ベルベルント復興祭 1
悪魔たちに壊された建物や道も修復され、ベルベルントはようやく日常を取り戻そうとしている。俺――タンジェリン・タンゴ――の所属する星数えの夜会もすっかり落ち着いていた。
だがすべてが元通りというわけにはいかない。
ベルベルントは交易都市だ。市場を回すのは内外の商人たちで、それにより経済は回っている。その商人の入りが激減してなかなか戻らないようだ。
戦う手段のない商人にとって、ベルベルントに品物を卸す理由の一つにその安全性があったはずだ。それがよりにもよって大量の悪魔に脅かされたとなれば、今しばらくは素通りをしたくなる気持ちも分かる。
実際のところは、これから先もその危険性が続くような侵略ではないのだが……。サナギは騎士団に<天界墜とし>のことは説明していたものの、騎士団側はいまいちピンときていないようで、あまり大々的に公表されもしなかった。まあ公表されたらサナギにバッシングが向かうことは想像に難くないので、それはそれでよかったのかもしれない。ただ、そこのところの説明がうまくなされていないので「一度あったことは、今後も起こりうる」と判断されているのだろう。無理もない。
ともかく、ベルベルントが完全に元通りになった、と言える姿になるには、あと一歩、「人」が足りない、というわけだ。
そこでベルベルントの役所はこんなイベントを計画した。安全と安心、そして復興をアピールし外から人を呼ぶための祭り――<復興祭>だ。
★・・・・
★・・・・
「復興祭ねぇ」
チラシを見ながら思わず独りごちる。
役所はこのイベントには相当力を入れているらしく、立派なチラシやポスターが各所に配られ、掲示されていた。もちろん星数えの夜会の依頼用掲示板にもポスターが貼られていて、そのデカさで掲示板の1/4を占拠している。
娘さんが給仕の手を止め――もっとも、客が俺たちしかいないので手が止まるのも当然のことだ――話題にしているのも復興祭のことらしく、
「商人や業者だけでなく、宿や個人からの出店者も募集しているんですって!」
「宿も屋台出す側になれるってこと!?」
と、はしゃいだ様子で応答したのはらけるだ。
テーブル席で食後の小休憩をしていた俺は、横目でカウンター席を見る。
らけるのやつはカンバラの里でもマイリ祭りで浮かれていたよな。
「そうだな。宣伝にもなるし、何か出してもいいかもしれんな。賑やかしにもなるだろう」
洗った皿を拭きながら親父さんが言うので、らけるはうんうん頷いた。出すならお料理かしらねぇ、と娘さんが応じる。
「でも、屋台で出すならあんまり手広くはできないか。確か鉄板があったし、簡単なパンケーキくらいなら出せるかしら」
思案している様子の彼女に「鉄板があるの?」とらけるが身を乗り出した。続けて、
「パンケーキもいいけど、鉄板で焼くならやっぱ焼きそばでしょ!」
ああ、焼きそば……。カンバラの里で食ったやつ、美味かったな。あれ、そんな気軽に作れるのか?
