ベルベルント復興祭 1
悪魔たちに壊された建物や道も修復され、ベルベルントはようやく日常を取り戻そうとしている。
だがすべてが元通りというわけにはいかない。
ベルベルントは交易都市である。市場を回すのは内外の商人たちで、それにより経済は回っている。その商人の入りが激減してなかなか戻らないのだ。
かつて不可侵で中立、どこと睨み合うこともないベルベルントは、絶対の"安全"を約束されていた。それは戦う手段のない商人にとって、ベルベルントに商品を卸す大きな理由のひとつでもあった。その安全性が悪魔の軍勢に脅かされたとなれば……今しばらくは素通りをしたくもなるだろう。
実際のところは、これから先もその危険性が続くような侵略ではない。ただ、それを知っているのはほとんどタンジェたちだけだ。サナギは騎士団に<天界墜とし>のことをきちんと説明したのだが、騎士団側はいまいちピンときていないようで、あまり大々的に公表されなかったためである。そこのところの説明がうまくなされていないので「一度あったことは、今後も起こりうる」と、世間一般では判断されているのだ。
もっとも公表されたらサナギにバッシングが向かうことは想像に難くない。犠牲は多かった。
とにかく、ベルベルントが完全に元通りになった、と言える姿になるには、あと一歩、「人」が足りない、というわけだ。
犠牲者の追悼、鎮魂を終え、街の復興も比較的進んだタイミングで、ベルベルントの役所はこんなイベントを計画した。
安全と安心、そして復興をアピールし外から人を呼ぶための祭り――<復興祭>だ。
「復興祭ねぇ」
チラシを見ながら思わず独りごちる。
役所はこのイベントには相当力を入れているらしく、立派なチラシやポスターが各所に配られ、掲示されていた。もちろん星数えの夜会の依頼用掲示板にもポスターが貼られていて、そのデカさで掲示板の1/4を占拠している。
娘さんが給仕の手を止め――もっとも、客がタンジェたちしかいないので手が止まるのも当然のことだ――話題にしているのも復興祭のことらしい。
「商人や業者だけでなく、宿や個人からの出店者も募集しているんですって!」
「宿も屋台出す側になれるってこと!?」
と、はしゃいだ様子で応答したのはらけるだ。
テーブル席で食後の小休憩をしていたタンジェは、横目でカウンター席を見る。らけるはカンバラの里でもマイリ祭りで浮かれていた。
「そうだな。宣伝にもなるし、何か出してもいいかもしれんな。賑やかしにもなるだろう」
洗った皿を拭きながら親父さんが言うので、らけるはうんうん頷く。出すならお料理かしらねぇ、と娘さんが応じた。
「でも、屋台で出すならあんまり手広くはできないか。確か鉄板があったし、簡単なパンケーキくらいなら出せるかしら?」
思案している様子の彼女に「鉄板があるの?」とらけるが身を乗り出した。続けて、
「パンケーキもいいけど、鉄板で焼くならやっぱ焼きそばでしょ!」
焼きそば。カンバラの里でタンジェも食べた。確かに美味かった。しかし、そんな気軽に作れるものなのだろうか?
