カンテラテンカ

密やかなる羊たちの聖餐 6

 昼食を終えると、午後の仕事になるはずだが、実際は15分ほど、食休みの時間があるようだ。
 レンナは早めにしたい作業があるからとさっさと立ち去ったが、クーシンとドートはのんびりとしていた。出された茶を飲みながら彼らと話をしていると、使徒職はある程度は希望がきくことが分かった。
「タンジェはいい身体してるけど、やっぱ肉体労働が得意?」
 ドートが尋ねる。
「そうだな。ドートは庭仕事してるって言ったよな。俺もそういうのがいいんだがよ……」
 本心だ。
「外回りはやりたがる人が少ないからめっちゃ助かると思う!」
 ベルティア修道院周りの木々も、担当が切ってるんだよ、というので、
「俺は元木こりだからな、そういうのは得意だ」
「木こりだったんだ」
 クーシンが茶菓子を摘まみながら俺に尋ねた。
「なんで信仰の道に?」
「あ……いや……」
 しまった。迂闊なことを言った。俺は答えに詰まり、
「その、勧めがあってな……サナギから……」
 と、適当なことを言った。そもそも、俺はでっち上げを取り繕うのは苦手なのだ。
「あ、さっき前で紹介されてた人だよね。同郷なんだ?」
「お、おう」
「サナギさん、美人だよね〜!」
「最初女の人かと思ったよ。でもここ男子修道院だしね、女の人が来るはずないって」
 そこから話がなんとなくサナギの話題になったので、俺は内心で胸をなで下ろす。
 なるべく余計なことを喋らないためには、やっぱり意図して口数を減らすのが一番だ。俺はそこからはなるべく相槌だけ打つようにして、使徒職の時間を待った。

 ドートは午後の仕事に出ないらしかったが、気を利かせて俺を庭先まで案内してくれた。
 庭には何人かの修道士がいて、倉庫から鎌や斧、枝切りバサミなんかを取り出している。その中の一人に声をかけ、ドートが俺を紹介すると、あっさり歓迎された。
「この使徒職は本当に人手が足りなくてね。だいたい皆、自身の祈りを活かす医療職などの社会奉仕を好むのです」
 そりゃそうだろう、とは、さすがに口には出さなかった。
「しかし、施設管理も大事な職務です。誇りをもって励むように」
「ああ……」
 俺は頷いた。
「じゃあ、俺はこれで」
 そそくさと立ち去るドートを、特に咎める声もなく、修道士たちは見送っていた。ドートが午後の使徒職にも出ないという話は、すでに通っているらしい。
 俺はこの場で一番偉そうな修道士に尋ねた。
「ドート、具合悪いんですか」
 修道士は細い目をこちらに向けた。
「数日前から、休みがちなのですよ」
「ふうん……」
 数日前から、か。なぜ左腕の故障を「体調不良」だと騙っているのかは分からないが、昨日今日に原因があるってわけじゃなさそうだ。
 ということを考えてから、返事が素っ気なかったことを自覚して、
「そうすか。ありがとうございます。心配ですね」
 慣れない敬語で取り繕った。
「ええ。あなたはドートとは?」
「同室になりました」
「そうでしたか」
 それ以上は特に深く突っ込まれることもなく、
「では畑の草取りからしましょうか。倉庫から軍手と鎌を持ってきて、自分のペースで始めてくださいね」
 見れば、中庭の奥に畑や菜園があるのが分かった。少ない修道士がてんでばらばらに、すでに活動を始めている。
 俺は言われるまま小さな倉庫に入った。何度も洗濯されたのだろう、くたくたの軍手と、使い込まれた草刈り鎌、ほかにもいくつか、畑仕事なんかの道具が入っている。
 サイズが合いそうな軍手を選んで身に着け、草刈り鎌を手にした。
 中庭の一部とはいえ、そもそもが広大な敷地だ。畑もそれなりの広さがある。修道士たちはさすがに畑の手入れを職務にしているだけあって、別に危なっかしいところはなかったが、どうにも動きがのんびりしていた。俺だったらたぶん1.5倍はこなせる。あんまり目立つのもよくないが、仕事に手を抜くようなこともしたくねえ。
 さっそく草刈りを始める。俺は元木こりだが、村では畑仕事も手伝っていたし、農業だの林業だの、そういうことには自信があった。田舎者には田舎者なりの矜持ってもんがある。
 時間いっぱい使って、俺は畑の雑草という雑草を刈り尽くした。

