ベルベルント復興祭 7
タンジェとラケルタ、それから試合を邪魔した犯人が連れ立って待機室に向かっているのを見て、闘技場のスタッフが慌てて走り寄ってきた。
「先ほどの試合の妨害者ですか!?」
「そうだ。これから待機室で話を聞こうと……」
「ほかの選手もいますから、別室がいいでしょう。スタッフも聞き取りに参加します」
それはありがたいことだ。スタッフはすぐに待機室とは別の控え室を開けてくれて、タンジェとラケルタはそこに犯人を放り込み、椅子に座らせた。犯人は観念したらしく大人しくしている。
少し遅れてスタッフが2人、紙とペンを用意して入室してきた。スタッフがさっそく話しかける。
「では……試合を妨害した理由を話してもらいましょう。まずはあなたの名前から」
犯人はため息をつき、
「ライライだ。売れないスクロール書きでね」
スクロールというのはサナギがよく書いている、あのトラブルの元だ。かつてタンジェもトリカという女に呪縛じみた魔法をかけられたことがある。読み上げれば魔力がなくても疑似的に魔法が放てるのだ。昔は巻物に書いていたからスクロールという名前だが、今は本型が多い。使い切りのものがほとんどで、そのくせ値段は馬鹿みたいに高い。
「私たちの試合を邪魔したあの炎の玉も、貴殿のスクロールによるものか」
「そうだ」
「何故、試合の邪魔をした?」
ライライは肩を竦めた。
「頼まれたからだよ」
「頼まれた!? 誰にだよ!?」
「……」
急に黙るライライ。思わず胸倉を掴みかけるタンジェを、ラケルタが制止する。
「もしかしてですが……」
スタッフの1人が言った。
「ライライさんは、選手入場口にいましたよね。観客は観客席以外は立ち入り禁止ですから、入れるとしたら関係者……運営スタッフか選手です。しかし選手では部外者を中に入れる手引きはできませんから……」
「つまり、頼んだ相手は運営スタッフ……そいつが、ライライを闘技場の中に入れる手引きもした?」
タンジェが言葉を引き継ぐと、ライライは「やれやれ、そうだよ」と両手を挙げて降参らしきポーズをした。
「おい、なんで運営スタッフが俺とラケルタの試合の邪魔を依頼なんかすんだよ!?」
「心当たりがまったくないのか?」
逆にライライに尋ねられて、タンジェは面食らった。少し考えるが、いや、やはり心当たりはない。
その様子を見ていたライライは息を漏らして呆れたように笑う。
「依頼はな、タンジェリン・タンゴ、お前の試合を台無しにしろということだったよ」
名指しされると思わなかったので、タンジェは思い切り眉根を寄せた。ライライは続けた。
「僕に依頼をしてきたのは、ルワンだ」
知らない名前だ。そんなやつに恨まれる覚えはない。だがスタッフは顔を見合わせて、微妙な顔になった。
「なんだよ……知ってんのか?」
「あの……タンジェリン選手が予選会でぶっ飛ばした審査員です……」
スタッフが気まずそうな顔をして言う。タンジェは頭を抱えたくなった。逆恨みだ!
「そういうことだ、分かったろ? ルワンはお前に恥をかかされて、そのお返しをしたかったというわけさ。それでお前の試合を台無しにしろと僕に依頼してきた。僕の手製のスクロールでそれができたなら、贔屓の客になってくれると言うのでね」
スクロールを使うならライライから買って自分でやればいいだろうに、わざわざライライにやらせてるってのもまたセコい。それにしても、
「だがてめぇよぉ……明らかにラケルタを狙ってたよな!?」
「もっと手前の地面を狙ったつもりだったんだよ、まあ炎上したのは剣だけだったんだからいいだろう」
「そんな精度だから売れねえんだろ!」
途端に、ライライは明らかに不機嫌になる。
「スクロールを書くのは難しいんだ!! お前のような脳筋には分からんだろうがな」
サナギがすらすら書くので、時間はかかれどそれほど難しいものだという認識は、正直なかった。サナギを基準に考えたのが悪かったのだろう。
とにかく、とライライは噛み付くように言った。
「罰するなら僕ではなくてルワンだろう!」
「開き直ってんじゃねえ!」
「ふん、お前も僕のおかげで勝てたようなものだろう? 劣勢に見えたぞ!」
「んだと!?」
今度こそ掴みかかってしまったが、スタッフが2人がかりで、
「暴力沙汰はやめましょう、こっちもあなたを失格にしなくちゃならなくなる!」
タンジェを止めた。ほとんど譲られた勝利だ、これでタンジェが失格になっては、ラケルタに申し訳が立たない。舌打ちしてライライを放した。
タンジェが落ち着いたのを見届けてから、スタッフ2人が話し合う。
「ルワンを問い詰めますか?」
「特に怪我人や被害は出なかったから、厳重注意くらいしかできなさそうだが……」
タンジェに対するルワンの個人的な恨みだ。あまり騒ぎ立てて復興杯の運営に支障が出るのはよくない。
「ライライが捕まった今、もうルワンに俺の試合を邪魔する方法もねえだろ?」
「そうですね。厳重注意ののち、念のためルワンは私が見張るようにしておきますよ」
「充分だ」
ライライも改めてスタッフ2人に次はないことを告げられ、解放された。片方のスタッフはルワンのもとへ、もう1人はライライに付き添ってやつを闘技場の外へと送り届けた。
タンジェとラケルタは控え室を出ながら、
「ライライを解放してよかったのか? タンジェリン」
「俺のセリフだ。怒るとしたらてめえだろ。あいつのせいで危うく焼かれかけたし、試合にも負けたんだぜ」
「貴殿が危険を察知したから私は無傷だったんだ。これで私が勝利や試合の継続を主張しては、そんな筋の通らないこともあるまい?」
「そうか?」
悔しくねえのか、と尋ねると、
「そうだな。別に貴殿とはいつでも戦える」
もちろん模擬戦闘だ、とラケルタは言った。
「黒曜ともよくしているだろう?」
「まあな」
確かにそうだ。いつだって戦える。夜会の中庭で。
闘技場の出入り口と参加者待機室の分岐点で、ラケルタが「それじゃあ、私は夜会の屋台に戻る」と言った。
「残りの試合、観ていかねえのか」
「そうしたいのはやまやまだが、暑くてな……」
それはそうか。タンジェは手に持ったままだったジュースの瓶を渡した。
「親父さんや娘さんと飲んでくれ」
「いいのか?」
「ああ」
「感謝する。らけるも喜ぶよ」
たかがジュースだが、午前中すっかりヒマになってしまったらけるとラケルタにとって少しでも慰めになれば、と思う。