カンテラテンカ

ベルベルント復興祭 11

 大通りに出れば、また喧騒が蘇ってくる。初めて屋台の出ている通りを見たらしい黒曜は、一見いつも通りだったが、耳が僅かに、だが確かに忙しなく動いていて、とうとう若干イカ耳になった。
「おいおい、大丈夫かよ」
 と、思わず笑ってしまった。黒曜が少し驚いた様子でタンジェの顔を見る。しまった、とタンジェは思った。五感が敏感な黒曜にとっては、タンジェよりはるかにこの喧騒は不快かもしれない。
 だが謝る前に、黒曜もタンジェの顔を見て「ふふ」とほんの少し笑った。思いがけず笑い合う形になり、タンジェの顔が一瞬で真っ赤になる。タンジェはそれでもなお必死に平静を装い、
「じゃ、じゃあ。どこから回る?」
「まずは何か食べないか」
「おう、そうだな。確かに腹減った」
 黒曜の提案は魅力的で、タンジェはすぐさまそれに乗った。朝に軽く食べて以降、何も食べていないのだ。
 たぶん黒曜はタンジェに任せると言うだろうな、という見当が何故かついた。が、一応聞いてみる。
「何が食いたい?」
「お前に合わせる」
 予想通りだ。タンジェも黒曜のことが少し分かってきたのかもしれない。
「と言ってもな。何の出店が出てるのか俺もよく知らねえし……とにかく端から行ってみっか」
 タンジェと黒曜はとりあえず出店の出ている大通りを端から歩いて行くことにした。すぐに立ち止まる。肉の串焼き屋台から食欲をそそるいい匂いがしてくる。
「……」
「買うか」
 立ち止まったタンジェを見て、黒曜がすぐさま財布を取り出す。
「そうだな。ちょうどいいんじゃねえか。串焼き1本くらい食っても、まだまだ他にも食えるだろうしよ」
 タンジェも財布を取り出そうとしたが、黒曜に手で制止される。見る間に黒曜がよく焼けた牛肉の串焼きを購入した。1本をタンジェに差し出す。奢られた形になる。
「いいのか? ありがとよ。次は俺に出させてくれ」
 黒曜は頷かない。まさか、とタンジェははっとした。こいつ、祭りの飲食全部奢る気か!?
「おい! 次は俺が出すからな!」
 黒曜はそっぽを向いて牛串を齧っている。ぐぬぬとタンジェが黒曜を睨む。隙を見てなんとか奢り返してやらねば。
 ともあれ、かぶりついた牛串は香辛料で味付けされているらしく、香ばしく美味い。
「ん……! 美味えな、これ」
 黒曜も頷いている。
 歩きながらあっという間に平らげてしまった。そこそこ大きな串焼きだったが、まだまだ腹は減っている。パーティメンバーはサナギ以外、かなり大食漢なので、それと比較してやや少食に見られがちなタンジェだが、そんなことはない。同年代に比べればタンジェだってよく食べるほうなのだ。
「よし、肉食ったし、次は魚か……野菜もあるといいな」
 黒曜のイカ耳が若干垂れた。肉食なのである。
「はは、肉もまだまだあんだろ。なんでも食えばいいんだよ……おい、あれなんだろうな?」
 タンジェが指差したのは、円柱状の籠のようなものが積み重なった屋台だった。
「せいろだな」
 黒曜がすらりと答えるので、タンジェは驚いて彼を見上げた。
「セイロ?」
「蒸し器だ。俺の故郷のものだ」
 なるほど、どおりで見覚えのないものだと思った。
「蒸し器か。何作ってんだろうな?」
 暑い中せいろとやらの面倒をみるのは大変だろう。だが、蒸し終えたそばから表に出されるパンのようなものが気になる。
「饅頭……のように見えるが」
「マントウ?」
「簡単に言えば蒸しパンだな。中に具が入っているなら、包子」
「なるほど、そのパオズってものだとしたら、中身は何なんだ?」
「肉だったり野菜だったり多様だ。小豆で作った甘いあんのこともある」
「へぇ、面白えな。買おうぜ。お前の故郷の料理、食ってみてえし」
 黒曜のイカ耳だったり垂れたりしていた耳が軽く前のめりになった。
 屋台のおばちゃんに声をかける。
「なあ、こいつの中身は何なんだ?」
「いらっしゃい! 中身かい? 豚肉やタケノコなんかを混ぜて作った肉あんと、こっちは小豆を煮込んだ甘い餡子だよ!」
 なるほど、しょっぱい系と甘い系を揃えてるというわけだ。美味そうだ。今はとにかく腹が減ってるし、しょっぱい系の気分だ。
「じゃあ肉あんのほうを……」
 言って財布を取り出している間に横から黒曜がスライドしてきて、
「肉あんのほうを2つくれ」
「はいよっ!」
 財布から2つ分の金を取り出し、素早く支払った。また奢られてしまった!
「おい黒よ……もぐ」
 問い詰めようとしたら口に包子を突っ込まれた。
 もぐむぐ言いながら包子を食むと、生地はほんのり甘く、具に達するとホカホカの肉あんが甘じょっぱくて、タケノコの食感もいい。美味い!
「んま」
 口に包子が入ったまま美味いことを伝えようとしたら情けない声が出た。横で包子を静かに食べていた黒曜と目が合う。黒曜の顔がほころぶ。めちゃくちゃ恥ずかしくなり、包子の入った口を押さえて黒曜の肩に平手を入れた。
 包子は美味かったのだが、少なくともこの調子で奢られ続けるのは納得いかない。隙を見て黒曜に何か奢ってやらねば気が済まない!
