カンテラテンカ

密やかなる羊たちの聖餐 3

 落ち着かない気持ちで修道院へ向かう。修道院に着くまでの道のりで、ベルティア修道院は歴史が深く、建物は大きいが古い、などとサナギが解説している。
 さらに麻薬として考えられるのは、アルタイン、イリーマリー、オーマ、それから……と、様々な麻薬植物について、本の挿絵を見せながら紹介してくる。タンジェはそれを横目で見ながら、その間にも周囲への警戒を怠らなかった。武器である斧も、サバイバルナイフ等の冒険装備一式も、いっさいを置いてきてしまっているのだ。
 今朝方、いつも通りのリュックに斧を担ごうとしたタンジェに、
「その格好で修道院に行くのはちょっと無理だな」
 とパーシィが言ったので、最低限の荷物だけで出発したのだ。
 残りの荷物に関しては、何日くらい修道院にいることになるか分からないので、宿より割安な貸し倉庫を借りた。初めて利用する施設なので、どのくらい信用に足るのかは分からない。もっとも、愛用の武器ではあるものの、タンジェの戦斧はごく一般的な市販品なので、たとえ何があっても買い戻しはきくが。
 そして丸腰である以上、タンジェ自身の身も、武器なしで守らなくてはならない。
 徒手空拳にはさほど自信はないが、少なくともサナギよりは動けるだろう。いざとなったらサナギの身も守ってやる必要がある。サナギの武器は拳銃だが、もちろんそれも置いてきているのだ。だというのに、サナギは普段と何も変わりない。
 大きな建物が見えてきた。街はずれの林の中に静かに建っている。あれがベルティア修道院だろう。

 サナギは「ちょっと待っててね」と告げ、ベルティア修道院の中へ入っていった。特に緊張とかはないらしい。図太いやつである。おそらく中で何かしらの手続きをしているのであろうサナギを、タンジェは落ち着かないまま待っていた。
 周囲を警戒ついでに観察する。ベルティア修道院は白い石壁で作られた建物だ。見える範囲だけでもかなり大きいのだが、他にもまだ敷地があるようだった。
 立地としては、ちょっとした林に囲まれている。人の手が入った林であることがタンジェには分かる。この修道院の私有林なのだろう。
「タンジェ!」
 不意にサナギが呼ぶので、タンジェは警戒をいったん解いて玄関口へ向かった。サナギの隣に素朴なローブを着た男がにこやかに立っていて、「ようこそいらっしゃいました」と告げた。白髪を肩口で束ねた、年配の修道士である。
「我がベルティア修道院への入会をご希望ですね。まことにめでたいことです」
 タンジェは黙って頷いた。余計なことを言わないように、だ。
「ではベルティア修道院での基本的な生活についてご案内いたしますので、ついてきていただけますか?」
 てっきりこれから面談やら審査が入るのかと思っていたら、タンジェとサナギが修道会にお試し入会することはもう決まったらしい。サナギのほうを見ると、彼はもちろん承知の上で、「はい」と笑顔で頷いていた。
 修道士についていきながら、タンジェはサナギに小声で尋ねた。
「試験とか面接とかねえのか?」
「ないみたいだよ。希望者は拒まずって感じなんだろうね」
「身元の確認とかはいいのかよ?」
「一応、ベルベルント出身だと言っておいたよ。あそこの聖ミゼリカ教会は有名だから、あんまり警戒してないのかも」
 そうかよ、とタンジェは引き下がった。とにかくサナギが上手いこと言ったのだろう。
 廊下を歩いている間にローブを着た修道士何人もとすれ違ったが、みんな一様に礼儀正しくタンジェたちに礼をしていった。

