カンテラテンカ

ベルベルント復興祭 6

 それにしても、1回戦だけでも実に20試合近くあることになる。40人近い数のトーナメントだから、全部の試合もだいたい40戦くらいだ。制限時間はなく、決着――戦闘不能、降参、あるいは武装解除、つまり武器が使えなくなった時点で敗北だ――がつくまで試合は続く。
 開催予定時間は午前9時から正午までの3時間だから、1試合の時間は4分から5分くらいを想定してるのだろう。当然、それより早く決着がつくものもあれば、それより長引く試合もあるだろうが。
 参加者は待機室で待っていてもいいし、立ち見席でよければ客席に出て試合を観戦してもいいとのことだった。タンジェとラケルタの試合は12番目。少し時間があるので暑いが試合を観戦することにする。
 観客席は満員の大盛況で、歓声やら応援やらで騒がしい。最上段には立ち見席を兼ねた通路があって、たとえばホットドッグやらの、片手で食べられるフードの屋台がいくつか出ていた。
 往来の邪魔にならない位置に立って試合の様子を見ていれば、予選会で参加者が絞られただけあってずいぶんレベルが高い。
 知り合いの参加者といえばブランカだ。彼の試合運びは鮮やかで、相手も雑魚ではないだろうに、一太刀も浴びぬまま攻勢を崩さず勝ってしまった。ただでさえ見目のいいブランカがその実力を遺憾なく発揮し、さらに声援をかける客席に軽く手を振るなどのサービスまでするものだから、観客席から黄色い悲鳴が絶え間なく上がっている。
 リカルドが言っていたズィークという名の参加者はどれだろうか。圧倒的な強さという視点でいえば、該当しそうなヤツは何人かいる。さすがに外見だけでは判断できなかった。まだ試合の順番が来ていない可能性もある。タンジェにはあまり関係ないと思ってよく見ていなかったが、トーナメントにはシードもあった。
 試合を見届けている審判は冷静かつ平等で、試合の交替もスムーズだ。手際はよく、運営にゴタつきはなさそうだ。マナーの悪いヤツはだいたい予選会で落とされたのだろう、負けて変に食い下がる輩もいない。
 だいたい30分ほど試合を眺めていたが、観客は大いに盛り上がっていた。屋台で売られているエールやドリンクは飛ぶように売れている。太陽に照らされて頭のてっぺんが暑い。そろそろ待機室に戻ることにする。

 待機室ではこれから試合のやつらがいて、リラックスした様子で過ごしている。敗者も特に後腐れなくどんどん立ち去っており、人数は減るばかりだ。当たり前だ、1回戦で参加者は半分の20人近くまで減るのである。
「緊張しているか?」
 隣に腰掛けてきたラケルタが尋ねた。
「いや」
 素直に答える。この手のイベントの参加は初めてだが、タンジェは自分でも驚くほど緊張していない。我ながら大した度胸である。
 とはいえ、言っているラケルタのほうだって緊張しているようには見えなかった。ここで緊張して動けなくなるようなら、そもそもお祭り剣闘なんか参加しないだろうが。
「若いのに大した胆力だな」
 褒めすぎだろ、とタンジェはぶっきらぼうに言って返した。ここにいる中で緊張しているやつなんかほとんどいないはずだ。
「そういや、アノニム見かけたか?」
 ふと思いついて聞いてみる。朝も見かけなかったし、ウォーミングアップもタイミングが違ったのか会わなかった。トーナメント表では名前が並んでいたので、アノニムの試合はタンジェとラケルタの試合直後のはずだ。
「先ほどまでいたよ。もう間もなく試合だ、選手入場口まで移動しているのではないか」
 私たちもそろそろ移動しよう、と言うので、2人で選手入場口まで移動した。入場口には試合を待つ数人の参加者がたむろしていて、その中に確かにアノニムもいる。目は合ったが、特に会話するでもなく自然に視線を逸らした。
 現在進行形で進んでいる試合が終わると、入れ替わるように参加者2人が舞台へと出ていった。そいつらが11番目の対戦カードらしい。そうなるとその次がタンジェとラケルタの試合だ。特に呼びかけがなかったので気付かなかったが、思ったよりギリギリだった。
 前の対戦は3分ほどで決着。名前も所属も知らない男が勝っていて、名前も所属も知らない男が負けている、としか言いようがない。向こうにとってもタンジェとラケルタの試合はそんなもんだろう。
 勝敗を決した11番目の試合の2人が戻ってくる。入場を促されたので、入れ替わりで舞台に出た。