 大通りはまだまだ先がある。歩き進めば、飲食の屋台に紛れて、ちょっとした遊戯が楽しめるらしい屋台も目に付いた。
 例えば、簡易な水槽を泳ぐ小魚を掬うゲームだったり、おもちゃの銃で景品に弾を当てるゲームだったり。どれもなかなか趣向が凝らされていて面白そうだが、興じているのが子供ばかりなので参加するのは憚られた。
 その中に比較的客の年齢層が高い屋台があって、覗いてみるとクジ引きらしかった。ハズレなし、1回7Gldか。
「やりたいのか」
 黒曜が財布を取り出してスタンバっている。そうはさせるか!
「なあ、2人でやって出た景品交換しねえか?」
「? 2人でやるなら、俺が2人分出すが……?」
「何を心底、不思議そうにしてんだよ! 俺が自分で出さなきゃてめぇが俺に景品くれるだけになるだろうが!」
 景品交換という方法を取れば、確実にタンジェが自分で金を出せる。そうでなければ交換は成り立たない。それでもしばらく黒曜は釈然としない顔をしていたが、タンジェは気にせず景品を見回した。申し出ておいてなんだが、こういうクジの景品が一般的にどういうものなのかを知らない。⁠さすがにくじ引きの前に確認しておきたい。展示されてる景品の一部のうち、下位賞が菓子の詰め合わせなのが目に入り、それなら悪くないか、と判断する。
 タンジェは店主に7Gldを渡した。もちろん、今回こそタンジェの財布から出た金だ。ボックスの中にクジが入っていて、中に手を突っ込んで1枚選ぶ。らしくなくなんだかワクワクする。手に当たった1枚を選んでボックスから手を引き抜いた。
 クジを見ると75と書かれていて、それを確認した店主がニコニコして小箱を持ってきた。
「兄ちゃん、運がいいねェ! これはいい品だよ!」
 いい品と言うが、7Gldのクジだ。そんなに期待せずに小箱を開けると、中には懐中時計が入っていた。なかなか洒落たデザインで、だが華美ではない。本当にいい品だ!
「これが7Gld?」
「型落ち品なんだよ。ここだけの話、普通の市民は時計塔があるから懐中時計なんて持ち歩かんでしょ? かといって上級市民は型落ち品なんか好んで買わん。要は売れ残りでさァ……」
「あー……」
 なるほど、それなら納得だ。とはいえ、
「それでも7Gldで手に入るもんじゃないよ! 言ったろ、いい品だって」
「そうだな、こいつはいい」
 店主の言う通りだ。時計は基本的には高級品で、わざわざ時計を持ち歩く冒険者もあまりいない。だがやはり、あれば便利だ。このサイズなら旅先にも持っていける。
「ほらよ、黒曜」
 何より、少し古めかしい懐中時計は黒曜によく似合った。黒曜はタンジェの顔と懐中時計を交互に眺めていたが、
「いいのか」
「おう」
 少し躊躇った様子を見せたあと、大事そうに丁寧に受け取った。それから、
「俺も1回」
 黒曜も財布から7Gldを取り出して店主に渡した。景品交換に応じてくれるということだろう。引っ張り出したクジの番号は80。店主はそれを見て、また箱を持ってきた。さほど大きくはないが、懐中時計より大きそうだ。
「80番はこいつだ」
 タンジェと黒曜で店主の手元を覗き込んだ。
 開けられた箱の中に入っていたのは、どうやらガラス製らしい、黒猫があしらわれたプレートだ。そこにぶら下がるようにして、多面体にカットされたガラス玉がいくつか繋がっている。プレートは上のほうに細かなチェーンが結ばれていて、どこかに引っ掛けて使うものなのだろうと分かった。ドアプレートだろうかと見当をつけたが、黒曜は、
「これは……サンキャッチャーか」
「サンキャッチャー?」
 今日は黒曜に聞いてばかりだ。
 黒曜は頷き、プレートのチェーンを持ち上げて日に翳して見せた。太陽光を浴びたプレートやプレートにぶら下がったいくつかのガラス玉がきらきら光って地面に虹色を落としている。
「へぇ、綺麗なもんだな」
 素直な言葉が出た。
「窓辺に飾って、窓から入る太陽の光に当てるものだ。風水的にも縁起がいいな」
「あ? ……なんだ、フウスイってのは?」
「……」
 黒曜は少し考えたあと、
「説明が難しいが……簡単に言えば、吉兆をコントロールするための概念だ。占いの一種だと思ってくれ。俺もそこまで精通しているわけではない」
 つまり、"占い的に縁起がいい"ということだ。どうせ事細かに説明されたってタンジェは理解できないので、そのくらいの認識でいいだろう。黒曜は店主から箱を受け取り、サンキャッチャーを改めて箱に収め、タンジェに渡した。
「お……あ、そうか」
 景品交換だ。タンジェはサンキャッチャーを受け取った。帰ったら窓辺に飾ろう。日の昇る朝が楽しくなる。
「ありがとよ」
 礼を言うと、黒曜は目を細めた。
 サンキャッチャーの箱を財布とまとめてポーチの中に入れる。頑丈そうだったが、ガラスはガラスだ。大事に扱わなければならないだろう。
 菓子詰め合わせも魅力的だったが、こうして形に残る物をプレゼントし合うのも悪くない。サンキャッチャーの分、ポーチは重くなり、代わりにタンジェの足取りは何となく軽くなった。

