Over Night - High Roller 3
「移動カジノと闇オークションか……」
サナギはタンジェの報告を聞いて一つ頷いた。
「そこに緑玉が捕まってるなら、助けに行かないとね」
「もう3日も前のことだぞ」
パーシィが口を挟む。
「とっくに売られてしまっているのでは?」
本当に余計なことしか言わねえなこいつ、とタンジェが思っている横で、サナギが一瞬、難しい顔をする。パーシィの言葉に対する不快感を露わにした、というわけではない。温厚なサナギのこと、今更パーシィに対して思うところもないだろう。サナギは単純に、緑玉の行方を考えているのだ。
「これは推測だけど……。もし緑玉がすでに誰かしらの手に売られてしまったなら、黒曜と翠玉にとってはそのほうが動きやすいはず。サクッと奪い返して戻ってきててもおかしくない。盗賊ギルドで分かる情報を2人がまだ手にしてないとは思えないし……まだ戻ってこないということは、攻めあぐねているのだと思うよ」
「……というと?」
「警備が固いとか、立地が悪いとか、それでも情報が足りないとか……いくつか考えられるけど、まぁ、タイミングを窺っているんじゃないのかな」
「俺たちにしてやれることはねえのか?」
サナギはタンジェのほうを見てぱちぱちと目を瞬いたが、やがてニコリと笑って、
「あるよ。あるに決まってる。よし……作戦会議といこうか」
元気よく言った。
アノニムは折り悪く不在にしていて、タンジェはサナギとパーシィと改めて向き合う。
「まず俺の知ってる情報だけど……移動カジノ・シャルマン自体は多少のドレスコードはあるけれども、どちらかといえばカジュアルめのカジノだ」
はじめにサナギがそう言うのを聞いて、
「もしかして、俺が調べるまでもなかったか?」
「いや、緑玉がそこに捕まってるのはさすがに予想外だったよ。そもそも俺が頼んだのだし。……続けるね。シャルマンは出入りのチェックは厳しくないし、潜入は簡単だ。ただ、シャルマンの主催する闇オークションのほうはそうはいかない」
「まあ、誰彼構わず入れるもんじゃないだろうからな」
紅茶を飲みながらまるで他人事のようなパーシィが合いの手を入れる。
「シャルマンの中でもとにかく『目立つ』客が闇オークションに招待されるのさ。シャルマンのほうから声がかかるって話さ。スリリングな第2部はいかがですか、とね」
「詳しいな」
「正直、噂程度の知識なんだけどね……」
と、サナギは肩を竦める。
「とにかく、俺たちはシンプルに闇オークションを目指そう」
そして、と続けた。
「闇オークションで、緑玉を競り落とす」
「競り……」
タンジェはぽかんと口を開けた。サナギの提案にしてはかなりの力技だ、という印象である。
「他の参加者どもと真っ向から勝負すんのか? そもそも闇オークションは『招待制』なんだろ? 招待されるためにはカジノで大金を稼がなくちゃならねえ。だが……ギャンブルなんて時の運だろ」
そんな都合よくいくのかよ、と続けて尋ねるタンジェ。
「とにかくカジノで大勝ちする..……となればやることは一つさ」
「というと?」
サナギは最高のイタズラを仕掛けるときの子供みたいな顔をした。
「イカサマだよ」
咄嗟にタンジェは、待てよ、と言った。
「イカサマなんざ、一朝一夕で身に付くもんじゃねえだろ。バレたらどうなるかも分からねえしよ。付け焼き刃でやったところで、むしろ逆効果なんじゃねえのか」
サナギは満面の笑みを浮かべたまま「うん」「その通りだね」などと相槌を打っていたが、
「だからさ……イカサマのプロを雇えばいいのさ」
「イカサマのプロだぁ!?」
そんなものには縁がなかったので、そういう人種がいることすらタンジェにとっては初耳だ。
「移動カジノ・シャルマンは、拠点を移動するその性質上、滞在する街で臨時のスタッフを雇う。その街の流行、市場規模、客層……さまざまな要素で成り立つ商売だから、詳しい現地住民を雇うのはおかしなことじゃない。そこで俺たちは、協力関係を結んだディーラーをシャルマンに送り込む」
「そのディーラーとグルになってイカサマをするわけだな」
パーシィはあっさりと受け入れたようだが、
「だがよ……そんなイカサマができて、俺たちの要望を聞き入れて、カジノで雇われるレベルのディーラーなんざ……アテはあるのかよ?」
まったく心当たりがないタンジェからすれば、そんな都合のいいヤツいねえだろ、と思う。だが予想に反してサナギは心配しないで、と言った。
「心当たりはあるんだ。あとは俺の交渉次第というところだね」
サナギはどちらかと言えばインドア派だが、社交的なので人脈は広い。アウトドア派のわりに気難しいタンジェとは正反対である。ともあれ、サナギは立ち上がった。
「さっそく声をかけに行ってみようか。2人も来てね」
「あ? ……要るのか? 俺たち?」
「一緒にイカサマをするんだよ。共に船に乗る相手の顔くらい、先に見ておいて損はないと思うね」
それはそうかもしれない。となれば、善は急げだ。上着を取りにいったん部屋に戻ったサナギを待ってから、その心当たりとやらに会いに行くことにした。