 暑い。
 拍手と歓声。太陽が地面に反射してまぶしい。
 武器を選ぶように言われて、この数週間で特訓を重ねた大剣を握る。
 ラケルタも武器を選んでいる。彼は剣士だ、迷わず片手剣を手に取った。
 審判に指示されるまま、開始位置に立った。剣を構えるラケルタと向かい合う。
「では――はじめ!」
 審判が号令をかける。
 先手必勝! 守りに徹するのは性に合わない。大剣を構えたままラケルタに突っ込み、まずは上段から振り下ろす。
 ラケルタは受けず回避で初撃を流し、タンジェの右手側に回り込む。ラケルタが素早く袈裟斬りに振った剣は、強引に引き戻した大剣の刃部分で受けた。しばし鍔迫り合い。だが、技術はともかく怪力なら負けやしない。
 分が悪いと悟ったらしくラケルタはすぐに剣を引く。タンジェも合わせて大剣を構え直す。
 次はラケルタからの攻撃だ。顎を狙った鋭い切り上げ、木製武器だろうが当たったら一発で意識を持ってかれる。半歩下がって回避し、ラケルタの追撃は大剣で弾いた。
 ラケルタの剣戟は特別、疾くはない。回避はできる。一撃が重いということもない。受けることも可能だ。ただ、とにかく隙がない。剣を構え直すほんの一息や、視線を俺から外すような油断の一瞬もない。攻めあぐねる。
 そこでラケルタの背後、タンジェの視界の端に、何か光るものが見えた。――なんだ?
 タンジェのその一瞬の隙を見てラケルタが斬り込んでくる、が、タンジェはラケルタの攻撃をかわしたあとラケルタの腕を掴んで無理やり横に引き倒した。咄嗟の判断だった。急に引かれたラケルタの手から木製武器がすっぽ抜ける。
 剣が転がった先は今さっきラケルタがいた位置で、そこに突如、炎の玉が2発突き刺さった。剣が炎上する。舞台の地面は砂なので燃え広がることはないだろう。ただ、その炎の玉は明らかに反対側の選手入場口から放たれたものだった。
 タンジェたち復興杯の参加者は、全員が西側の選手入場口から出退場している。東側の選手入場口は誰もいないはずだ。しかし目をこらせばそこに人影が見え、そいつは身を翻して立ち去ろうとするところだった。やつが突然、ラケルタに向かって火を放ったのだ!
「てめぇ!!」
 タンジェが追おうとするのを、立ち上がったラケルタが制止した。それから、
「武器が使えなくなった、私の敗北だ! 私が追う!」
 審判とタンジェに言い放ち、選手入場口へ駆けていく。
「待てよ、そうはいかねえだろ!!」
 確かに武器が使えなくなった場合も敗北条件に数えられている。しかし外部からの攻撃によるものだ、あんなので決着というのは納得がいかない。
 だいたい、なぜ試合に邪魔が!?
 犯人を追うラケルタをさらに追う。背後から審判が、
「と、ともかく規定に則り、ラケルタ選手は武器を使えなくなったものと判断します! 勝者はタンジェリン選手! 2回戦までに戻ってくるように!」
 観客は戸惑うようにザワついていた。タンジェの勝利はほとんど不戦勝だったが、それへのブーイングより、復興杯が中止になりやしないかと心配している様子だ。不戦勝はタンジェとしては不本意だが、文句を言っている間に犯人とラケルタは遠くに行ってしまう。
 幸い、運営の続行の決断は早く、復興杯はつつがなく次へ進んだ。次の試合はアノニムだが、問題なく戦うだろう。

 タンジェとラケルタの試合を邪魔した犯人は、頭からボロ布を被っていて、後ろ姿では男か女かも判断できない。ようやくラケルタに追いつき横に並ぶと、
「何故ついてきた!?」
「炎の魔法を使う相手なんだ、戦いになるかもしれねえ。1人より2人だ!」
 しかも、ラケルタは丸腰だ。ラケルタはしばらく黙ったあと、
「分かった、2人で捕まえよう。素性と動機を聞き出す!」
 タンジェは頷いた。
 前方を駆ける犯人は、闘技場の廊下を突っ走り、観客席へと躍り出た。屋台の並ぶ立ち見席の隙間を走り抜けていく。
 タンジェは屋台の店先にあったジュースの瓶を掴んだ。
「金は払う!」
 店主に言って、店主が目を白黒させている前で俺は瓶を振りかぶった。こう見えて、投擲にはちょっとした自信がある。タンジェがぶん投げた瓶は吸い込まれるように犯人の頭に向かっていき、そして、ぶつかった。
「ぐえ!」
 犯人が頭を抱えて蹲る。タンジェが瓶を投げている間にもラケルタが追い続けていて、立ち止まった犯人をようやく捕まえた。
 瓶は地面に転がったが割れはしなかったようだ。犯人の頭への衝撃も記憶がぶっ飛ぶほどではなかっただろう。これでゆっくり話が聞ける。
 タンジェは瓶を拾い上げ、ジュース屋台に金を支払ってから、犯人とラケルタと一緒に参加者の待機室へと向かった。犯人はもう抵抗はしなかったが、こんなところで詰問したら周りの観客が不快に思うだろう。
 舞台ではアノニムが戦っている頃だろうが、観る余裕はない。立ち見の観客の中にはタンジェたちを見て驚くものもあったが、だいたいはもう切り替えて今の試合を応援していた。

