ベルベルント復興祭 4
復興祭当日の朝。
朝早いタンジェよりさらに早い親父さんが鉄板を抱えて屋台のほうへ出発するのに居合わせた。
「鍵とかはどうすんだ? 親父さんは今日はずっと屋台なんだろ」
親父さんが夜会から長時間――今回の場合、ほとんど丸1日――外出するのは初めて見る。普段から買い物もほぼ娘さんや俺たちに頼んでいて、彼が外に出ることは少ない。思わず尋ねると、
「何人かでローテーションを組んで、夜会がカラになることがないようにしてくれとる。ワシもこまめに様子を見に来るよ」
という回答があった。
この星数えの夜会も気が付けば所属冒険者が増えて、結構な大所帯になっている。その冒険者たちの何名かが順番に宿の留守番をする方針らしい。タンジェは特に声をかけられなかったので、別のパーティの奴らの間で決まったことなのだろう。顔と名前くらいは知っているが、他のパーティのやつらとはあまり会話もなく、交流は少ない。中にはらけるのように向こうから話しかけてくるやつもいるが。
今日、夜会の食堂や宿泊施設が休業になることは、屋台を出すのを決めた日からしっかり告知されている。夜会は不便な立地もあって客はほとんど常連で、急な客というのはめったに来ないから、1日の休業くらいは問題ないのだろう。
親父さんを見送ってから適当に朝食をとる。ジョギングをしに出ようかと思ったが、普段のコースもすでにお祭り仕様に飾られていて、とても走れる状態じゃないことを思い出し、諦めた。
そうなればタンジェにできることは筋トレ、ストレッチ、あるいは解錠の特訓といった盗賊役のスキル磨きだ。ただ、今はそれらに加えて選択肢がひとつ増えた。実は最近、手のひらサイズの木を削って、木彫りの動物を作っている。ペケニヨ村が滅ぼされる以前にたまにやっていたのを、ふと久しぶりに再開しようかと思いついたのだ。
上手くはない。タンジェは芸術センスはないほうだし、そもそも手先もそんなに器用ではない。ただ、再開して最初に作った木彫りのネコを黒曜が欲しいと言って、くれてやったら自室の窓辺に飾り出したので、それがなんとなく嬉しくて続けている。
今回の材料の木材は、黒曜との戦闘訓練でここのところ使っていた木製武器の破片である。タンジェが最初の頃に叩き折りまくったものだ。今でこそ簡単には折らなくなっていたが、初日と2日目あたりはずいぶんな数の木製武器を折った。ほとんどは厨房の薪に使われることになったが、手のひらサイズの破片はもらってきたのだった。
さて、何を作ろうか。少し考え、せっかくなのでヒョウを作ろうかと思い立つ。ただ、タンジェは本物のヒョウというのを見たことがない。子供の頃読んだ図鑑の記憶で、だいたいの姿くらいは分かるのだが……。図鑑ならサナギの部屋にあるかもしれないと閃いた。だが朝遅いサナギのこと、こんな早朝に起きているわけもない。勝手に部屋に侵入するのは、当たり前だが憚られる。
悩んでいても着手できないので、ひとまずだいたいの記憶で作ってみることにした。失敗したら、そのときに図鑑を見ながら作ればいい。そもそもそんなに凝るような趣味でもないのだ。
と言いつつ、夢中になって木を削っていたらいつの間にか7時半近くになっていた。復興杯は9時からだいたい正午までで、集合は8時だった。そろそろ出発の準備をしなければ。
手に乗っている木彫りのヒョウは、改めて見れば最初に作ったネコとほとんど同じ造形である。別に文句を言ってくる相手はいないので、気にせずそれを机に置いた。木くずをはたき落とし、床と机を簡単に掃除する。それから階下に下りると他のみんなももう起き出した頃で、宿に常駐している冒険者だけで結構な賑わいになっていた。
黒曜が席で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいて、こちらに気付くと「おはよう、タンジェ」と声をかけた。応じてあいさつを返すと、
「今日の予定は?」
続けて尋ねられたので、
「午前中は復興杯だ。午後は……特に決めてねえ」
「一緒に祭りを回ろう」
すました顔で誘われた。一瞬面食らったが、
「お、おう」
比較的素直に応じることができた。
「13時には復興杯も終わって落ち着く頃か?」
「そうだな。昼飯にはちっと遅えが」
「午前中は夜会で待機しているつもりだ。復興杯が終わって一段落したら顔を出してくれ」
「おう」
頷いて会話を切り上げる。闘技場に向かおうと食堂を横切ると、
「おはようございます、タンジェさん!」
娘さんの元気な声がした。あいさつを返す。
「復興祭は9時からですよね。私もそろそろ屋台の準備を手伝いに行かなくっちゃ」
身支度をすっかり整えた娘さんが焼きそばの材料を抱えている。前が見えていなさそうだ。
「……貸せよ。ついでだから運んでやる」
焼きそばの材料を、娘さんから引ったくるようにして奪う。娘さんは目を丸くしたが、
「ありがとうございます! 屋台の場所まで案内しますね!」
素直に礼を言って、タンジェを外へと誘導した。
人に素直に甘えられる娘さんの気質を、羨ましい、と思うことが、なくはない。もっとも、羨んだところでたぶんタンジェはそうはなれない。なれたら黒曜の手を握るのに苦労はしないだろうが……黒曜だってタンジェの気質は承知しているだろう。焦ることもない。
親父さんのいる夜会の屋台は大通りの一角に設置されていた。設営は終わっているらしく、親父さんは周囲の手伝いをしながら人々と談笑をしている。
「お父さん!」
娘さんが声をかけると、親父さんが振り返り片手を上げた。
「おう、来たか。タンジェ、復興杯はいいのか?」
「ついでだ、これから闘技場に行く」
持ってきた焼きそばの材料を屋台の後ろに下ろした。親父さんと娘さんの礼を聞きながら闘技場へと足を向ける。
まだ朝も早いというのに、太陽の光は力強い。今日も暑くなりそうだ。