 さて、とりあえず初めての使徒職を片付けまで終えて食堂に行こうとしていると、一人の修道士から声がかかった。
 たぶん初めて会う修道士だ。正直どこを見ても同じローブの男なので全然見分けがつかない。俺が覚えたのは、ドート、レンナ、クーシンの同室三人と、最初に俺たちを案内した修道士、それから中庭での使徒職を統括している細目の修道士だけだ。後者の二人にいたっては、名前も知らない。名札でも首から提げてくれねえもんかな……。
 ともかく、その修道士はこう言った。
「新人さん。そっちじゃないよ」
「あん?」
 次は晩飯だろ、と聞くと、うん、その前に晩課、と修道士が答える。
「ばんか?」
「夜の祈り。だから、食堂の前に礼拝堂」
「そうなのか」
 礼拝堂には、確か昼間に案内されたが、現在地点から礼拝堂までの道がどうも結びつかない。目の前の修道士に頼んで案内してもらうことにする。
 並んで歩きながら修道士は晩課とやらについて説明してくれた。要するに俺たちが昼にやったのは、単なる「いただきます」の祈りで、夕飯と朝飯の前には、それとは別に祈りが要るってことらしい。
 そもそも俺は、パーシィやここの修道士には悪いが、神は信じていないほうだ。だからこう一日になんべんも祈るやつらがどういう気持ちで日課をこなしているのか、いまいちピンとこない。
 だがそんなことを聞こうもんなら、一応、信徒としてこの場に来ているのが台無しになる。別に知りたくもないが……もしそれを聞くならあとでパーシィにでも聞けばいい。
 結局、俺は特にこちらから振る話題がないまま、修道士と並んで礼拝堂へとやってきた。
 大多数の修道士がすでに揃っているようで、広い礼拝堂いっぱいに整然とローブ姿が並んでいるさまは、なかなか壮観だ。特に決められた場所はないらしく、俺は勧められるまま最後尾のあいている席についた。前に俺より背の高い修道士が何人かいるため、前方はよく見えない。どうやら講壇に代表の修道士がいるらしく、そいつが何かを喋っているのは分かった。内容は俺にはさっぱり理解できなかったし、単語もまともに聞き取れなかったが、周囲が何事かを唱和するのには何とか合わせて同じことを言っているふりをした。
 それから、たぶん聖歌ってやつだろう、歌が歌われた。曲だけなら聞いたことがある気がするが、歌詞を知らないのでこれも適当に合わせた。
 次いで周囲は静まり返り、何事かを熱心に祈っている。俺も適当に両手を組んで、目を閉じた。思いのほかその時間が長く、俺は腹が鳴らないか心配をしなければならなかった。
 薄く目を開けて横目で様子を見る。周囲の修道士が顔を上げ始めたのを確認して、俺も顔を上げる。どうやら晩課とやらはこれで終わりらしい。みんなは最後に礼をして、退室し始めた。
 どの所作も静かなものだが、さほど緊張感はない。俺は自然に見えるタイミングで、人の流れに乗って退室した。そのまま進んでいくと人波は自然に食堂に入っていく。食堂にはすでに料理が用意されていた。何らかの冷製スープと、かぼちゃのキッシュ、それからパン。
 紺色の髪が見える。ドートだ。それでなんとか席は分かった。レンナとクーシンもいる。軽く手を挙げてあいさつし、席につく。祈り。それからいっせいに食事。
 昼食よりはまだ味がしたし、それは思ったより美味かったが、やはり量は少なかった。少し使徒職で使うパワーを調整しないと腹が減って目を回すかもしれない。
 まるで牢獄だ、と言ったら、パーシィはどんな顔をするだろうか。

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