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ベルベルント復興祭 5

 受付を済ませて闘技場の中に入ると、すでに参加者が大勢いて、廊下の壁一面にでかでかと貼られたトーナメント表前に集まっている。
 当然タンジェも対戦相手が誰か確認したいのだが、背伸びをしても見えなかった。いや、タンジェだって別にそこまで小さいわけじゃない。同年代の平均くらいはあるはずだ。だが予選会を突破した奴らはやはりガタイがいいやつばかりなのだ。
 結局、集合時間の8時までにトーナメント表を見ることはできなかった。集合の声かけに応じて仕方なくその場を離れ、参加者の待機室に移る。これから1時間ほど自由にウォーミングアップ等をして構わない旨伝えられて、参加者は各々散っていった。会場で身体を温める者もいれば、待機室で身体を休めておく者もいるようだ。
 タンジェは廊下に戻り、ようやく壁に貼られているトーナメント表を見た。参加者は、正確には数えていないが40人を少し超えるくらいで、自分の名前を探すのにも苦労する。やっと見つけた、と思ったら、タンジェの名の横に書かれた名前が意外なもので、思わず二度見してしまった。
「3位まで賞品が出るとのことだから」
 と、急に背後から声がかかった。
「それらを1つの宿に独占されないよう、早い段階で同じ宿の参加者をぶつけ合う方針らしいな」
 ワイシャツにいつもの黒いジャケット――学ランというらしい――を肩にかけたらけるが立っていた。いや、瞳が金色だ。ラケルタである。
 1回戦のタンジェの対戦相手だった。
「てめぇ、出るなら言えよ」
 会話するのは久しぶりだ。日常生活で彼はほとんどらけるでいる。先のベルベルント防衛戦で、さすがにらけるは引っ込み、ラケルタが出てきているのは見かけたのだが、とても会話できるタイミングはなかった。こうして言葉を交わすのは、実にカンバラの里以来である。
「ああ。参加受付もギリギリだったのだ。参加を巡ってらけると揉めてな」
「揉めた?」
「らけるのほうに参加意思はなく、彼は翠玉と祭りを見たいと。誘ってはみたが断られたので、予定がなくなりこうして私に時間を譲ってくれたわけだ」
 なるほど。それは、らけるには気の毒なことだ。
「てめぇはこういうの好きなのか」
 ラケルタはらけるに比べて"真面目な武人"という印象だったので、こんなお祭り騒ぎに便乗するのは意外だった。思わず尋ねると、
「たまに技術を披露する場がなければ、剣も鈍ろうよ」
 涼しい顔をするのだった。
「タンジェリン。貴殿の目的がアノニムとの戦いであることは知れている」
 ラケルタはトーナメント表を指す。
「1回戦で私か貴殿、勝ったほうが、2回戦でアノニムと対戦だ」
 アノニムが1回戦を勝ち抜けば、とラケルタは言い添えた。星数えの夜会の参加者は俺、ラケルタ、アノニムの3人で、トーナメント表できれいに横並びになっている。アノニムの1回戦の対戦相手は知らない名だったが、確かにアノニムがここを勝ち抜けばタンジェかラケルタ、どちらかと戦うことになる。
「……」
 慣れない武器でラケルタに勝たなければならない、というわけだ。誰が相手でも負ける気でやるつもりはないが、黒曜をして『相当な剣の腕』と言わしめるラケルタとどう戦ったものか。
「しかし、あと1時間も待機というのは長いな」
 ラケルタがぼやくように言った。内心で同意する。ただ、40人近い参加者全員が一気に闘技場に出ることはできない。たとえば5人ずつ交代でウォーミングアップしたとすれば、だいたい8組が使うことになるわけで、そうなれば各組が使える時間は7分半しかない。
「てめぇもちょっとは身体を動かしておくんだろ」
「そうしたい気持ちはあるのだが……動くと体力を消耗する」
「ああ……暑いからな」
 闘技場は円形のコロシアムで、スリバチ状の観客席にも闘技の舞台にも屋根はない。直射日光をもろに受けることになる。戦闘に備え、室内で身体を休める者がいるのも納得の暑さだった。
「なるべく屋根の下にいるつもりだよ」
「そうか、直射日光が当たらねえだけマシか」
「ああ」
 許可は得ているとはいえ、らけるの身体にあまり負担もかけたくはない、とラケルタは言った。
「らけるは参加意思はなかったんだったな」
「ああ、ただ、あれだけきっぱり断られては、⁠開き直るほかなかろうな。復興杯に関しては私の好きにしてくれ、とのことだ」
「そもそもなんで断られたんだ?」
 別に興味があるわけではないのだが、どうせここで話を切り上げてもヒマな時間が続くだけなので尋ねてみた。ラケルタは、
「翠玉には先約があったのだ。ずいぶん前から、午前中はポラリスと祭りを回ると約束していたらしい」
「それじゃあ仕方ねえな」
 ポラリスというのは星数えの夜会に所属する冒険者の1人で、自称人魚の女子だ。ちょっとやかましいだけで悪人でないことは分かるのだが、タンジェの苦手なタイプで話をしたことはほとんどない。ただ翠玉と仲が良いことは普段の様子で知れていた。友人同士の間に割り込んだっていいことなんか何もない。
「そうだな。だかららけるも大人しく引き下がったのだが、それで午前中は予定がカラになってしまったので、こうして私も復興杯に出られるというわけだ」
「午後はどうすんだ?」
「祭りを見たいと思っているようだが……らけるは一緒に回る相手を探しているよ。タンジェリン、どうだ?」
 日頃つい適当にあしらってしまうものの、別にらけるを邪険に思っているわけではない。祭りを回るのも嫌というわけではないのだが……脳裏に黒曜との約束が浮かぶ。黒曜と祭りを回りたいのが正直な気持ちだ。
「……俺も先約がある」
「なるほど、今日のらけるはツイてない」
 ラケルタは笑った。
「気にするな。翠玉はポラリスとの予定は午前中だと言っていた。午後は空いているかもしれないからな、また声をかけてみるように言っておく」
 つくづく、お人好しというか……『いいヤツ』だ。

