カンテラテンカ

共犯者とワルツ 1

 どん、と大きい音がしたので、俺――タンジェリン・タンゴ――は、咄嗟にそちらのほうを見た。
 音はサナギが日頃籠もっている半地下の倉庫、通称「研究室」からで、そこには何やら怪しげな実験器具やら大量の本やらが置いてあることを、俺だけでなく星数えの夜会のほとんどの者が知っている。
 病院みたいな臭いがするので入りたくない部屋だし、そもそも日常、サナギとは関わり合いになりたくない。目の前にある朝食に視線を戻すと、今度は「うわー」というサナギの気の抜けた叫び声と共にバタバタと本が崩れ落ちる音がした。
「タンジェ」
 嫌な予感がしたので無視したが、俺を呼んだ親父さんは容赦なく続けた。
「見てきてやれ」
 本当に、朝からツイてない。
 俺は溜め息をついて、朝食を置いたまま席を立った。
 暖炉のついた食堂から奥の廊下に出ると、空気は底冷えして寒い。半地下にある研究室はサナギの自室とは別にあるが、サナギはほとんど自室には戻らずここで過ごしている。
「おい」
 ノックをして呼んでみる。
「サナギ、でけぇ音したが、無事かよ?」
「あー」
 部屋の中から返事があった。
「タンジェ? 来てくれて助かるよ、ちょっと手伝ってくれる?」
「嫌だ。無事ならそれでいい。じゃあな」
「ははは、なかなか人でなしだねぇ! お礼はするから頼むよ」
 俺は少し扉の前で逡巡したが、まあ礼があるならと扉を開けた。
 すぐに開けたことを後悔する。
 研究室は散らかり放題で、床が見えないほど紙やら本やら得体の知れない何かが入った箱やらが積まれていて、手伝いというのがこれの片付けなら御免被りたいところだった。とうのサナギは姿が見えず、混沌とした研究室の奥の壁際から「おーい」と声だけがする。
「こっちこっち」
 よく見ると、山のように積み重なった紙束や本の中からサナギの細腕が出て、手招きしているのが分かった。僅かな床の合間を縫って近づくと、どうやら壁側の本棚からほぼすべての本が落ちたらしかった。その雪崩に巻き込まれたのであろうサナギが、埃だらけの頭をひょっこりと出して、俺に笑いかけた。
「探しものをしていてね。古い日記を漁っていたらこのざまさ」
「古い日記ねぇ……」
 言っておくが、この本の山からそんなものを探すのに付き合いたくはない。本棚に戻せというならまだしも、と言おうとすると、サナギは俺の前にメモを差し出した。
「お使いを頼まれてほしいんだよ。これ」
「お使い?」
 俺は目を瞬かせた。
「古い日記を探してるんだろ?」
「それは俺がやるよ」
「部屋の片付けは?」
「そんなのどうでもいいよ」
 どうでもいいのか? 俺は研究室の惨状を見渡し、まあ確かにこの本の山を放置したところで大して今までと変わらないのだろうと納得した。
「とにかく、ベルベルントの商店街で揃うものだからさ。手が離せないから、買ってきてほしいんだよ。もちろんお金は俺が出すから」
 俺はしぶしぶメモを受け取った。
 そしてそのメモのミミズがのたくったような字に、溜め息とも苦笑ともつかない息を漏らした。
「汚え字だな。俺に言われるんだから、相当だぜ」
 サナギは几帳面に見えて、部屋といい字といい雑で大雑把なところがある、と改めて知った。サナギは「読めない?」と首を傾げた。ああ読めねえな、と俺がメモを突っ返そうとすると、サナギはそれを手で制し、
「じゃあ黒曜を連れてって。彼は読めると思うから」
「はあ?」
「前にお使いを頼んだとき、彼は俺のメモから一つのミスもなく買い物を済ませてきたからね」
「じゃあ、俺いらねえじゃねえか」
「荷物持ちくらいにはなるよ」
 露骨に嫌な顔をしてみせると「おつりはあげるから頼んだよ」と問答無用で手にくしゃくしゃの紙幣と貨幣を渡されてしまった。礼って、それか? 金を突っ返すのもなんだか気持ちが悪いので、仕方なく従う。メモは読めないので、俺は食堂に戻って黒曜を探すことにした。
 食堂は相変わらず暖炉の火で暖かい。そういえばサナギの研究室もそんなに寒くはなかったので、あいつもちゃんと暖を取っているのだなと何故か安心した。

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