10<< >>12

ベルベルント復興祭 10

 親父さんが休憩から戻ってきて焼きそば係を交代し、祭りを見終えて店番しにきた娘さんにあいさつする。
「タンジェさんもらけるさんも店番ありがとうございます」
 娘さんが頭を下げるのに、らけるは、
「いいんだよ! おかげでニッポンの人にも会えたんだし」
 娘さんは不思議そうな顔をしていたが、らけるがあとで詳しく話すと言うとすぐに話題を変えた。
「復興杯、無事に終わったそうですよ」
「そうなんだ! アノニムどうだったの? 優勝した?」
「アノニムは3位だったみたい」
 3位。入賞である。やはり、強い。しかしそれでも上がいる。世の中には強いヤツがいるものだ。
「上に2人もアノニムより強い人がいるのかぁ」
 らけるも感心したように頷いている。
「でも3位でも500Gld分の商品券がもらえるし、あとでアノニムを褒めてあげなくっちゃ」
 娘さんはご機嫌だ。
「優勝したのは誰だったんだ」
「『午前3時の娯楽亭』の人みたい。ジークさん……っていってたと思います」
 リカルドが言っていたズィークのことで間違いないだろう。リカルドの予想通りだったというわけで。
「じゃあ2位は?」
 今度はらけるが尋ねる。娘さんは少し思い出すような仕草をしてから、
「確か『Cafe&Bar グリモ』の……」
「それ、冒険者宿なのか?」
「そうですよ。冒険者宿はウチみたいに食堂を兼ねてるところも多いですし……グリモさんは昼はカフェ、夜はバーになるんです」
「はっ。洒落たもんだな」
 言いつつ続きを促す。
「そこのグラナートって人だったみたいですよ。準優勝」
「よく覚えてるね、娘さん」
「商売柄、そういうの覚えるの得意なんですよ」
 えっへん、と胸を張る娘さん。日頃から客の名前と顔がよく一致するもんだなと思って眺めていたが、なかなかどうして、大したものだと思う。
「それにしてもこのベルベルントで3番目に強いのがアノニムってことだし、仲間として誇らしいな〜!」
 アノニムのほうがらけるを仲間と認識しているかは微妙だが、実際のところアノニムの活躍で宿の知名度や評判も上がっただろう。今後いい依頼が舞い込むかもしれない。ただ、
「はっ、黒曜みてえな参加してねえ強者がいることを忘れんなよ」
 アノニムがベルベルントで3番目に強いかどうかは、はっきりとは言えないはずだ。
「そうかもしれないけど、でも観戦してた人たちにとってはアノニムが3番目じゃん?」
 正論である。タンジェは、う、と言葉に詰まったが、最終的には「確かに……そうだ」と頷いた。少なくとも客観的に見てアノニムはこの街で3番目に強い。タンジェはそいつに2回戦で負けた。これが事実だ。
「あ、そろそろ夜会に行かないと!」
 らけるが時計塔を見上げて言うのに、タンジェも一緒になって時計塔を見上げた。13時前だ。ちょうど黒曜との約束の時間なので、らけると一緒に星数えの夜会に向かうことにした。横並びで歩きながら、ご機嫌な様子のらけるに尋ねる。
「夜会に戻って何すんだ?」
「へへ……翠玉さんと合流! 実は、午後は翠玉さんとお祭り見るんだぁ!」
 なるほど。そいつはよかったな、とだけ言っておいた。祭りは午前中に見終えただろうにわざわざ2週目とは、翠玉も人がいい。
「まあ、緑玉とサナギも一緒なんだけどね」
「いや何でだよ」
 らけるは遠い目をした。
「タンジェは知らないのかぁ……緑玉がめちゃくちゃ俺を警戒してること……」
「警戒?」
 人間嫌いの緑玉だ、おまけにらけるはこの性格だし、そもそも気は合わないことは想像が付くが……。
「緑玉さ、翠玉さんのことめっちゃ大事にしてるんだよ。守ってるんだ」