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ベルベルント復興祭 4

 復興祭当日の朝。
 朝早いタンジェよりさらに早い親父さんが鉄板を抱えて屋台のほうへ出発するのに居合わせた。
「鍵とかはどうすんだ? 親父さんは今日はずっと屋台なんだろ」
 親父さんが夜会から長時間――今回の場合、ほとんど丸1日――外出するのは初めて見る。普段から買い物もほぼ娘さんや俺たちに頼んでいて、彼が外に出ることは少ない。思わず尋ねると、
「何人かでローテーションを組んで、夜会がカラになることがないようにしてくれとる。ワシもこまめに様子を見に来るよ」
 という回答があった。
 この星数えの夜会も気が付けば所属冒険者が増えて、結構な大所帯になっている。その冒険者たちの何名かが順番に宿の留守番をする方針らしい。タンジェは特に声をかけられなかったので、別のパーティの奴らの間で決まったことなのだろう。顔と名前くらいは知っているが、他のパーティのやつらとはあまり会話もなく、交流は少ない。中にはらけるのように向こうから話しかけてくるやつもいるが。
 今日、夜会の食堂や宿泊施設が休業になることは、屋台を出すのを決めた日からしっかり告知されている。夜会は不便な立地もあって客はほとんど常連で、急な客というのはめったに来ないから、1日の休業くらいは問題ないのだろう。
 親父さんを見送ってから適当に朝食をとる。ジョギングをしに出ようかと思ったが、普段のコースもすでにお祭り仕様に飾られていて、とても走れる状態じゃないことを思い出し、諦めた。
 そうなればタンジェにできることは筋トレ、ストレッチ、あるいは解錠の特訓といった盗賊役のスキル磨きだ。ただ、今はそれらに加えて選択肢がひとつ増えた。実は最近、手のひらサイズの木を削って、木彫りの動物を作っている。ペケニヨ村が滅ぼされる以前にたまにやっていたのを、ふと久しぶりに再開しようかと思いついたのだ。
 上手くはない。タンジェは芸術センスはないほうだし、そもそも手先もそんなに器用ではない。ただ、再開して最初に作った木彫りのネコを黒曜が欲しいと言って、くれてやったら自室の窓辺に飾り出したので、それがなんとなく嬉しくて続けている。
 今回の材料の木材は、黒曜との戦闘訓練でここのところ使っていた木製武器の破片である。タンジェが最初の頃に叩き折りまくったものだ。今でこそ簡単には折らなくなっていたが、初日と2日目あたりはずいぶんな数の木製武器を折った。ほとんどは厨房の薪に使われることになったが、手のひらサイズの破片はもらってきたのだった。
 さて、何を作ろうか。少し考え、せっかくなのでヒョウを作ろうかと思い立つ。ただ、タンジェは本物のヒョウというのを見たことがない。子供の頃読んだ図鑑の記憶で、だいたいの姿くらいは分かるのだが……。図鑑ならサナギの部屋にあるかもしれないと閃いた。だが朝遅いサナギのこと、こんな早朝に起きているわけもない。勝手に部屋に侵入するのは、当たり前だが憚られる。
 悩んでいても着手できないので、ひとまずだいたいの記憶で作ってみることにした。失敗したら、そのときに図鑑を見ながら作ればいい。そもそもそんなに凝るような趣味でもないのだ。

