏をよぎる。まるっきり似た様相だ。だが今は聖誕祭などのイベントの時期ではない。
「気にしないでくれ! メニューをもらえるかな?」
パーシィが大きな声で言って返すと、にかっと笑った少女が手書きのメニューを持ってくる。くるくるよく働く娘で、また別の村人に呼ばれてそちらへと駆けていった。
「すごい盛況ぶりだな。お祭りかと思ったよ」
メニューを見ながらパーシィが言うと、
「週末というわけでもないし、もしかして町独自の祝日とかかな? 見てよあのテーブル。あれはニワトリだね。丸焼きにしてるよ」
サナギが応答して、視線だけ中央のテーブルに向けた。豪勢なごちそうが並んでいて、男も女もみな嬉しそうに酒を飲んだり食事をしたりしている。
指し示された鶏の丸焼きを見たアノニムが、
「俺もあれが食いてぇ」
と言い出すので、パーシィはぱらぱらメニューをめくった。
「メニューにはなさそうだが……」
首を傾げる。黒曜もアノニムも緑玉も肉食だ。丸焼きに完全に魅入られていた。
「聞いてみれば案外出てくるかもよ」
と笑ったのはサナギだが、タンジェは、
「メニューにねえのに、あんないいもんをよそ者に出すかよ」
と思わず口に出した。あの丸焼きがある席にいるのはこの町の住人だろう。この騒々しさからして、町に何かいいことがあって、その祝いに出ている特別なメニューだというのがタンジェの印象だった。そうであれば――これはタンジェの偏見だが――よそ者に同じものは出さない。
「聞いてみなければ分からないじゃないか。ぜひ食べたいし」
と、まったく意に介さずパーシィが軽く手を挙げて給仕の娘を呼んだ。何でも食べるが、パーシィも肉食なのだ。
「はいはいっ! 注文お決まりですかー!?」
「あのテーブルにあるニワトリを焼いたもの、あれと同じものを俺たちにも出せるかい?」
「出せますよー! めでたい日ですから、うんと用意してあるんです!」
即答だった。すぐにお持ちしますね! と給仕の娘は各々が個人で頼んだものをメモして厨房に消えていった。
「……聞いてみるもんだな」
予想はすっかり外れたわけだ。タンジェが思わず呟くと、
「よかったねえ。めでたい日と言ってたけど、何があるんだろう?」
好奇心旺盛なサナギがそわ、と落ち着きを無くした。飲み物を運んできた給仕の娘に、
「今日は何かのお祭りの日なのかな?」
と尋ねると、娘は天真爛漫に笑う。
「前夜祭ですよ! 町長の娘さんが明日、ご結婚なさるんです!」
「おや、それはめでたいね。おめでとう」
思ったような好奇心を刺激される出来事ではなかったようだが、さりとて態度を崩すわけでもなくサナギは応答した。
「ただの結婚じゃないんですよ! なんと……」
言いたくて仕方ない、という様子で娘は身体を乗り出す。
「天使様と結婚なさるんです!」
「へえ? この町には天使がいるのかい?」
「はい。1ヶ月ほど前にいらした、それはそれは立派な天使様なんですよ!」
思わずパーシィを見ると、彼は曖昧に笑う。パーシィは誤魔化すように、運ばれてきた水を一口飲みつつ、
「に、人間界に降りてきて、さらに人間を見初めて娶るというのは、珍しい話だね。えーと、なんという名前の天使なのかな?」
「パーシエル様です!」
パーシィが水を吹き出した。思わず飛び退く。
「なんだよ汚えな!」
一連の出来事をまるきり気にしていないようで、パーシエル様はとても素晴らしいお方なんです、と給仕の娘はうっとりと言った。
「金の長髪に青い瞳……、心優しくたくましく、まさに天使! というお方で! 町長の娘さん、ローラさんというんですけれども、もう美男美女で、お似合いなんですよ!」
そ、そうなんだ……と、パーシィが咳き込みながら、引き攣った笑みを浮かべた。
「ちなみに、その……パーシエルさんは、どんな奇跡をもってして、きみたちに天使たることを証明したのかな?」
まるで天使であることを疑うような聞き方だ。しかし娘は気を悪くした様子もなく答えた。
「それがすごいんです! 猟師さんのところの猟犬が、最近熊にやられてしまって、死んでしまったのですけど……パーシエル様は、天使の奇跡をもってその猟犬を蘇らせたのです!」
これにはサナギが振り返った。
「蘇生? とんでもないね! それなら本物なのかもね」
「ええ、まさに! 本当の奇跡ですよ!」
そ、そんな馬鹿な、とパーシィが小声で呟く。喧噪に紛れて娘には聞こえなかったようだったが、それは幸いだっただろう。
「蘇生術? 地上で? そんな高位の天使がこんな片田舎に降りてくるなんてことありえるか? そもそもそんなことは神の御意思なしでは……」
「何をブツブツ言ってる、パーシィ。うるせえぞ」
隣の席のアノニムに小突かれたパーシィに、娘が目を丸くする。
「まあ! パーシィさんとおっしゃるんですか? パーシエル様とお名前が似ておられますね。これも天使様のお導きかもしれませんね!」
「アハハハハ……」
パーシィは青い顔で笑った。