「……てめぇのような悪い虫から、ってことか」
「俺はいい虫だよ!」
 虫も否定しろ、とタンジェが言うのも気にせず、らけるは、
「とにかくさ、俺と翠玉さんが二人きりで出かけるのは気に入らないみたい」
「それであの緑玉が人混みに出かけるってんなら、相当だな。で、なんでサナギまで?」
「緑玉と仲良いからじゃん?」
 タンジェももはや、最近ではそういうものとして受け止めつつある。
「でもさ、警戒されてるってことは、脈ありってことだよね!?」
「そうはならねえだろ」
「でも警戒するに足らないって――要するにワンチャンもないって思われてたらさ、わざわざ緑玉は来なくない?」
 相変わらずのとんだポジティブ野郎である。
「緑玉がてめぇを脅威に思ってるかは知らねえが……まあ、せいぜい楽しんでくるこったな」
「うん! そういえばタンジェも先約があったんだっけ」
 らけるは興味津々といった様子でタンジェの顔を覗き込んだ。
「誰とお祭り行くの?」
「……」
 黒曜とタンジェの関係について、少なくともタンジェは他言してはいない。隠したいのではなく、そういうのを言いふらすのは軽薄だとタンジェは思っている。とはいえ、サナギあたりは言われるまでもなく勝手に察していそうではある。
 らけるにも相手が黒曜であることはわざわざ言わないつもりだったのだが、考えてみれば、祭りを回っている最中にばったり会ってしまったら気まずい。
「……黒曜とだ」
「へー、黒曜こういうの参加するんだぁ」
 らけるはあっけらかんと言った。タンジェと黒曜が2人で祭りを回ることに対して、特に疑問はないらしい。逆になんでだよ、と思わなくもないが、らけるは能天気なたちなので深く考えていないだけかもしれない。だったらこっちも堂々としていればいいだろう。
 らけるとくだらない話をしながら大通りを離れ、星数えの夜会へ。さすがにこの辺りまでくると祭りの喧噪は遠く、いつもより人の出入りも少なく静かだ。
 夜会の中では留守番している所属冒険者が何人か食堂でのんびりしていた。らけるはタンジェに「じゃあね!」と一言かけてから翠玉たちのほうへ小走りで近付いてった。
 食堂を見渡せば、さすがに暑いのか日当たりを避けたテーブル席に黒曜がいる。何をしているかと言えば、いつも通り特に何もしていない。
「よう」
 声をかけると、閉じていた目を開いた黒曜が俺を見上げた。
「おかえり。残念だったな」
「あ?」
「2回戦」
「見てやがったのか!?」
 思わず尋ねると、
「いや。休憩に来た親父さんと少し話をした」
「……」
 まあ、復興杯の結果などいずれ分かることだ。あの無様なまでの敗けっぷりを直接見られなかっただけでもよしとしよう。それに、気を遣われて話題を避けられるよりはこうして先に言われたほうがマシだろう。
「武器は折らなかったか?」
 黒曜がタンジェを覗き込む。タンジェをからかった、冗談に近い言い方だった。そういう素振りを黒曜が見せるのは珍しい。
「折ってねえよ!」
 だからタンジェも存分にムキになり、
「……ただ、まんまと武装解除させられた。次の特訓は武器を取り落とさない方法だな」
 そう応じた。黒曜は目を細めた。
「課題が見つかるのはいいことだ。お前との戦闘訓練は楽しい」
「……おう」
 ストレートに好意をぶつけられて若干たじろいでしまった。黒曜がしばらくこちらの様子を眺めるので、タンジェは平静を保って――いるように見せかけるのに精一杯だった。黒曜はやがてテーブル席を立ち上がった。
「では、行くか」
「そ、そうだな!」
 連れ立って夜会を後にする。らけるのほうは翠玉と緑玉、サナギとすぐさま出発したらしく、姿は見えなかった。