「ヤキソバ、ですか?」
「うん! 焼きそばなら俺、作り方分かるよ!」
らける、親父さん、娘さんの3人が、材料を集めて試作をしてみてうまくいけば焼きそばでいこう……という話をしている間に、タンジェは手元にある復興祭のチラシに改めて視線を落とした。
3週間後の週末。朝から夜まで、丸1日使うようだ。臨時の馬車なども出すらしく、力の入れようも伝わってくる。確かに出店者を募集する旨が書かれていた。
何気なくチラシを裏返して、このチラシが両面であることに気付いた。裏にはベルベルントにある闘技場が描かれたイラストと、『求む! 挑戦者!』という煽り文句が載っていて、よく読めばこういうことらしかった――復興祭で、ベルベルント闘技場でトーナメント制のお祭り剣闘<復興杯>を行う、と。
「3位入賞したら賞品が出るそうだ」
突然前から声をかけられたので、タンジェは数cm飛び上がった。見れば黒曜が向かいに座っている。
「賞品?」
「優勝はベルベルントの商店街で使える商品券1000Gld分と、野菜や肉、乳製品といった食材の詰め合わせだとのことだ」
「野菜」
「グランファームという農場が提供したようだ。冒険者宿も兼ねる変わり種だな」
「へえ」
グランファームとやらのことは初耳だが、なるほど賞品の内容は悪くない。これを目当てに出る出場者も多そうだ。
「黒曜は……出るわけねえか」
「ああ。興味がない」
出場すればいいところまでいけると思うが、黒曜はその熟練の剣技をよそに見せびらかすような男ではないのだ。
「タンジェは出ないのか」
逆に尋ねられ、タンジェは少し難しい顔になった。闘技場という場所にそれほどいい印象がないのである。
ベルベルントにある闘技場は、エスパルタにあったそれとはかなり役割が違う。エスパルタのものは実際に剣闘や闘牛をするための舞台だったが、ベルベルントの闘技場は、戦闘技術を磨いたり戦闘を生業とする者同士で交流することを目的に一般開放されており、戦士たちの集会所という様相だ。
タンジェもベルベルントに来てすぐの頃は戦士役を志望していたから、戦闘訓練を受ける目的で赴いたことがある。しかし「冒険者以外は入れない」と言われて追い返された。まだ黒曜たちとパーティも組んでいない頃だ。確かに当時、タンジェは冒険者ではなかった。
が、今になれば分かるが、先に言ったとおり一般開放されているのだから、「冒険者以外は入れない」というのは嘘だ。
要するに、闘技場には勝手に我が物顔でその運用を自治しているコミュニティがあったのである。
当時のタンジェはそんなこと知らなかったから諦めたが、冒険者になってから再度訪れた際、今度は「ここは戦士役が来るところであって、盗賊役なんかお呼びじゃない」ときた。キレてそいつをぶん殴ってしまい、闘技場の正当な管理者に1ヶ月の出禁を食らった。剣闘や試合以外の戦闘を禁止しているそうだ。
それ以来、闘技場には一度も行っていない。
戦士役であるアノニムの闘技場への出入りも、そういえば聞いたことがない。アノニムがあの自治コミュニティのことを把握しているのかまでは分からないが、まあ、彼にとっても用のない場所なのだろう。
とはいえ、とタンジェは思う。復興杯の管理はさすがに役所や闘技場の管理者がやるはずだ。あのコミュニティのどうしようもない連中が運営に関わることはないだろう。出るとしたら参加者としてだろうし。
タンジェが考えているうちにいつの間にか通りがかっていたパーシィが、
「ああ、復興杯。アノニムは出るよ」
急にそう声をかけてきた。
「あ? ……あいつ、こんな催しに興味あんのかよ!?」
「親父さんと娘さんが賞品を欲しがるので、仕方なく引き受けたみたいだ」
なるほど、それなら納得ではある。
……ということは、もしトーナメントでかち合えれば、アノニムと決着をつけるチャンスだ!
急に気分が湧き立ち、タンジェは勢いよく言った。
「……よし、俺も出るぜ!」
目の前の黒曜が目を細めた。最近分かってきたことだが、今のこの表情はわりと好意的なものらしい。タンジェが復興杯に出ることが嬉しいのだろうか? 少しずつ表情が読み取れるようになってきても、意図の理解はまだ難しい。
タンジェの出場宣言を聞いたパーシィが、親切に、
「それなら出場申込みが必要だから、行ってくるといい」
「ああ、そうなのか。面倒くせえが仕方ねえな……」
タンジェはチラシで改めて申込みについて確認した。役所の「復興祭実行委員会復興杯係」とやらが受け付けていることを把握する。善は急げだ。
「申込みに行くが、黒曜も来るか?」
黒曜は立ち上がったタンジェを見上げて、数秒だけ黙り、それから立ち上がった。来るらしい。
パーシィは「いってらっしゃい」と2人に軽く手を振った。屋台の話で盛り上がる親父さんと娘さんとらけるに簡単に声をかけて、タンジェと黒曜は街へ繰り出した。