カンテラテンカ

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防衛戦・幕間

 建物が倒壊し、焼けている。キッチンなんかの火が回っているのかもしれない。もちろん、俺――タンジェリン・タンゴ――が幸いにもまだその身に受ける経験をしていないだけで、悪魔たちが魔法の類で炎を扱っている可能性はある。
 あちこちを駆け回り、軽く息が上がっていた。ゆっくりと深い呼吸をする。空気は淀み、建物の焼ける臭いと血の臭いが混ざっていた。呼吸は整ったが、嫌な気持ちになる。
 サナギに双子のガキを預けられ、聖ミゼリカ教会に送り届けたのがついさっきのこと。教会上空ではパーシィがほとんど一人で悪魔を迎え撃っており、侵攻の心配こそなさそうだったが――傷ついた冒険者が次々に運び込まれて、医療班は目を回す寸前、という感じだった。
 それでも医療現場で俺にできることなんざあるわけがない。とにかく黒曜に任されたとおり、俺は伝達に注力する。

 通りを北上していく最中のことだった。
 悪魔が何かを取り囲むようにして集まり、ぎゃいぎゃいと騒いでいるのに出くわした。悪魔たちの足元に赤い血溜まりが見え、やつらが囲んでいるのは人間らしいと知れた。それも怪我だろう、流血している。
 騒ぐのに夢中でこちらに気付いていない間に、素早く駆け寄ってまず一匹。頭を叩き割ったところで、ようやくほかの悪魔がこちらに気付き、武器を構える。その間にもう一匹、胴体を思い切り両断した。
 残りは二匹、横目で悪魔の取り囲んでいた中心を見れば、血まみれでうずくまる男がいる。さっさと悪魔どもを始末してミゼリカ教会に運ばなければ!
 突き出してくる槍は俺の肩を掠っただけで、返す斧刃で腹をぶん殴る。最後の一匹は血まみれの剣をこちらに向けていたが、じり、と後退って俺の間合いから外れたあと、一目散に逃げ出した。
 追いかけようか一瞬迷ったが、今は男をミゼリカ教会に運ぶのが先だ。俺は血溜まりでうずくまる男に駆け寄った。
「おい! しっかりしろ、大丈夫か!」
「ひ、ひと、が、いるのか……」
 本当に微かな、細い呼吸の中で、男の掠れた声が言う。
 背中から刺し貫かれた大きな傷からは、一面を染める血の量が出ていて、なおまだ出血が止まっていない。俺は腰の布を引き千切り傷口に当てたが、それに何の意味もないことはもう分かっていた。
「むすめ、と、逃げ……と、途中で悪魔に……追いつかれ、……むすめは、木箱に……隠し……」
「木箱だな、分かった!」
「むすめ……を……たのむ……」
 途切れ途切れの細い呼吸が止まり、そこで男が事切れた。
「……」
 この戦いが始まってから、すでにいくつかの死体を見てはいた。そのどれもが無意味だったはずがない。それでもことさら、目の前の一人の人間の死は、じっとりと湿度を持った不快な憤りを俺に感じさせた。
「……くそっ!」
 この男はあとで必ず埋葬する。だが、今は追悼より優先すべきことがある。木箱に隠したというこいつの娘を探して保護しなければ!
 立ち上がり周囲を観察した。俺が斃した悪魔たちの青い血のほかに、男の赤い血溜まり。赤い血は点々と通りの北に続いており、男が負傷しながらもここまで逃げてきた――おそらくは木箱に隠した娘から悪魔を遠ざけるため――ことが察せられた。
 血の跡を追って数分、通りをさらに北上する。木箱を見かけるたびに手早く確認するが、子供は見つからない。だが、死体も見つからない。
 そのうちにうろうろしている悪魔どもに鉢合わせ、交戦になった。数は三匹、武器は槍、槍、剣だ。
 今までの悪魔の中にも戦闘力に多少の差はあった。こいつら三匹はそれなりに技巧派らしく、槍から潰したい俺に対し、槍の間合いを正確に把握しておりなかなか近寄らせない。
 槍二匹に気を取られているうちに剣がいちいち死角から斬りかかってくる。剣を弾いている間に、槍が俺を突く。
 くそ、鬱陶しいな! 舌打ちするものの、したところでどうなるというのか。
 俺に特別な技はない。単純に、強引に、斧を相手に叩き込む、これしかない。
 仕留めたい順番とは違ったが、俺はまず剣から潰すことにする。槍からの多少のダメージは受け入れるしかない。斬撃してから素早く身を引く、いわゆるヒット&アウェイを繰り返していた剣持ち悪魔に強引に追い縋り、一閃。その間に肩と脇腹にそれぞれ槍を喰らったが、無視だ、無視!
 受けようとした剣ごと悪魔を粉砕する。それから俺は脇腹に刺さった槍を掴んで引っこ抜き、強引に俺のほうに引き寄せた。力を入れると脇腹から血が噴き出す。たぶんそこまで深い傷じゃないだろう、あとで傷薬でもぶっ掛けよう。
 武器を手放すわけにもいかず、まんまと引きずり込まれた悪魔の頭を割り、残りは槍が一匹。あえて槍を喰らい、引かれる前に槍を掴んでやって、同じ方法で潰した。
 一面の青い血に俺から流れ出た赤い血が混ざる。ひとつ大きく息を吐いた。痛みはあるが、耐えられないほどじゃない。まだ動ける。
 がたん、と何かが音を立てた。
 音のほうに視線を移すと、店らしい建物の横に木箱がいくつか積まれている。
「ぱぱ?」
 小さな声がする。木箱の一つが揺れて、ほんの少しだけぱかりと蓋が開き、幼い子供の目元が外を覗く。さっきの男の娘だろう。
 無事だったようだ。悪魔と交戦しているまさにその場所にいたとは……。
 とにかく保護しよう、父親のことはあとで説明する。俺は子供と木箱に歩み寄った。
 どっ、と衝撃があり、がくんと身体が揺れた。歩みが止まる。腹から刃が突き出ている。背後からの剣。
 ……不意打ちかよ……!
 気付いたときには遅く、容赦なく引き抜かれた刃を追うように血が噴き出したのが分かった。
 俺の意思とは関係なく、身体が勝手に膝をつく。た、立て……! 戦え!
 斧を地面に突き立てて支えにしようとしたが、無駄だった。身体が崩れ落ちる。意識を手放す前に視線を背後に向ければ、剣を持った悪魔がいる。下級悪魔たちに大した個性はないが、もしかして、の可能性に行き着いた。さっき……取り逃がした一匹……、