 と言いつつ、夢中になって木を削っていたらいつの間にか7時半近くになっていた。復興杯は9時からだいたい正午までで、集合は8時だった。そろそろ出発の準備をしなければ。
 手に乗っている木彫りのヒョウは、改めて見れば最初に作ったネコとほとんど同じ造形である。別に文句を言ってくる相手はいないので、気にせずそれを机に置いた。木くずをはたき落とし、床と机を簡単に掃除する。それから階下に下りると他のみんなももう起き出した頃で、宿に常駐している冒険者だけで結構な賑わいになっていた。
 黒曜が席で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいて、こちらに気付くと「おはよう、タンジェ」と声をかけた。応じてあいさつを返すと、
「今日の予定は?」
 続けて尋ねられたので、
「午前中は復興杯だ。午後は……特に決めてねえ」
「一緒に祭りを回ろう」
 すました顔で誘われた。一瞬面食らったが、
「お、おう」
 比較的素直に応じることができた。
「13時には復興杯も終わって落ち着く頃か?」
「そうだな。昼飯にはちっと遅えが」
「午前中は夜会で待機しているつもりだ。復興杯が終わって一段落したら顔を出してくれ」
「おう」
 頷いて会話を切り上げる。闘技場に向かおうと食堂を横切ると、
「おはようございます、タンジェさん!」
 娘さんの元気な声がした。あいさつを返す。
「復興祭は9時からですよね。私もそろそろ屋台の準備を手伝いに行かなくっちゃ」
 身支度をすっかり整えた娘さんが焼きそばの材料を抱えている。前が見えていなさそうだ。
「……貸せよ。ついでだから運んでやる」
 焼きそばの材料を、娘さんから引ったくるようにして奪う。娘さんは目を丸くしたが、
「ありがとうございます! 屋台の場所まで案内しますね!」
 素直に礼を言って、タンジェを外へと誘導した。
 人に素直に甘えられる娘さんの気質を、羨ましい、と思うことが、なくはない。もっとも、羨んだところでたぶんタンジェはそうはなれない。なれたら黒曜の手を握るのに苦労はしないだろうが……黒曜だってタンジェの気質は承知しているだろう。焦ることもない。
 親父さんのいる夜会の屋台は大通りの一角に設置されていた。設営は終わっているらしく、親父さんは周囲の手伝いをしながら人々と談笑をしている。
「お父さん!」
 娘さんが声をかけると、親父さんが振り返り片手を上げた。
「おう、来たか。タンジェ、復興杯はいいのか?」
「ついでだ、これから闘技場に行く」
 持ってきた焼きそばの材料を屋台の後ろに下ろした。親父さんと娘さんの礼を聞きながら闘技場へと足を向ける。
 まだ朝も早いというのに、太陽の光は力強い。今日も暑くなりそうだ。

