カンテラテンカ

Over Night - High Roller 11

 シャルマンは派手に燃え落ちたし、怪我人は山ほどいたようだが、幸い死者はいなかったらしい。
 もともとシャルマンは移動カジノ。よそ者が広場に間借りしていただけであるから、ベルベルント側に大きなダメージはない……ように、俺には見える。
 実際は広場を貸した契約とかいろいろあるのかもしれないが、目に見えるところではシャルマンは跡形もなく消え去り、それで終わりだ。
 もちろん、ベルベルントの治安隊は放火犯を捜している。黒曜と翠玉は相当上手くやったらしく、夜会に疑いのかかる声もない。
 俺は以前見た夢の中を思い出す。屋敷に火をつけて翠玉と緑玉を救い出す黒曜。彼は、手間がなくていい、と、俺に言った。
 何もかも燃やし尽くしたら、確かに楽なのかもしれない。ただ、俺とサナギとパーシィが顔をつきあわせて、何日唸ったところで、きっと俺たちは放火には辿り着かないだろうとも思う。
 だからいいとか、悪いとか言うつもりはない。要するに、俺たちには――いや、サナギとパーシィをこの内省に巻き込みたくはない――俺には、覚悟が足りていないのだ。
「……」
 精神面での未熟さは痛感している。俺はこのままでいいのか?
「いいんだ」
 背後から急に声をかけられて、俺は座っていた自室の椅子から二センチほど飛び上がった。
 振り返ると、黒曜がいる。
「お前はそのままでいい」
「……声に出てたか?」
「タンジェ。冒険者だからと汚くある必要はない。お前が潔白であることは、お前の誇りだ」
「……」
 黒曜は、俺が悩みを口にしていたかどうかはとうとう言わなかった。

 俺が潔白であると、俺は思っちゃいない。妖魔を殺して報酬を得るのが生業のひとつである冒険者に、潔白なやつがいるわけがない。本当の潔白というのは、親父さんや娘さんのことだ。二人のことをそこまで深く理解しているわけじゃないが、きっとそうだ。

 俺は中途半端だ。復讐を掲げて冒険者になったのに、成し遂げないままくすぶり、仲間を助けるのに何かを犠牲にしようって覚悟もない。
 目を閉じれば、まだテントの炎が闇夜を舐めるあの情景が思い出せる。

「タンジェ」
「うお、まだいたのか」
 俺の背後にまだ突っ立っていたらしい黒曜が、不意に言った。
「緑玉を助けてくれてありがとう」
「……」
「見ていた。鳥籠の鍵を外す手際――見事だった。俺や翠玉ではああはいかなかった。……お前がいてくれてよかった」

 俺は中途半端だ。誰かを助けるのに放火なんて発想は出てこない。復讐も半ばで持ち帰り、敵と分かっている相手にも毎回逃げられる始末。オマケに盗賊役には向いてない。

 だが。
 それでも。

 それならよかった、と思った。
 仲間を、黒曜の大事なものを守れたなら、それでよかった、と。
 盗賊役を引き受けてしまったことにも、こんなにも意味がある。

「はっ……仲間がピンチなら助けに行くさ」
「……そうか」
「それよりてめぇ、助けに行くなら黙って出てってんじゃねぇよ! 三日も顔出さねえで翠玉と二人行動しやがって!」
「……心配したか?」
「当たり前だろ!」
「当たり前、か」
 黒曜は決して謝りはしなかった。きっと、最善を尽くしたと確信しているのだ。
 こいつにとっての最善があの放火だったというなら、俺はそれを更新してやる。
 そういう方法じゃないことも、今ならできるのだ、と。サナギは賢い男だし、パーシィがいれば戦略の幅は広がる。アノニムがいれば真っ向からの戦闘は怖くない。それに、
 それに、俺がいれば。
 俺がいれば、……鍵開けくらいはできる。
 自分で自分が情けなくなったが、それ以外思いつかなかったのだから仕方ない。恥ずかしいので黒曜には言わない。
「タンジェはパーティの、いや……俺の」
 黒曜は呟いた。
「精神的な支柱だ」
「あ……?」
 ふ、と笑った。俺の好きな黒曜の笑顔だ。言ってることはよく分からなかったが、それを見れただけで得をした気分になる。
「何でもない。昼飯はまだか? 一緒にどうだ」
「おっおう、お、まあまだだが」
 急に誘われたので、挙動不審になってしまった。
「ま、まあどうせ食うしな、一緒に、おう、一緒に食おうぜ」
 黒曜は目を細めて、また笑った。

 カジノだの、闇オークションだの。派手なだけで汚くて後ろ暗い、ろくでもない世界だった。
 その中でもリカルドのような協力者がいて、黒曜や翠玉のような、悪辣な世界に立ち向かう者もいる。

 そんな黒曜や仲間たちに、俺ができること。
 少し考えただけじゃ分からなかったから、きっとこの議題とは長く付き合うことになるだろう。

 それでもいい。時間をかけて探していこう。
 俺の居場所はここなんだから、焦ることは何もないんだ。

【Over Night - High Roller 了】

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