 ……。

★・・・・

 気が付くと空を見ていた。
 背中に固い地面の感触がある。仰向けに横たわっていると知れた。動こうとして力を入れたが、思いのほか身体が重く、上体を起こすのがやっとだった。
「タンジェ」
 声がかかる。まだ若干揺れている視界で声の主を捉えれば、派手な金の鎧……、ブランカだった。隣にハツキもいる。
「思ったより早い再会だったな。……大丈夫か?」
「……背後からの不意打ちだ、くそっ!!」
 意識を失う直前のことを思い出す。自身の腹に手をやる。グローブは乾いていない血に濡れたし服に穴は空いていたが、傷は少し引きつる感覚がある程度でほとんど痛みはない。塞がっている。
「俺は聖ミゼリカ教徒でな。治癒術の心得があるのだ」
 ブランカが言った。
「そうか、……助かった、礼は言っとく。ありがとよ」
 何故かハツキとブランカは黙った。
「……あ?」
 たちまち悪い予感がよぎる。
「……! おい! 木箱に……ガキがいなかったか!?」
 そこでようやく、俺の本来の目的を思い出した。だが、この空気で察せられてしまった。視線を移せば、地面に横たえられた幼い少女がいる。死んでいた。
「……くそ!!」
 俺が目の前で無様に意識を失ったせいだ。
 それでも目を逸らすわけにはいかない。この死は俺に責任がある。
 近づいて見れば、少女は目を閉じ、腹のあたりで丁寧に祈りの形に手を組んでいる。死後、ブランカとハツキがそうさせたことは明らかだった。
 少女の胸には大きめの金のロザリオがある。その横に傷が二つ。片方に治癒術の形跡があるのが分かった。ブランカは彼女にも治癒術を試みたに違いない。
 だがもう一つの刺突のあとを見て、俺は、それが剣でも槍でもない、レイピアのものだと、気付いた。
 俺の視線がゆっくりとブランカの腰に提げられた得物に向かう。つまりはやつのレイピアへと。
 俺の視線は、言葉より如実に、言いたいことをブランカに伝えたのだろう。
「俺とハツキが駆け付けたときに、まだこの少女は生きていたが――」
 ブランカは俺の視線に答えた。
「肺をやられていた。治癒術は試みたが、あれでは助からん。苦しみが続かぬよう、俺が殺した」
 少女の小さな身体には合わぬ大振りの金のロザリオが、ブランカのものであっただろうことを、俺は何故か、唐突に、理解した。

 俺が未熟であったこと。不意打ちを喰らったのは俺の油断にほかならなかったこと。助けるべき人間が目の前にいてむざむざ昏倒したこと。少女が味わったであろう恐怖と苦痛。そして、その始末を俺ではなく、ブランカが背負ったこと。

 後悔。
 後悔だ。
 故郷を失くして以来、俺を苛む感情はほとんどそれに帰結する。
 爆発的で暴力的な怒りは俺を復讐に駆り立てる。復讐は怒りで、怒りは後悔だった。
 俺が命を捨てる覚悟で立ち向かったなら、何か変わったんじゃないのか。
 無力だった、だが、俺ができることは本当に何もなかったのか、……。

 命を拾ったのが自分で、目の前の人間の命は取りこぼす。俺は、ペケニヨ村の壊滅から今まで何をしてきたのか。何一つ変わっていない。

 拳を地面に叩き付けた。
 意味がない。こんな駄々を捏ねるような行為に、意味は。
 怒り、俺自身に対する、と、後悔、それは、拳をどこかに、何かに叩きつけた程度で、易々と晴れていいものなんかじゃない。

 立ち上がる。

 こうなれば、俺は、この後悔に殉じねばならない。
 サナギの送還術式に頼り、その完成を待つ? そんなのはもうやめだ。サナギを信用してないわけじゃない。ただ、そんなふうにのんびりしてたら、きっと俺はまた後悔する。

 内心で黒曜に詫びた。伝達係は放棄する。
 俺はラヒズを探し出し、決着をつける。

 

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