<< >>11

ベルベルント復興祭 9

 そしてタンジェは、焼きそばを焼いていた。
 暑い! そして熱い!!
「あのー、このヤキソバ? っていうの、2つください」
「ああん!? そこにあるの持ってけ! 1つ5Gldだ!」
「ちょ、タンジェ、態度態度!!」
 やってきた女2人組に怒鳴りつけると、できた焼きそばを容器に詰めていたらけるが割って入った。
「10円……じゃなかった、10Gldだよ、ありがとね!! おいしいからよかったらほかの友達にも紹介して!!」
 らけるは人当たりのいい笑顔で焼きそば2つを女たちに渡している。タンジェの態度に怯んだ女2人も安心した顔になり、硬貨と引き換えに焼きそばを受け取り去っていった。
「タンジェ、2回戦敗退した挙げ句、あっつい中焼きそば焼かされてるからって、態度悪すぎじゃん?」
「改めて全部言うんじゃねえ!」
 一応ラケルタに勝敗を報告しようと夜会の屋台に顔を出したのが運の尽き。ラケルタはとっくにらけるに代わっていたし、親父さんに捕まり「すまんが休憩するから代わりに焼いといてくれ」と屋台を押しつけられる始末。「30分で戻る」という親父さんに「1時間は休憩しなよ! 屋台は俺とタンジェで見ておくから!」と言い出したのはらけるで、しかもこいつはもっぱら売り子で焼きそばを焼く気はないらしい。
 親父さんにゆっくり休憩してもらいたい気持ちも、じゃあタンジェが売り子をできるのかと言ったらできないだろうことも間違いはないのだが、この状況を受け入れ機嫌よく焼きそばを焼くには、タンジェの気は短すぎる。
 2回戦敗退したので正午には時間があり、黒曜との約束の時間もまだ先だ。ヒマだから断る理由もない。ちなみに娘さんは午前中は祭りを見て回り、午後から店番する約束らしく、姿が見えなかった。
 タンジェだって料理くらい多少はできるが、別に得意でもなければ好きでもない。こんな大量の麺を焼くのに楽しさを見出すのは無理である。
 当たり散らすように焼きそばをかき混ぜていると、
「焼きそばだ。珍しいな」
 屋台の前に子供がひとり立っていた。口ぶりからして焼きそばのことを知っているらしい。倭国の人間かと思ったが、髪は金で目は青く、倭国の一般的なそれではなかった。
「焼きそば、2つください」
 子供がらけるに声をかける。らけるは「はいはい」と言って、容器に入った焼きそばを手渡す。
「10円……じゃない、えーと、10Gldね!」
 相変わらず繰り返す間違いに呆れるが、習慣というのはなかなか抜けないものかという納得もある。ところが思いがけず、
「円?」
 子供は不思議そうな顔をして、それかららけるのことを上から下まで眺めた。
「それ……学ラン?」
 ぴた、とらけるの表情が固まる。
「あんた、ニッポンのひとか?」
 子供の言葉に、固まったらけるの表情が見る間に驚愕のそれに変わり、子供のことを見て、それからタンジェのことを見た。
「い、いま、この子、ニッポンって言った! タンジェ!!」
「俺に振るんじゃねえ! ……確かに言ったが」
「ま、ま、待って、どういうこと? ニッポンのこと知ってる? あ、召喚師とか……!?」
 子供はこちらも少なからず驚いた様子で、
「いや……俺も元はニッポンにいたんだ」
 タンジェは焼きそばをかき混ぜながら、思わず口に出した。
「マジかよ……。そんな誰も知らねえような異世界の人間が、らける以外にいたなんてな……」
 らけるはもうほとんど泣きそうな顔になっていた。
「うわー、マジ!? 仲間いたんだぁ! 俺、石竜子らける! きみは?」
「阿武隈、北斗……」
 名前の響きも確かにらけるのものに近い。つまりニッポンっぽい、と言えるのだろう。
「どこ住みだったの? いくつ?」
「おいらける、話すなら脇によけてろ。ほかの客もいるんだぞ」
 同郷に会えて嬉しい気持ちは分かる。たった1人だと思い込んでいたのだからなおさらだろう。だがタンジェは焼きそばを焼き続けなきゃいけないし――手を止めると焦げる!――客は意外にも途切れないので、長話は別の場所でやってもらったほうが都合がいい。話すならゆっくり話したいだろうしな。
「あ、そっか。それに北斗、2つ焼きそば買ったんだし、誰か待たせてるもんな? なあ、あとで話できない? どこかの宿に泊まってるの?」
「ロンギヌスの仮宿ってとこで世話になってる」
 ロンギ……? 聞いたことがある。どこで、誰に聞いたんだったか。
 ……ああ! 思い出した。確かベルベルント防衛戦の際にブルースが言っていた。スラムにあるという冒険者宿だ。
「スラムの宿だろ」
「知ってるのか?」
「話には聞いた」
 らけるはタンジェのほうを向き、
「場所も知ってる?」
「そこまでは知らねえ。パーシィなら知ってるんじゃねえのか。あいつたまにスラム散歩してるから」
「なんで!?」
「知らねえよ!」
 ともあれらけるは頷いて、
「じゃああとでパーシィに聞いてみるよ。北斗、引き止めて悪かったな!」
 北斗は10Gldと引き換えに焼きそば2つを受け取り、小さく頭を下げて立ち去っていった。
「屋台手伝っててよかったぁ!」
 北斗の背中を見届けたらけるは泣き笑いのような様子でいる。
「でもあいつもニッポンに帰れねえからここにいるんじゃねえのか。元の世界に帰る手がかりにはならないかもしれねえ」
 だから先走ってぬか喜びするなよ、というつもりで言ったのだが、らけるは、
「うん、大丈夫! 分かってる! でも、同じところから来たって人いるだけで心強いじゃん?」
 珍しくきちんと承知している様子だったので、タンジェはそれ以上は何も言わなかった。

