カンテラテンカ

NEMESIS 5

 昼前にもなると、タンジェの手際もなかなかのものだった。たまたま配架のついでに例の禁書庫の前を通る。普通に通り過ぎようとして、立ち止まった。二度見する。禁書庫の扉が細く開いていた。
「あ……?」
 ほんの僅かに、だが確かに。
 シルファニのような司書が何らかの理由で入室しているのかもしれない。入るな、と言われた、そしてタンジェは頷いた。……気にはなるが、入る必要はない。
 ブックトラックに配架の本がないか確認するため、禁書庫に背を向ける。すると、向かいの本棚の間からこんな声が聞こえてきた。
「マイラ! どこなの! マイラー!」
 ……女の声だ。静かな図書館で声を張り上げている。迷子らしい。
 広い図書館だから、そういうこともあるかもしれない。だが、……タンジェは背後にある禁書庫を見た。細く開かれた扉。まさか……?
「マイラ、お願い、返事して! マイラ!」
 子供が禁書庫に入り込んだ可能性に思い至る。――余計なお世話だ、司書たちに任せればいい。タンジェは与えられた自分の仕事だけすればいい。そう思ったのに、確認せずにはいられなかった。
 禁書庫の細く開いた扉に手をかけ、静かに開ける。
「おい、誰かいるのか?」
 声をかけた。
 中にいた者が振り返る。薄暗闇の中で、扉から入ったこちら側の光に僅かに目を細めたのは――ラヒズだった。
「――は?」
 目が合って、思わず声が出る。ラヒズは「おやおや」と言った。
「こんなところで会うとは奇遇ですねえ」
「何してんだてめぇ!」
 こいつ、マジで俺たちを尾けてるんじゃねえのか、とタンジェが疑う程度には、本当に縁がある。もちろんさっさと切りたい縁だ。
 だが、なんでラヒズがここにいるかはこの際どうでもいい。どうせ問い詰めてもたまたまとか言い出すだろう。問題はやつのいる場所だ。ここは呪いの本があるという禁書庫である。絶対にろくなことにならない!
「何、と言われましても。借りた本を返しに来ただけですよ」
「はっ。ここは禁書庫だぜ。正規の手続きは踏んでねえんだろ」
 それはそうですね、と言いつつ、確かにラヒズの手は禁書庫の棚に添えられていて、今まさに本を返した、その言葉に矛盾はなさそうだった。
 取り押さえたい。が、ここで取り押さえてどうする? 武器も持っていない。そもそも図書館の、おまけに禁書庫内で暴れるのも……。
 逡巡し難しい顔をするタンジェに、
「まあ、今日は休戦といきませんか?」
 ラヒズはにっこり笑った。
「……ちっ」
 タンジェは禁書庫の扉から一歩離れた。
「どうも。それではまたあとで」
 ラヒズは悠々と禁書庫から出て行った。タンジェは司書たちの姿が近くにないことを確認したあと、ラヒズが手を添えていた付近の本棚を確認した。ラヒズが"戻した"と主張した本は、いったいどれだ? もしかしたら、やつの目的の手がかりがあるかもしれない。
 だが不穏な本のタイトルが並ぶばかりで、どれも怪しく見えるし、どれも関係ないようにも思える。諦めて仕事に戻ろうか、そう思ったタンジェの目に、タイトルではなく著者名が飛び込んできた。

 ――サナギ・シノニム・C19

 タンジェの指が、その本の背をなぞる。タイトルへと向かう。

『<天界墜とし>についての研究』

<< >>

プロフィール

管理人:やまかし

一次創作小説、
「おやすみヴェルヴェルント」
の投稿用ブログです。
※BL要素を含みます※

…★リンク★…
X(旧Twitter) ※ROM気味
BlueSky
趣味用ブログ
Copyright ©  -- カンテラテンカ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS /  /