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ベルベルント復興祭 3

 3週間という期間は、短くはない。しかしちょっとした依頼や黒曜との戦闘訓練なんかをこなしていればあっという間だ。
 その間、らけるは親父さんや娘さんと焼きそばの完成度の追求をしていて、味見係にされたタンジェは、散々それを食わされる羽目になった。
 材料の収集はともかく料理をするのは親父さんなので、もちろん最初から不味くはなかったし、完成度が上がっていくさまを味わえる楽しさはあったのだが、流石に1週間もすれば、飽きる。それでタンジェは味見役をパーシィに押し付けた。パーシィはどうも味覚がトンチンカンなようなので、味見役として適正かは知らない。だが飽きずに毎日3食でも焼きそばを食い続けられる点で言えば適任ではあるはずだ。
 それから、ベルベルントは日に日に暑い。じりじりとした暑さだ。
 最初にベルベルントに来てからいよいよ1年が過ぎ、巡ってきた夏の暑さを懐かしく、また疎ましくも思う。エスパルタに比べて湿気が多く、高い建物と石畳に焼かれるような蒸し暑さだ。
 猛暑下での戦闘はずいぶん体力が削られる。黒曜との戦闘訓練も、日中の炎天下を避け朝か夜に行っている。

 予選会は参加申請から1週間後に行われた。
 場所は闘技場だ。参加の申し込みの際に伝えられた日時に闘技場に行くと、結構な数の予選会参加者が集まっている。
 予選会は、予選審査員と手合わせをして審査員に認められれば――要するに、審査員に勝てば――通過できるらしい。あくまで復興杯当日までは参加者同士は戦わないということだ。まあ、予選会でそんな複雑なマッチングを組むのは煩わしいだろう。
 アノニムも参加の申し込みはしているはずだが、予選会はいくつかにグループ分けされており、姿を見かけなかった。まあアノニムは予選会くらい簡単に突破するだろう。
 周囲を見回せば――ブランカは「すべての冒険者宿の戦士役が出るとしたら」などと言っていたが――確かにみんな風貌は戦士役らしい。ただ、全員が全員、筋骨隆々の力自慢かといえばそういうわけでもなく、中には小柄なやつもいたし、子供も老人も女もいた。若い男に偏ってこそいるものの、老若男女が揃っていると言っていいだろう。
 すでに何人も闘技場の中で予選審査員と戦闘をしている。タンジェは番号札を渡されて、指定された場所で大人しく順番を待つことにする。それほど待たずに番号が呼ばれ、案内されるままに前に出れば、まずは運営側で用意された木製武器を選ぶように言われた。
 スタンダードな片手剣のサイズと、大きめの両手剣サイズ、それから長柄のごく平均的な槍のサイズの木製武器だった。
「……これだけか?」
 思わず案内してくれたスタッフに尋ねると、
「いやぁ、いろいろ要望はあったんですが。全員の要望に応えるのはちょっと無理なので、中型、大型、長柄の3種でと決まりまして……」
 冒険者の中にはごくマイナーな武器を扱う者も多い。タンジェの使う戦斧は市場にもよく出回っている武器だが、緑玉のトンファーなんかは流通も少なく、メンテナンスや修理が手間だとぼやくのを聞いたことがある。確かにそんなマイナー武器まで細かく用意はできないだろう。それなら武器種は絞ったほうが公平だ。
 とはいえ、どれもタンジェには馴染みがない武器である。一つずつ持ってみて、一番重い両手剣にした。それでも木製だから普段使っている戦斧よりはるかに軽いのだが、片手剣はそれより軽すぎて、長柄は間合いが違いすぎる。
 軽く何回か振ってみたが、刃の大きさも柄の位置と幅も何もかも違うということが分かるだけだった。これで戦うのか……きついかもしれない。
 武器を選んだならすぐ審査員との戦闘だ。両手剣を持って歩み出ると、審査員がタンジェを上から下までじろじろ見てくる。それから審査員は、
「盗賊役はお呼びじゃねえって分からねえか?」
 と鼻で笑った。
 その言い草に覚えがあるのでよくよく審査員の顔面を見てみると、闘技場を勝手に自治している例のコミュニティの一員で、以前にタンジェがぶん殴った奴だと分かった。タンジェの予想に反して、あの自治連中は運営側らしい。よほど人手が足りないと見た。
「戦士役に紛れて盗賊役が出場したって恥かくだけだぜ」
 昔だったらもうぶん殴っていた。が、タンジェは自分で思ったより冷静に、
「別に役職に関しての規定はねえだろ」
「ふん、まあそうだな。そもそもここを通過しなけりゃ出られもしねえんだ」
 審査員が片手剣を構える。ずいぶんな自信と余裕だ。彼の実力のほどは知らない。長く闘技場を我が物顔で使っているのだから、まさかボンクラということはないだろうが……。
 タンジェも両手剣を握り、開始の合図を聞いてから、まず手始めに審査員の胴を狙って横薙ぎにした。素早く反応した審査員は片手剣で受ける。が、次の瞬間、タンジェの握った両手剣とそれを受けた相手の片手剣は粉々に折れ砕けて、審査員は衝撃で十数メートル後方へ勢いよくぶっ飛んでいった。
「……」
 タンジェの手に両手剣の柄だけが残っている。
 なるほど、とタンジェは一人で頷いた。タンジェの馬鹿力で何の考えもなしに木製武器を振るうとこうなるらしい。審査員はぶっ飛んだ先で頭を打ったらしくノびてしまっていた。
「……」
 周囲のスタッフが少しの沈黙のあと相談し合い、恐る恐るという様子で、
「ではあの、予選通過ということで……」
 それでいいのか。