<< >>10

ベルベルント復興祭 8

 待機室に行く前に、廊下にあるトーナメント表を見た。勝敗がつくたびに更新されているらしく、勝者の名前から赤線が伸びている。それでタンジェたちのあとに戦ったアノニムが勝利したことが知れた。アノニムと戦える!
 タンジェたちがライライを追ってとっ捕まえ、尋問している間に1回戦はすべて終了していた。それどころかすでに2回戦も数試合が終わっているようだ。
 通りかかった運営スタッフに、今、誰の試合が行われているのかを確認する。トーナメント表と照らし合わせて、3戦前のやつらだと知れた。またギリギリだ、タンジェは急いで選手入場口に向かう。
 相変わらず出番待ちの参加者が数人いる。知らない参加者の1人に「試合妨害の犯人は捕まえたのか?」と尋ねられたので、頷いた。
「無差別?」
「いや……個人的な怨恨だ」
「そうか。お疲れさん」
 その参加者はそれで話題を切り上げた。
 アノニムはというと、壁に寄りかかって腕を組んでいる。特に話しかけてはこない。タンジェとしても別に話すことは何もなかった。黙って現在進行している試合を見届ける。
 手練れが残り、実力差が縮まっているためか、1試合がやや長引く傾向にあるようだ。タンジェとアノニムの前の3戦も合計で20分はかかった。ただ待つだけなら退屈な時間だろうが、手練れの戦闘が3パターンも観戦できたとも言える。立ち回りの参考になる場面も多かった。
 次の試合の選手が呼ばれる。アノニムが壁から背中を離す。俺も続いて舞台に出た。
 1回戦よりさらに太陽が高く上がっている。
 武器を選ぶように言われ、タンジェはまた大剣を選ぶ。
 向かい合ったアノニムが槍型の長柄武器を持っているのを見て、少なからず動揺したのを努めて隠した。普段使っている棍棒とリーチが近い片手剣を選ぶだろうという思い込みがあった。1回戦も槍だったのかもしれないが、タンジェはアノニムの試合を観ていない。
 わざわざ選ぶということは、少なくとも片手剣や大剣よりもその扱いに長けているということだ。タンジェはアノニムが棍棒以外の武器で戦うところを見たことがないが、彼は元奴隷剣闘士だ、どんな武器に精通していたって今さら驚くことじゃない。
 初期位置について、それぞれ構える。
「――はじめ!」
 開始の号令。まっすぐ突っ込んでったら貫かれる。向こうのほうがリーチが長いんだから当たり前だ。長柄の隙を狙うなら正面以外、タンジェは素早くアノニムの左手側に駆けていく。
 すぐさま応じたアノニムが、タンジェの向かう先から槍を横に薙ぐ。大剣で弾こうとしたがそこまで甘くはない。槍は弾けず受け止められた。槍が引かれて、大剣の構え直しもできていない一瞬の間に、大剣を巧みにすり抜けた槍がタンジェの腹に打ち込まれる。
「……ぐっ!」
 木製武器だし刃先は丸い。鈍い衝撃はあったが、大したダメージではなかった。だが本物の槍だったなら致命傷だ。
 この時点で、もしこれが真剣勝負ならタンジェの負けである。メイン武器じゃない槍で相手されてもこのざまだ。わずか数十秒の出来事だった。
 だが、これは試合である。タンジェには試合続行の意思があるし、武器もまだ使える。さすがに一撃くらいはくれてやりたい。
 体勢を立て直して、改めてアノニムに近づこうと試みる。槍というのは一定の間合いを保って戦う武器だから、向こうだって懐に入られたくはないはずだ。
 緩急を付けてこちらの間合いまで近づき、間髪入れずに振り回した大剣を、アノニムは槍の柄で受け止めた。タンジェと力比べをする気はないらしく、アノニムは槍の柄を半回転させてタンジェを大剣ごと横にいなした。
 そこまでヤワな体幹はしていない、よろけることはなかったが、大剣を構え直しているうちにアノニムは素早く槍の間合いへ退く。それから鋭く槍を突き繰り出した。
 槍は後ろに避けても無駄だ。横にかわして槍をすり抜けアノニムの懐まで飛び込む。さっきよりも深く近い位置だ。だが、大剣で腹を殴りつける一瞬前に、引き戻された槍の先が大剣の柄を握るタンジェの手の甲に突き刺さった。反射的に緩まった手から大剣を掬い上げるように、槍が跳ねる。一瞬にしてタンジェの手から大剣が持っていかれて、追い縋ろうとしたときには大剣はアノニムの足元に転がっていた。それからアノニムは落ちた大剣を地面に縫い付けるように、槍を刃の上に突き立てた。
「……くそ!!」
 武装解除。タンジェの負けだ。
「しょ、勝者、アノニム選手です!」
 タンジェだって、確かに、慣れない武器ではあった。それにしてもここまで歯が立たないものか!?
 アノニムは別に何てこともないように舞台を立ち去っている。……次の試合の邪魔になる、タンジェも移動した。
 悔しい、悔しすぎる、が、こうも完膚なきまでにやられては、言い訳も立たない。決着をつけるのが目的だ、と言うのなら、それは達成した。タンジェの負けという形で。

