カンテラテンカ

羽化 3

 サナギはぱちぱちと数回、目を瞬かせてから、
「誰に?」
「知らないわよ。だからそれをアンタに探してほしいの!」
 サムシング・フォー。花嫁に幸せをもたらす4つのもの。
 曰く、なにか1つ古いもの。
 なにか1つ新しいもの。
 なにか1つ借りたもの。
 なにか1つ青いもの。
 そして靴の中には、6ヴェニー銀貨を。
 今ではわりとマイナーというか、廃れ気味の、"古い"風習だという印象だ。我ながらよくスッと出てきたものだなと自分で自分に少し感心する。
 同時に、素敵な慣習だとも思う。リリセはロマンチストだから、式のために用意したのだろうことに違和感はない。
 しかしところで、とサナギは首を傾げた。
「なんで俺に?」
 探すのはもちろんやぶさかではないが、それだけ疑問で先に尋ねた。
「それは……悔しいけど、アンタが一番賢いから!」
 サナギはあの研究室で、自分が一番賢いなんて思ったことは一度もない。研究室の全員が何かに秀で、豊かな人間性を持っていた。サナギは彼らのことを全員、誇りに思っているし尊敬している。
 しかしまあ、リリセがそう言い出すのなら、わざわざ否定することもないだろう。
「まあ、分かったよ。じゃあ、まずは怪しい人を見ていないか、参加者に聞き込みを――」
「待ちなさい!」
 サナギが背を向けようとしたところで、リリセが引き止めた。
「ん?」
「……この部屋から出るのは禁止!!」
「え?」
 さすがに驚き、首を傾げた。そんなサナギを見て、ええと、だから、と、リリセは怒られた言い訳を考える子供みたいな顔をしてから、キッとこちらを睨んだ。
「アンタほどのヤツなら、この部屋からでも犯人とサムシング・フォーのありかが分かるはずでしょ!」
「はは! 俺に、安楽椅子探偵の真似事をしろってこと?」
 面白いことを考える! リリセは昔からこういう、無茶苦茶で、でもすごく魅力的で面白いことを言い出すことがあって、それにいつも同窓生たちは振り回されてきた。サナギにとっては豊かでいい思い出だ。
 モルは心配そうにこちらを見ているが、今さらリリセを止める気はないらしく、話に割り込んではこなさそうだ。サナギは頷いた。
「いいよ。受けて立とうじゃないか」
 リリセはハッとした顔になったあと、また眉をきりりと吊り上げて、腕組みしてサナギを見つめた。

 サナギは部屋をざっと見渡す。
 控室にはアクセサリーボックスがあり、中にはネックレスやちょっとしたイヤリングやピアスなんかが入っていた。
 壁には花嫁の衣装がいくつか掛けられている。ヴェールは椅子の背もたれに掛けられて、少しくたりと型崩れしている。
 ドレッサーの下には綺麗に磨かれたヒールが並べられていた。目測で右から5センチ、8センチ、12センチのヒール。テーブルには友人たちからのものだろうか、色とりどりの花束が置かれている。それからちょっとしたお菓子と飲み物。飲み物の横にハンカチが添えられていて、Mの字が刺繍してあった。

「なるほどね」
 サナギは頷いた。リリセの眉がますます上がる。
「……分かったの?」
「うん。まず、サムシング・フォーのありかだけど、全部この部屋にある」
 リリセの目が見開かれたあとに、平静を装った彼女の瞼が何度か瞬きする。
「あくまで盗まれたというのなら、犯人はきみ自身ということになる。あるいはモルかな?」
 動揺したらしく、モルの瞳が揺れてリリセに向く。だがリリセは堂々としたものだ。ふん、と鼻を鳴らした。
「私の自作自演だって言うのね? じゃあ、当ててみなさいよ。この部屋にあるもののうち、どれがサムシング・フォーなのか」
「まず、何か1つ古いもの。椅子に掛かったヴェールだね。あの柄が流行ったのは数十年は前だよ。新しいのがウリのこの式場ではあれは貸さない。たぶん、時代的にきみの祖母から受け継いだものだね」
 数十年前といえば、『前のサナギ』が当時の知り合いの結婚式に呼ばれたタイミングだから覚えている。それと柄が同じだ。
「何か1つ新しいもの。きみの履いているヒールだ。新郎ヒカゲの身長は、研究室にいた頃と変わってなければ179cm。成人男性の身長がこの数年で大きく伸びるとは思えない。ところできみの今の身長は俺の目測だと166cmだ。つまり新郎との身長差は13cmってところ。きみは研究室にいた頃、8センチ以上のヒールが好きだと俺に教えてくれたけど……」
 リリセは黙って続きを促したので、サナギはそれに応えた。
「うん、それで、新郎新婦の理想の身長差って、10cmなのさ。シェジミはあの性格だから、きみにきっかり3cmのヒールを用意しただろう」
 それが新しいものさ、とサナギが言うと、リリセは「じゃあ、残りの2つは?」と挑戦的にこちらを睨んだ。
「なにか1つ借りたもの。そのハンカチだね。モルのものだ」
 モルが息を呑む。
「イニシャルがMだからね。それに、研究室で見たことのある柄だ。モルの手持ちのハンカチとして。さっき、モルは自分のハンカチは持っていたから、きみに貸すためのハンカチだろう。まあ、衛生面の不安からハンカチを2つ持ち歩くというのもありえるけど、荷物が制限されるドレス姿でハンカチを2枚持つほど、モルは潔癖というわけじゃなかったからね」
「まだあるわよ。青いものは?」
「なにか1つ青いもの。そこのアクセサリーボックスにあるピアスだ。イヤリングやネックレスにも青いものがあるけど、ネックレスはすでにしているし……きみの耳にはピアスがあいているのに、わざわざイヤリングを選ぶこともないだろう。きみはピアスをあけたとき俺にも報告してくれたから、よく覚えてるよ」
「……」
 リリセとモルは同時にため息をついた。
「答えを聞いてもいいのかな?」
「アンタさぁ……」
 サナギの言葉に、たっぷり数秒溜めたあと、リリセは吐き捨てるように言った。
「ほんっっと……キモいのよ!!」
「えっ!?」
 罵られるとは思っていなかったので、サナギは目を白黒させた。

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