 ともあれ予選通過というなら当日の復興杯には出られる。集合時間、それから対戦相手は当日公開のトーナメント表を参考のこと……などの事務連絡を受けて、タンジェは闘技場を後にした。

 ――のちにアノニムには「武器を折るなんざ三流だな」と鼻で笑われた。彼はだいたい棍棒で敵を殴りつけているが、確かにそれが折れるのを見たことはない。木製武器を扱うには単に力任せではなく、それなりの技術と力加減が必要だ、ということらしい。
 復興杯までの残り2週間分、黒曜との戦闘訓練は木製武器での立ち回りと力加減というテーマで行われた。

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ベルベルント復興祭 2

 街はまるで聖誕祭でも待つかのような賑わいで、どこか浮かれて落ち着かない様子だった。しばらく沈んでいたベルベルントだったが、市民たちの活気に溢れている。本番前でこの調子なら、役所もイベントを企画立案した甲斐があったというものだろう。
 普段は役所になんか用はないのだが、場所くらいは知っている。騎士団詰所の横にある、やたら立派な建物がそれだ。街のシンボルは時計塔と聖ミゼリカ教会に譲っているから高さはそれほどないが、ベルベルントの中でも相当古くからある建物である。その歴史ある重苦しい面持ちは迫力があり、こっちはこっちで観光客には人気があるらしかった。
 重厚な扉を開ける。復興祭実行委員会の場所を探すと1階にそれ専用の窓口が設けられていて、様々な催しの手続きをする人々でいっぱいだった。
「ずいぶん混んでやがるな」
 言うと、黒曜は頷いた。
 窓口はさらに小分けされていて、復興杯係の受付もなかなか人が途切れない。番号札を手に入れて順番を待つ手順のようで、タンジェは窓口の横に置いてある札を取った。
 列から外れたところに見かけた顔があるのに気付く。思わず声をかけた。
「ブランカ」
「おお、タンジェではないか!」
 街中だというのに派手な金色の鎧を身につけているブランカは、こちらを見て元気よく片手を挙げた。悪魔との戦いのおり知り合い、彼には……借りもある。ただ、あれ以来、今の今まで会う機会はなかった。どこの宿の所属かも知らないし、たぶんブランカだって忙しくしていただろう。
 ブランカはニヤリと笑い、
「タンジェも復興杯に出るというわけか?」
 タンジェは頷いた。同じ問いを返すと、
「うむ。こんな楽しい催し、出ないほうが損というものだ」
 賞品目的ではなさそうだ。戦闘を楽しむタイプの人間らしい。タンジェの脳内に、盗賊ギルドで戦ったギャジの顔面が思い浮かぶ。あれとかなり印象が違うのは人徳だろうか。 
 ひとまずタンジェはそうか、と言い、続けて尋ねた。
「参加者はどのくらいいるんだ?」
「さてなあ。すべての宿の戦士役が出るとしたら100人規模になるのではないか? 予選でどこまで削られるかは分からん」
 と言ったものの、ブランカは「まあ、俺は戦士役ではないのだが」と付け足した。俺もだ、と返すと、ブランカは、
「お前ほどの戦闘力でも戦士役ではないのか。練度の高いパーティなのだな」
 褒め上手すぎる。タンジェの未熟を、きっと彼も知っているだろうに。一瞬、答えに窮したが、かろうじて「俺なんか怪力だけだ」と言った。
 だいたい、ブランカも戦士役ではないのなら、同じことがブランカのパーティにも言えるだろう。
「てめぇのところの戦士役は出ねえのか?」
「アロゥは興味がないと言っていたな」
 防衛戦のときにも聞いた名だ。会ったことはないが、そいつがブランカのパーティの戦士役らしい。
 黒曜もそうだが、実力者でも一定数、復興杯に興味がないやつはいるようだ。当たり前といえば当たり前か。
「19番でお待ちの方ー」
「おっと、では一足先に参加申込みをしてくる!」
 ブランカは自分の札が19番であることを確認しながら受付へと去って行った。
 入れ替わるようにして、また見た顔に会った。復興杯係の窓口から離れ、こちらに歩いてきたのは『午前3時の娯楽亭』のリカルドだ。
「お前は……」
 リカルドのほうもこちらに気付いたらしい。
