密やかなる羊たちの聖餐 11
だがサナギは、イエスともノーとも答えてはいない。ヤンはたぶん、サナギにすっかり誤魔化されていた。
「気を持たせるような言い方するんじゃねえよ」
余計なお世話だとは思ったが、タンジェは思ったことをサナギに言った。
「あはは!」
サナギは笑った。タンジェが唐突で言葉少なでも、サナギはその意味を全部理解したらしかった。
「反省の一助になるかなと思ってさ」
「反省?」
「納得、真実、反省、そして然るべき罰。それが依頼でしょ?」
タンジェは目を瞬かせて、サナギを見た。
犯罪に納得があるわけがない。犯罪者に反省があるわけがない。あるのは、真実と罰だけだ。タンジェはそう思っている。
でも確かに、あの依頼人の女は、サナギの言ったままのことをタンジェたちに依頼した。"それが私の望みです”と。
「あの道具たちは、かなり古いものだったよ」
不意にサナギが言った。
「あ?」
「きっと、何代にも渡って、イリーマリーの栽培と麻薬加工は受け継がれてきたんだ」
この修道院で。……それはレンヤが言っていたこととも一致した。
「受け継ぐ者をどう選んできたのかは知らないよ。バレた人を口封じに引き込んだのかもしれないし、使徒職がたまたまハーブ園なだけで引き継がざるを得なかったのかもしれない。ウワノからの指名かもね。でも、きっともしかしたら、『何も知らずにいられたかもしれない』んじゃないかな?」
サナギはちらりとこちらを見た。
「それって、すごく気の毒なことだと思わない?」
「思わねえな」
タンジェは即答した。
「現状を打破できねえのは、そいつらが弱かったからだろ」
「タンジェらしいね」
てめぇに俺の何が分かる、と言いたかったが、やめた。サナギと言い争っても碌なことにならない。
「誰もがタンジェみたいに強いわけじゃないよ」
「俺だって……」
強いわけじゃない、とは、言わなかった。言ったら負ける気がした。自分自身と、サナギの優しさに。
さて、そろそろかな、とサナギは立ち上がる。
ジャストタイミングだ。パーシィが戻ってくる。その横には顔色の悪いウワノがいて、レンヤとヤンはその横で小さくなっている。
パーシィは、ウワノを問い詰めるため、ウワノの個室まで彼を呼び出しにいったのだ。
サナギとタンジェは現時点で修道院の見習い修道士であるから、ウワノに対して立場が弱い。問い詰めたり、呼び出そうとしても、突っぱねられる可能性がある。それに比べ、パーシィは外部の者であるから、ウワノも声をかけられて断る理由を探しづらいだろうという判断だった。
実際、ウワノは呼び出されるまま、ここに来ざるを得なかった。
「私に話とは?」
連れ出された先にタンジェとサナギがいることに気付くと、ウワノは顔を歪めた。しかし平静を装っている。
「イリーマリーの違法栽培をしていますね?」
単刀直入にサナギが尋ねた。ウワノの視線が、レンヤとヤンに向かったのを見逃さない。すぐに視線をサナギに戻したウワノは、
「事実なのですか?」
すっとぼけやがって、とタンジェは思った。サナギは、
「あなたは把握していなかったと?」
「まったく存じ上げませんでした」
「な……!」
レンヤが前のめりになって呻いた。
「人に作業をさせておいて、あなただけ逃げようと言うのですか!」
「そ、そそ、そ、そうです、ひ、ひひ卑怯では?」
この2人がいる以上、ウワノがすっとぼけ続けるのは無理だ。だがあくまでウワノは忌々しそうに、
「そこの2人が関わっているのですね? その件は、こちらで調査しましょう。情報提供ありがとうございます」
そして、
「それに……調査後、この件に関しては、後処理のいっさいをこちらが引き受けますので、どうか他言無きよう」
話は終わりだとばかり、背中を向けるウワノ。サナギはにこりと微笑み、その背にこんな声をかけた。
「この『稼業』は、長くこの修道院に利益をもたらしたことでしょう。ベルティアの騎士団にも取引相手がいますか? 俺たちが駆け込んでも無意味なのでしょうね」
「……」
ウワノが立ち止まり、振り返る。視線がレンヤとヤンに向き、
「あの2人がそう言ったのですか?」
「いいえ」
「ならば口を噤むことです。沈黙は金ですよ」
「ですが悪を祓うのはたいてい銀のものです」
よくご存じでしょう、聖職者であるならばとサナギは言ってのけた。
そのとき、黒曜、緑玉、アノニムが戻ってきた。黒曜の手元には羊皮紙、緑玉とアノニム2人の手元には、空になった空き瓶が各々握られている。
訝しげに彼ら3人を見るウワノ。黒曜たちはそんなウワノに目も留めず、
「これだろう」
「ありがとう。さすがに仕事が早いなあ」
「パーシィがそいつを連れ出す手際がよかった」
「……?」
ウワノは訝しげな顔をしている。
「緑玉とアノニムもありがとう」
「……別に。大した仕事じゃない。指示通り、撒いてきただけだし」
緑玉の言葉に、うん、とサナギは微笑んだ。ウワノはわずかに震えた声で、
「その3人は……どこで何を、してきたのですか?」
「なぜそんなことを気にするんです?」
サナギが首を傾げる。ウワノは上擦った声で、
「いいから答えなさい!」
「彼ら2人には、栽培されているイリーマリーに除草剤を撒いてもらってきただけですが」
ごく平然と言ったサナギに、ウワノが目を剥いた。
「意外とそこら辺の材料で、即興で作れるものでしてね。ただ急ごしらえなので、加減はできませんでしたが。イリーマリーは全滅する」
サナギはウワノの顔を覗き込んで笑顔で言った。
「しかし"あなたには関係ない"ことですね? 今の今までイリーマリーの栽培を知りもしなかったのですから」
口を開いたり閉じたりしていたウワノは、
「あ、あなたたちは……、何なのですか?」
「冒険者です。違法麻薬の調査を目的に来ました」
「冒険者ふぜいが……、信仰心もなく、そんな浅ましい目的で聖なる修道院の敷地を跨ぐとは! し、神罰がくだりますよ!」
「神罰だぁ?」
タンジェは思わず口にした。
「そんなものがくだるとしたら、てめぇらにだろ?」
「お黙りなさい! 神意は我らにあります!」
「神意! はは、人間ふぜいが使うのに相応しい言葉ではないな」
パーシィが思わず、といった様子で破顔した。
「しかし元より矮小な人間の信仰など神の前では無価値だ。あなたごときの悪行、いくらなんでも些末すぎる」
満面の笑みのまま、
「傲慢で、卑しく、聖ミゼリカ教の基本精神たる清貧をなくしたとて、あなたは神に罰されない! よかったな!」
ウワノは顔を赤くしたり青くしたりしながら、ぶるぶる震える拳を握り、パーシィのことを睨んだ。
そんな様子のパーシィとウワノを尻目に、サナギはレンヤとヤンにこう声をかけた。
「恨まないでほしいな。強引なやり方だとは思うし、きみたちに同情の余地はあるかもしれないけど、恐らく騎士団も頼れない現状だからね」
「い、い、依頼。そ、そそ、それは……どんな?」
ヤンが尋ねる。サナギは答えた。
「納得、真実、反省、そして然るべき罰」
「……」
「クドーシュという男性を?」
「……。う、ウワノ修道士からあ、預かった、顧客リストに、そ、その名を、みみ、み、見ました」
「そう」
サナギはただ短くそう応じ、パーシィを睨むばかりのウワノのことを眺めた。