「ヤキソバ、ですか?」
「うん! 焼きそばなら俺、作り方分かるよ!」
らける、親父さん、娘さんの三人が、材料を集めて試作をしてみてうまくいけば焼きそばでいこう……という話をしている間に、俺は手元にある復興祭のチラシに改めて視線を落とした。
三週間後の週末。朝から夜まで、丸一日使うようだ。臨時の馬車なども出すらしく、力の入れようも伝わってくる。確かに出店者を募集する旨が書かれていた。
俺は何気なくチラシを裏返して、このチラシが両面であることに気付いた。裏にはベルベルントにある闘技場が描かれたイラストと、『求む! 挑戦者!』という煽り文句が載っていて、よく読めばこういうことらしかった――復興祭で、ベルベルント闘技場でトーナメント制のお祭り剣闘<復興杯>を行う、と。
「三位入賞したら賞品が出るそうだ」
突然前から声をかけられたので、俺は数cm飛び上がった。見れば黒曜が俺の向かいに座っている。
「賞品?」
「優勝はベルベルントの商店街で使える商品券1000G分と、野菜や肉、乳製品といった食材の詰め合わせとのことだ」
「野菜」
「グランファームという農場が提供したようだ。冒険者宿も兼ねる変わり種だな」
「へえ」
グランファームとやらのことは初耳だが、賞品の内容は悪くない。出場者がどこかしらの宿に所属する冒険者であることを想定したチョイスという印象だ。
「黒曜は……出るわけねえか」
「ああ。興味がない」
出場すればいいところまでいけると思うが。
「タンジェは出ないのか」
「そうだな……」
闘技場、という場所にそれほどいい印象がないのである。
ベルベルントにある闘技場は、エスパルタにあったそれとはかなり役割が違う。エスパルタのものは実際に剣闘や闘牛をするための舞台だったが、ベルベルントの闘技場は、戦闘技術を磨いたり戦闘を生業とする者同士で交流することを目的に一般開放されており、戦士たちの集会所という様相だ。
俺もベルベルントに来てすぐの頃は戦士役を志望していたから闘技場で戦闘訓練を受けようと思って赴いたのだが、「冒険者以外は入れない」と追い返された。今になれば分かるが、先に言ったとおり一般開放されているのだから、冒険者以外は入れない、というのは嘘だ。要するに、闘技場には勝手に我が物顔でその運用を自治しているコミュニティがあったのである。当時の俺はそんなこと知らなかったから諦めたが、冒険者になってから再度訪れた際に、今度は「ここは戦士役が来るところであって、盗賊役なんかお呼びじゃない」と来た。キレてそいつをぶん殴ってしまい、闘技場の正当な管理者に一ヶ月の出禁を食らった。剣闘や試合以外の戦闘を禁止しているらしかった。それ以来、闘技場には一度も行っていない。
あのコミュニティが現在どうなっているのかは知ったことじゃないが、戦士役であるアノニムの闘技場への出入りも聞いたことがない。俺たちの共通認識として「闘技場なんか行っても先輩面した既存コミュニティに食い物にされるだけ」という悪印象があるわけだ。
もっとも、そのコミュニティの連中が復興杯を運営してるということはないだろう。出るとしたら参加者としてだろうし、復興杯の管理は役所や闘技場の管理者がやるはずだ。
「ああ、復興杯。アノニムは出るよ」
通りがかりのパーシィが急にそう声をかけてきた。
「あいつ、こんな催しに興味あんのかよ!?」
「親父さんと娘さんが賞品を欲しがるので、仕方なく引き受けたみたいだ」
そうだったのか。
ということは、もしトーナメントでかち合えれば、合法的にアノニムと決着をつけるチャンスじゃねえか!
「……よし、俺も出るぜ」
目の前の黒曜が目を細めた。最近分かってきたことだが、今のこの表情はわりと好意的なものらしく、口こそ笑っていないが思わず笑みを浮かべた、という様子に近い。俺が復興杯に出ることが嬉しいのだろうか? 少しずつ表情が読み取れるようになってきても、意図の理解はまだ難しい。
パーシィが、
「それなら出場申込みが必要だから、行ってくるといい」
「ああ、そうなのか。面倒くせえが仕方ねえな……」
俺はチラシで改めて申込みについて確認し、役所の復興祭実行委員会復興杯係とやらが受け付けていることを把握した。善は急げだ。
「申込みに行くが、黒曜も来るか?」
黒曜は立ち上がった俺を見上げて、数秒だけ黙り、それから立ち上がった。来るらしい。
横にいたパーシィは不思議そうな顔をしていたが、特に突っ込むこともなく「いってらっしゃい」と俺たちに軽く手を振った。屋台の話で盛り上がる親父さんと娘さんとらけるに簡単に声をかけて、俺と黒曜は街へ繰り出した。
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