「リカルドも復興杯に出んのか?」
「そんなわけないだろ」
 リカルドは渋面を作った。それはそうだ、さすがのタンジェでも予想できた答えだった。リカルドは戦士役には見えないし、こんなお祭りにはしゃぐタイプでもないだろう。だが、そうだとしたらこんなところに何の用が? タンジェが問う前にリカルドから言った。
「復興杯で、観戦者が勝敗を賭けるシステムを導入する、という案があった」
「……あ?」
 一瞬、何を言い出したのか理解が及ばずきょとんとしたあと、思わず眉を寄せた。つまり、それは……自分の勝負に、誰かが賭けるということか? タンジェは別に賭け事に対して潔癖というわけではないのだが、移動カジノ・シャルマンの一件以降、ああいう世界のことは嫌っている。自分の戦闘スタイルが観戦者全員に値踏みされるのは面白くない。
「ベルベルントにはカジノはないからな。賭け事に関しては一番造詣が深い娯楽亭にその相談が持ちかけられたんだ。だから俺が来たわけだが……安心しろ。案は棄却した」
 リカルドは腕を組んだ。
「慣れない運営が付け焼き刃で賭けのシステムを整えたところでトラブルの元だし、祭りそのものの治安悪化の懸念もある。そして何より……」
 最後のは独り言だろう。だが、確かにこう聞こえた。
「優勝者なんてほとんど決まってるみたいなもんだ」
「ああ? やる前から勝敗が分かるもんかよ?」
 聞き流してもよかったが、思わず問い詰めてしまった。
「……」
 肩を竦めるリカルド。
「まさか、八百長――」
 思い至ったことを思わず口に出すと、リカルドは「まさか」とタンジェの言葉に重ね、「そんな興醒めことはしないだろう」と呆れた顔で言った。
「気を悪くしたなら悪かったな。ただ、参加者の中に……並外れた戦闘技巧者がいるんだ。あいつが本気で戦えば、まあ、まず負けん」
 だから賭けなんかしたって不毛だ、つまらん、と続けた。
「そんなに強えのか?」
「俺が知る限りは、ベルベルントで一番強い」
 もっとも、とリカルドは言った。
「あいつが出たがったってわけじゃない。勝手に昔の知り合いにエントリーさせられたらしいな。本人にやる気はないから、案外さっさと負けて戻ってくるかもしれん。お前にだってワンチャンはあるさ」
「名前は?」
「ズィーク」
 そこでタンジェの持っている番号札の数字が呼ばれた。リカルドはそれに気付くと軽く手を挙げただけで別れのあいさつとしてさっさと役所を出て行った。
 手続きは簡単で、受付の窓口で復興杯への出場の意志を告げ、申込用紙に名前と所属を書いておしまいだ。
 それから、予選会の日時と、武器に関しては怪我や不正防止のため主催側で用意した木製武器を使用する……などの連絡事項を説明された。お祭り剣闘で生死の心配をしたくはない。慣れた武器でないのは誰しも同じ、公平を期すのにも悪くない条件だ。
 黒曜は役所の隅で待っていた。タンジェが手続きを終えて戻ると、黒曜は、
「友人が多いのだな」
 と言った。ブランカとリカルドのことだろう。
「友人ってほど親しくはねえよ。だがまあ、交流は広まったな」
 そうか、と黒曜は浅く頷いた。外に出る。
 何故か黒曜の耳が少し寝ている。表情自体はいつもの無表情なのだが、耳のせいで若干、ションボリしているように見える。手でも繋いでやろうかと迷う。しかし往来は人が多い。そっと手を出そうとしてみるものの、照れが入り握るところまでいかない。手を引っ込めてはまた手をほんの少し浮かせ、人が近づけばすぐに下ろす。
 そんなことを続けていたら、黒曜の手が動いてタンジェの手を取った。思いがけず「ォワ」と変な声が出た。今日はなかなかの暑さだが、黒曜の手は冷えている。黒曜はタンジェを覗き込んで目を細めた。
 黒曜はタンジェのやりたいことや言いたいことを察してこうして行動に移してくれる。
 嬉しいのだが、それに甘えてばかりいるというのもよくない。しかし生来の意地っ張りな気質がなかなかタンジェを素直にさせないのだった。

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