<< >>

ベルベルント復興祭 7

 タンジェとラケルタ、それから試合を邪魔した犯人が連れ立って待機室に向かっているのを見て、闘技場のスタッフが慌てて走り寄ってきた。
「先ほどの試合の妨害者ですか!?」
「そうだ。これから待機室で話を聞こうと……」
「ほかの選手もいますから、別室がいいでしょう。スタッフも聞き取りに参加します」
 それはありがたいことだ。スタッフはすぐに待機室とは別の控え室を開けてくれて、タンジェとラケルタはそこに犯人を放り込み、椅子に座らせた。犯人は観念したらしく大人しくしている。
 少し遅れてスタッフが2人、紙とペンを用意して入室してきた。スタッフがさっそく話しかける。
「では……試合を妨害した理由を話してもらいましょう。まずはあなたの名前から」
 犯人はため息をつき、
「ライライだ。売れないスクロール書きでね」
 スクロールというのはサナギがよく書いている、あのトラブルの元だ。かつてタンジェもトリカという女に呪縛じみた魔法をかけられたことがある。読み上げれば魔力がなくても疑似的に魔法が放てるのだ。昔は巻物に書いていたからスクロールという名前だが、今は本型が多い。使い切りのものがほとんどで、そのくせ値段は馬鹿みたいに高い。
「私たちの試合を邪魔したあの炎の玉も、貴殿のスクロールによるものか」
「そうだ」
「何故、試合の邪魔をした?」
 ライライは肩を竦めた。
「頼まれたからだよ」
「頼まれた!? 誰にだよ!?」
「……」
 急に黙るライライ。思わず胸倉を掴みかけるタンジェを、ラケルタが制止する。
「もしかしてですが……」
 スタッフの1人が言った。
「ライライさんは、選手入場口にいましたよね。観客は観客席以外は立ち入り禁止ですから、入れるとしたら関係者……運営スタッフか選手です。しかし選手では部外者を中に入れる手引きはできませんから……」
「つまり、頼んだ相手は運営スタッフ……そいつが、ライライを闘技場の中に入れる手引きもした?」
 タンジェが言葉を引き継ぐと、ライライは「やれやれ、そうだよ」と両手を挙げて降参らしきポーズをした。
「おい、なんで運営スタッフが俺とラケルタの試合の邪魔を依頼なんかすんだよ!?」
「心当たりがまったくないのか?」
 逆にライライに尋ねられて、タンジェは面食らった。少し考えるが、いや、やはり心当たりはない。
 その様子を見ていたライライは息を漏らして呆れたように笑う。
「依頼はな、タンジェリン・タンゴ、お前の試合を台無しにしろということだったよ」
 名指しされると思わなかったので、タンジェは思い切り眉根を寄せた。ライライは続けた。
「僕に依頼をしてきたのは、ルワンだ」
 知らない名前だ。そんなやつに恨まれる覚えはない。だがスタッフは顔を見合わせて、微妙な顔になった。
「なんだよ……知ってんのか?」
「あの……タンジェリン選手が予選会でぶっ飛ばした審査員です……」
 スタッフが気まずそうな顔をして言う。タンジェは頭を抱えたくなった。逆恨みだ!
「そういうことだ、分かったろ? ルワンはお前に恥をかかされて、そのお返しをしたかったというわけさ。それでお前の試合を台無しにしろと僕に依頼してきた。僕の手製のスクロールでそれができたなら、贔屓の客になってくれると言うのでね」
