共犯者とワルツ 7
半年近く前、俺は故郷のペケニヨ村をオーガの群れに滅ぼされ、復讐を志し冒険者になることを考えた。オーガを殺せる職業で真っ先に思い付いたのが冒険者だったのだ。ペケニヨ村には頻度こそ少ないが稀に冒険者がやってくることがあって、そんなとき刺激の少ない村の子供たちは冒険譚を聞きたがった。俺もその一人だ。冒険者は俺にとって、強大な妖魔ともやり合えるような強さの象徴だった。
俺はペケニヨ村では木こりだった。まだガキだったが、それなりに仕事はできたつもりだ。だが剣を持ったこともない俺は、木こりの使う手斧と戦斧の区別もついていなくて、愛用の手斧とほとんど身一つでベルベルントにやってきた。
もちろん、獣を狩るのがせいぜいで、戦闘知識の一つもない俺がいきなり冒険者になれるわけがない。いや、名乗るだけなら誰でもなれるのだが、形ばかり冒険者になっても意味がない。
俺はそれで、かろうじて残っていた路銀で、戦闘を教えてくれる師を探した。
間もなく見つかった男は、確か……クアッド、という名前だったかと思う。なんでそんなフウにあやふやなのかというと、結局俺はそいつから戦闘を教わることがなかったからだ。
クアッドとの約束の時間、約束の場所に訪れたときには、クアッドは死んでいた。
肩から脇腹までを袈裟斬りにされて派手に血を撒き散らした死体だった。嫌なことに、オーガによるペケニヨ村の蹂躙で死体を見慣れてしまったばかりの俺は、思いのほか動揺しなかった。
だが、間が悪かった。
その場所にはクアッドの死体のほかに、その死体を作ったばかりの加害者がいたのである。
それが黒曜だった。
つまり俺は、黒曜がクアッドを殺した現場に居合わせたのだ。
何故黒曜があのときクアッドを殺害していたのかは未だに知らない。ただ、あとから聞いたところによればクアッドはずいぶん評判の悪い悪徳冒険者だったようだ。つまり……もしかしたら俺は、助けられた形になるのかもしれない。
だがそんなことも知らない俺は、目の前の殺人者に食ってかかった。
「俺はそいつから戦闘訓練を受ける予定だったんだぞ! 金だって払ったんだ!」
「……見られたか」
黒曜はゆっくりと振り返り、血まみれの青龍刀を俺に向けた。
「俺も吹聴されては些か困る……今、ここでお前を殺すのは簡単だ」
「ふざけんな……!」
今思えば脅しだった。だが当時の俺は、ようやく見つけた戦闘の師のあてを失い、相当キレていた。
だからだ、こんな提案をしたのは。
「だったらどうだ、俺は今ここで見たことを誰にも言わねえ。その代わりてめぇが俺に戦闘を教えやがれ!」
教えを乞う予定だった相手を殺したのなら、黒曜のほうが強いのだろう。より強い相手に教えてもらったほうがいいに決まっている。
黒曜はしばし黙ったが、やがて了承した。
よく考えれば、黒曜としては俺を殺せば済んだ話だ。何のメリットを感じて了承したのかは分からない。分からないことばかりだ。
すでに星数えの夜会を常宿にしていた黒曜を追うように、俺も星数えの夜会を根城にして、黒曜と戦闘訓練を始めた。知っての通りそれは今も続いている――。
★・・・・
ターニンの死体が発見された、という一報はその日の夕刊に載り、一般市民たちは一安心と胸を撫で下ろした。親父さんも「不審死ではあるが、死刑囚がうろつく心配がなくなってよかったのかねえ」と難しい顔をしていた。黒曜が殺したなんて思ってもいない顔だ。
俺と黒曜は誰にも言わずにターニンの捕縛に向かったから、そもそも疑われる要素も特にない。
パーシィは、
「どうせ捕縛したって後に処刑されるんだろ? だったらいつ死んでも同じでは?」
と身も蓋もないことを言っていた。
コーヒーを飲んでいたサナギが、
「騎士団の面子が立たないからねぇ」
「騎士団は面子のために人を殺すのかい?」
パーシィに言われて苦笑いしたのは、ブラックコーヒーが苦かったからではないだろう。
「解除術式とやらは完成したのかよ?」
何とはなしにサナギに問うと、サナギは頷いた。
「大体はね。キリがいいところまでできたから、ちょっと休憩してるところ」
聞いたもののそれほど興味のある話題ではなかったので、そうか、とだけ言って俺は黙った。サナギに<マジックバリア>の鈴の礼を言おうかと思ったが、改めて言うタイミングとしてはあまりよろしくない気がした。余計なことを言ってターニン殺害の関与を疑われたくはない。
夜は昼よりずっと冷え込む。暖炉が爆ぜる音がする。夕食のグラタンは頬張るには熱すぎるが、身体の芯まで温まる感じがする。美味い。
黒曜のことを考える。あいつは殺人を犯してはいる。だが、あいつが殺す相手はきっと、無辜の人間ってわけじゃない。
すました顔で他人を害せる黒曜の姿を、俺は軽蔑とも憧憬ともつかない気持ちで受け止めている。だが、復讐に身をやつすなら、俺だって黒曜のようにありたい。そうあらなくてはいけない。だから……憧憬のほうに、少し軍配が上がる。俺の相手はヒトではないとはいえ、いざというときに斧を振れなきゃ意味がない。
俺と黒曜は、先のクアッド、そしてターニン殺害において、共犯者、と言えるかもしれない。だがきっと黒曜にとって俺は見上げるほど浅いところにいる。
たとえばワルツを踊れるほど近くに、とまでは言わない。それでももっと深いところまでいければ、俺は黒曜のようになれるかもしれない。あの凪のような、鋼のような心持ちは、俺の目指すそれだ。
だって、そうだろ。いくら黒曜が飛び抜けた美形とはいえ、至近距離に顔面があっただけで心を乱されてちゃ、とてもそんなの、凪じゃない!
【共犯者とワルツ 了】
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