カンテラテンカ

不退転の男(Side:アノニム) 4

  きっと、今だった。
 俺は遺跡の出入り口に向けていた足をパーシィに向けた。駆け込んでいく。
 勝てるなら逃げる理由もない。
 パーシィはああ見えてメイスの腕も相当だが、それでも肉弾戦となれば俺のほうがはるかに有利だった。 
 俺に気付いてパーシィが振り返る。メイスを振り下ろしたところを躱し、俺はパーシィの左手を取る。素早く手刀でメイスをたたき落とし、そのままパーシィを遺跡の壁に向かってぶん投げた。
 パーシィが壁に追突するのは見届けず、ハンプティに迫った。ハンプティは目を白黒させていたが、
「あのままなら、アノニムは逃げると思ったのにな」
 ぺろっと舌を出した。
 無視して棍棒を振り上げる。
「待って待って、降参、降参だってば!  ボクは搦め手とかに特化した悪魔で殴り合いは無理なんだって!!」
 ハンプティは両手を挙げて降参の意を示した。関係ない。負けたら死ぬのが道理だ。棍棒を振り下ろした。
 ハンプティはかろうじてそれをかわしたが、
「容赦ないよね……! 今も<魅了>をかけてるのに、なんで効かないんだろ……!?」
「知らねえよ。死ね」
 もう一回、今度こそ脳天を潰そうとしたとき、後ろからパーシィが俺を羽交い締めにした。
「……っち! まだ効果切れてねえのか!」
「とはいえもう潮時かな! じゃあね~!」
 俺がパーシィを引き剥がしているうちに、ハンプティはあっという間に駆け出し、遺跡の出入り口で俺のことを振り返った。
「まあまあ楽しめたよ!」
 それからしばらく駆けていく音がして、俺は――パーシィを振りほどくのは簡単だったし、追う気になれば追えたが、そうはしなかった。ハンプティの気配が消えたタイミングでパーシィの腕を取ると、パーシィと目が合った。
「あ、あれ……?」
 正気に戻ったらしい。
 さっそくで悪いが、とタンジェリンのことを指し示す。腹に黒曜の青龍刀が突き刺さったまま気を失っている。凄まじい光景だ。
「もうひと踏ん張りいけるか?」
「うわ、タンジェ……! す、すぐに治癒をするよ」
 言っているパーシィも足元が覚束なくふらついている。ほぼ崩れ落ちるようにしてタンジェリンの横に跪く。
「アノニム、青龍刀を抜いてくれないか。一気に抜くと出血するから、なるべく緩やかに。抜きながら治癒をかけてくよ」
 それでも俺への指示は明瞭だった。俺は黙って従った。青龍刀を慎重に抜く。パーシィが治癒の奇跡で傷を癒していく。出血はほどほどあったが、何もせずに抜いたときよりははるかにマシだっただろう。血まみれの青龍刀が抜けきり、出血が止まる。傷跡は残っていたが、きっと今のパーシィにはこれが限界なのだろう。
 大きな傷はこれと脇腹のものだ。パーシィは脇腹のほうにも手を翳した。パーシィの顔色は治癒の術をかける時間に比例して悪くなっていき、治癒の光もなんだかまばらに見える。それでもかろうじてタンジェリンの傷の出血を止めると、パーシィもまた昏倒した。

 俺は背にタンジェリンを乗せて、両脇に黒曜とパーシィを抱えると、そのまま星数えの夜会への帰路についた。重くはない。なんてことはない。
 早足で進みながら、俺は考える。
 俺はどこまで正しかったのか?
 いや、俺は――最初から最後まで正しかったはずだ。
 そうでなければ、何かが少しでも間違っていれば、俺とタンジェリンは死んでいた。

★・・・・

 宿に帰る頃には夕方になっていたが、タンジェリンの傷も塞がってはおり、死の危険がないと分かればそこまで急ぎはしなかった。
 夜会に辿り着くまでに奇異の目で見られたがそれも関係ない。
 パーシィと黒曜をいったん下ろして夜会の扉を開ける。夕食時が近く賑わう夜会の食事処で、俺たちを待っていたらしいサナギが目を丸くして駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの!? 何があった!?」
「いいから手ェ貸せ。部屋に担ぎ込むからよ」
 サナギの後ろから来た緑玉もサッと顔を青くする。黒曜の横に膝をつき、
「こ、黒曜……!? 黒曜!!」
 ゆさゆさ揺すってるが、
「そいつは頭突きで昏倒しただけだ」
「ど、どういうこと……!?」
 とにかく、事情はあとで話すから今はこいつらを部屋に運んでくれ、と言った。よく考えたらサナギはそういうのの役には立たねえ。サナギが翠玉を呼んできて、俺たちは手分けしてパーシィたちを部屋のベッドへと運んだ。
 俺はふと、今朝方この場所でしたやりとりを思い出した。パーシィの「おまじない」。俺に<魅了>とやらが効かなかったのは、もしかすると――だが当のパーシィには効いてるしな――ハッキリしたことは分からない。

 サナギと緑玉に、あったことを話す。
 それは大変だったね、とサナギは俺を労い、緑玉は難しい顔をして黙り込んだ。何を思っていたかは知らない、興味もない。

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