 まずタンジェとサナギは寄宿舎に案内された。
 修道士たちが寝泊まりする部屋が並ぶ場所だ。右と左に廊下が延びている。
 つまるところ、修道士たちの自室なのだろうと思うが……静かだ。今の時間は、中には誰もいないのかもしれない。
「ここが寄宿舎になります。左がA棟、右がB棟。どちらも間取りは同じで、4人1部屋です」
 4人部屋か、やりづらいかもしれない。タンジェはサナギに目配せした。サナギも同じように思ったらしい、本当に少しだけ、肩を竦めた。
「起床時間は朝の4時です」
 サナギにはそっちのほうがきついらしく、笑顔が強張ったのが分かった。昨晩も宿でずいぶん遅くまで起きていた。サナギは夜型で、朝も夜も遅いのだ。タンジェにとっては普段より多少、早い。早く寝れば問題なく起きられる範囲だ。
「朝の祈りがあり、朝食は5時。食事当番は持ち回りです。当番でない者は、祈りから朝食の間に『聖なる読書』を行います」
 聞いてはいるのだが、あまり記憶に残らない。ただ、修道士からすればサナギとタンジェは聖ミゼリカ教徒なのだ。改めてそれら一つ一つの作業の説明をすることはない。当たり前だろう。記憶に残らなかった部分、分からなかった言葉は、あとでサナギに聞くしかない。
 ではこちらに、と案内されるまま廊下を歩く。次に案内されたのは――さすがのタンジェでも見れば分かる――礼拝堂だ。
「朝食が終わったら、掃除、洗濯を行い、7時からは朝のミサ。その後には、それぞれの使徒職へ」
「使徒職?」
 『聖なる読書』くらいなら読書なのだろうと思うのだが、これはまったく意味が分からず、ほとんど反射的に復唱してしまった。聖ミゼリカ教徒に扮しているのに、まずかったかもしれない。
 が、幸い、修道士は特に不審がる様子はなく、
「要するに、我々にとっての仕事ですね。あなた方には、しばらくは修道院内の仕事を学んでもらう時間になると思います」
 そうか、とタンジェは思った。こちらが聖ミゼリカ教徒に扮していても、修道会に入るのは初めてという設定なのだから、修道院特有の諸々については別に知らなくてもおかしくはないのだ。
 ただ、タンジェは隣を歩くサナギに小声でささやいた。
「おい。宗教の仕事なんざ俺にはできねえぞ」
「教えてもらえるんだろうから大丈夫さ」
 それより、朝が早すぎない? と逆にサナギに尋ねられたので、「早く寝ろ」と答えておいた。
「12時には昼食です。それから、13時過ぎには午後の使徒職に励みます。17時には、夜の祈り。それが済んだら夕食です。18時を過ぎたら、入浴、読書、それから修道士たちの団らんの時間になり、21時に就寝になります」
「に、21時に就寝」
 サナギが引き攣った笑顔で繰り返した。サナギにとってはこれからが本番という時間だろう。
「21時に寝りゃ、4時には起きられるだろ」
「寝ない方が楽かも」
「おい」
 タンジェはサナギの腕を軽く突いて、小声で言った。
「ちゃんと寝ろよ? 体調崩したりなんかしたら、悪目立ちするし、人手が減る」
「分かってるよ……」
 サナギはそう答えたが、正直、タンジェのサナギに対する印象としては、「3日は寝なくても大丈夫な薬」とか持ち出しかねないと思っている。きちんと見ておかなくては。仕事が増える。面倒くせえ!
「1日の流れはこんな感じですね。食堂と、浴場にご案内します」
 タンジェはサナギと何度か小声でやりとりしていて、それに修道士は不思議そうな顔をするものの、相談内容に関心はないらしかった。特に咎められることもない。タンジェとサナギは設定上、同郷なので、修道院の様子にはしゃいでいるとでも思われているのだろう。
 こちらもだだっ広い食堂と浴場に案内され、脳内で広げた地図を埋め、なんとか場所を把握する。タンジェは方向感覚は悪くないのだが、ド田舎の出身だけあってこう大きな建物にはまったく馴染みがなく、部屋などの位置関係をどう覚えていったものかまったく分からないのである。
 難しい顔をしているタンジェに気付いたのだろう、
「迷ったら、構内にも地図がありますし、修道士に聞けばすぐ分かりますから、ご心配なく」
 広くて迷う修道士が年に数人いるのですよ、と修道士は笑った。
「では、もうじき昼になりますので、食堂で皆様にご挨拶しましょう。その前に、ローブを貸与しますので、こちらに」
 タンジェとサナギは事務室らしき場所に連れて行かれて、ローブを渡された。それから部屋番号を告げられる。
「サナギさんはA-3、タンジェリンさんはB-5ですね」
 確か、寄宿舎で左右に分かれた道を示し、A棟とかB棟とか言っていたはずだ。……別部屋どころか、別棟だ! とんでもなくやりづらい。
 サナギのほうはさすがのポーカーフェイスで、「わかりました」とニコニコして答えた。
「では、それぞれの部屋でローブに着替えて、食堂に来て下さいね。お待ちしています」
 そこまでが案内だった。2人はローブを抱えて寄宿舎まで歩きながら小声で言い合った。
「どうやって連絡とるんだよ……」
「19時過ぎの団らんとやらか、夜の間しかないね」
 サナギはタンジェのほうを見た。
「タンジェ、文字の読み書きは?」
「共通語なら、村の私塾で一応、習った」
「なら手紙なんかをこっそり受け渡しするのも有効かもしれない」
 タンジェは頷いたものの、
「しかし、自由時間が少なすぎねえか? 調査なんかマトモにできるのかよ」
「新人であることを利用して、なんでもかんでも聞き回るしかないよ。あるいは迷ったフリで色んなところに踏み込むんだ。辛抱強くやろう……明日には、黒曜たちも合流する予定だしね」
 そうだ。黒曜たち4人は巡礼者としてベルティア修道院を訪れ、世話になる手はずになっている。巡礼者はおそらく修道士よりは時間に縛られずに動ける。だが、逆に教会内の事情なんかを調べるのには向いてないだろう。
 お互い、できる範囲で上手くやるしかない。

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