神降ろしの里<前編> 8
「私はリザードマンの集落で暮らすリザードマンの一人で、その日は集落を襲ってきた冒険者と戦っていた。珍しいことではない、冒険者側からすれば、通りがかりに討伐でもしてやろう、くらいの気持ちだったのではないか」
いきなり衝撃の事実だ。ラケルタは特に悲壮感もなく、淡々と続けた。
「冒険者と言っても練度の低いパーティで、人数も四人だった。四人相手なら私一人でも返り討ちにできる。実際、三人は殺した」
そういうこともあるだろう。冒険者と妖魔の間で生死をやりとりするのは当たり前だ。
「残りの一人は召喚師だったようだ。せめて私に一太刀、ということで、召喚術を放った……と同時に、私はその召喚師を殺してしまった。召喚自体は成立したらしく、召喚されてきたのが……」
「らけるだったってことか」
先ほどもその冒険者たちは未熟だと言っていた。らけるみたいな戦う力も特にねえのが召喚されてしまっても無理はないのかもしれない。
「召喚師を斬るため目の前まで近付いていた私は、召喚師の目の前に召喚されてきたらけると重なり、合体してしまったようだ」
そういうことだったのか。らけるが「召喚主はすでに死んでいる」と言っていたのも納得だ。その状況なら、らけるは死体を見ただろうから。
「未熟な召喚師の、死に際の召喚か……」
サナギは難しい顔をしている。
「相当めちゃくちゃな召喚術だっただろうね。らけるとラケルタが融合してしまっているのも複雑さに拍車をかけている。万が一、本人に会えても還せるかどうか怪しくなってきたな」
「そうか……」
「そもそも、ラケルタとらけるを引っぺがすことはできるのかい?」
パーシィが口を挟む。
「らけるだけを故郷の……ニッポンと言っていたっけ。そこに還すわけだろう?」
「こういう融合の仕方は初めて見るからなぁ……奇跡的なバランスで人格が共存しているみたいだけど、ラケルタのほうは身体を失っているようだし」
ラケルタが知性ある妖魔であったことが、らけるとラケルタにとって幸か不幸か、とサナギは呟いた。
「私は最悪どうなっても構わん」
俺はラケルタのほうを見た。
「らけるを無事に家に帰してやれるならな」
「やけに協力的じゃねえか」
こいつはこのまま、らけるの身体を乗っ取って暮らしていったっていい。リザードマンとしての故郷には戻れないかもしれないが、あの剣の腕なら冒険者なり何なりで生きていくことはできるはずだ。
「そうだな。らけるが普通の人間なら、らけるの人格を殺して私がこの身体を使ってもよかった」
すました顔でそう言うので、妖魔は妖魔だな、と思う。らけるの身体なのだから、らけるの人格を尊重しろと言うべきだったかもしれない。だが、結局俺はそのことには何も言わなかった。理性的な妖魔というのにどうも俺は弱くなってしまったような気がする。だいたい叔父のせいだ。
「何故そうしない?」
代わりに黒曜が尋ねてくれた。ラケルタは即答する。
「らけるが『いいヤツ』だからだ」
……それでいいのか。
「どちらにせよ、私の身体は融合の段階で消滅している。死んだも同然、と言えるだろう。となればらけるが優先されてしかるべきだ」
サナギが顔を綻ばせた。
「きみもよっぽど『いいヤツ』じゃないか」
俺からすればお人好しすぎるくらいだ。
「……ともかく、らけるのことをよろしく頼む。今回はらけるの意識がなくなったので表に出られたようだが、常に私がらけるを守ってやれるとは限らない」
「依頼人だ。心配するな」
黒曜が事務的な返事をする。素っ気なさすぎるとは思ったが、俺も特には言い重ねなかった。それでもラケルタは満足したのか、
「そろそろらけるも目を覚ましそうだな。また会えたら会おう」
「待て、らけるに戻るのか?」
俺が尋ねると、
「ああ。らけるが起きている間は私は出しゃばらない」
「俺はてめぇのほうがいいんだが」
「ははは。らけるは貴殿のことを慕っているよ。タンジェリン」
初めて笑うラケルタは、らけるの顔で、でもらけるより落ち着いた大人の表情をしていた。言葉の内容は頭を抱えたくなるものだったが、さりとて悪い気もしなかった。
ラケルタが目を閉じて、そしてもう一度開いたときには、彼の目は暗めの茶色になっていて、彼がらけるだと知れた。
「タンジェー!」
らけるは視界に入った俺に突然飛びつき、
「し、し、死ぬかと思った! 怖かったよお!」
そう言って顔をくしゃくしゃにして泣くもんだから、俺はらけるを引き剥がして引っぱたいた。
「あんなところにいるほうが悪ぃんだよ! 馬鹿野郎!」
「えぇん、タンジェが叩いた!」
ああちくしょう、うるせえな! やっぱりラケルタのほうがいい!
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