 スクロールを使うならライライから買って自分でやればいいだろうに、わざわざライライにやらせてるってのもまたセコい。それにしても、
「だがてめぇよぉ……明らかにラケルタを狙ってたよな!?」
「もっと手前の地面を狙ったつもりだったんだよ、まあ炎上したのは剣だけだったんだからいいだろう」
「そんな精度だから売れねえんだろ!」
 途端に、ライライは明らかに不機嫌になる。
「スクロールを書くのは難しいんだ!! お前のような脳筋には分からんだろうがな」
 サナギがすらすら書くので、時間はかかれどそれほど難しいものだという認識は、正直なかった。サナギを基準に考えたのが悪かったのだろう。
 とにかく、とライライは噛み付くように言った。
「罰するなら僕ではなくてルワンだろう!」
「開き直ってんじゃねえ!」
「ふん、お前も僕のおかげで勝てたようなものだろう? 劣勢に見えたぞ!」
「んだと!?」
 今度こそ掴みかかってしまったが、スタッフが2人がかりで、
「暴力沙汰はやめましょう、こっちもあなたを失格にしなくちゃならなくなる!」
 タンジェを止めた。ほとんど譲られた勝利だ、これでタンジェが失格になっては、ラケルタに申し訳が立たない。舌打ちしてライライを放した。
 タンジェが落ち着いたのを見届けてから、スタッフ2人が話し合う。
「ルワンを問い詰めますか?」
「特に怪我人や被害は出なかったから、厳重注意くらいしかできなさそうだが……」
 タンジェに対するルワンの個人的な恨みだ。あまり騒ぎ立てて復興杯の運営に支障が出るのはよくない。
「ライライが捕まった今、もうルワンに俺の試合を邪魔する方法もねえだろ?」
「そうですね。厳重注意ののち、念のためルワンは私が見張るようにしておきますよ」
「充分だ」
 ライライも改めてスタッフ2人に次はないことを告げられ、解放された。片方のスタッフはルワンのもとへ、もう1人はライライに付き添ってやつを闘技場の外へと送り届けた。
 タンジェとラケルタは控え室を出ながら、
「ライライを解放してよかったのか? タンジェリン」
「俺のセリフだ。怒るとしたらてめえだろ。あいつのせいで危うく焼かれかけたし、試合にも負けたんだぜ」
「貴殿が危険を察知したから私は無傷だったんだ。これで私が勝利や試合の継続を主張しては、そんな筋の通らないこともあるまい?」
「そうか?」
 悔しくねえのか、と尋ねると、
「そうだな。別に貴殿とはいつでも戦える」
 もちろん模擬戦闘だ、とラケルタは言った。
「黒曜ともよくしているだろう?」
「まあな」
 確かにそうだ。いつだって戦える。夜会の中庭で。
 闘技場の出入り口と参加者待機室の分岐点で、ラケルタが「それじゃあ、私は夜会の屋台に戻る」と言った。
「残りの試合、観ていかねえのか」
「そうしたいのはやまやまだが、暑くてな……」
 それはそうか。タンジェは手に持ったままだったジュースの瓶を渡した。
「親父さんや娘さんと飲んでくれ」
「いいのか?」
「ああ」
「感謝する。らけるも喜ぶよ」
 たかがジュースだが、午前中すっかりヒマになってしまったらけるとラケルタにとって少しでも慰めになれば、と思う。

<< >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /