Over Night - High Roller 6
シャルマンへの潜入に、タンジェたちは出来合いのスーツを買った。サナギはシャルマンには多少のドレスコードがあると言っていて、さすがに普段着では入れないとのことだったからだ。金はかかったが、オーダーメイドでないだけまだマシだと思うしかない。必要経費だ。それに、買ったスーツはタンジェとパーシィのものだけで、サナギは以前に同窓生の結婚式に着ていったスーツをそのまま使っている。
しきりにスーツの金額を気にするタンジェに、「これから大勝ちしに行くんだよ?」とサナギが笑った。
仕立て屋から戻り、夜会で着替えてみると、多少サイズが合わない部分はあったものの、
「見違えますね!」
と、娘さんは喜んだ。
「アノニムも着れたらよかったのに」
「さすがに獣人はお断りされそうだからね」
サナギは眉をハの字にした。今もまだ不在のようだし、とも付け加える。
「そもそもアノニムにイカサマは無理だろう」
パーシィがごく普通の表情で言う。それは結構アノニムをバカにしてねえか、とタンジェは思ったが、別に擁護するつもりはないので口には出さなかった。
「タンジェも大して変わらないが、今回はリカルドがいるからな。何とかなるだろう」
急にタンジェに飛び火してきた。顔を歪め、
「てめぇはどうなんだよ」
「きみよりはマシだと思う」
「……まあ、てめぇは存在がインチキみてえなもんだからな……」
別に悪意はなかったのだが、言ったあとに悪口に限りなく近い意見だと気付いた。パーシィは目を瞬かせたあと、特に反論もなく苦笑いした。言ってしまったからにはなかったことにはできないし、タンジェの意見として偽りはないから、謝るつもりはない。
「じゃあ行こうか」
サナギから声がかかった。タンジェが確認のため尋ねる。
「薬は?」
「飲んだよ。だから早めにやっつけたい」
空気に触れるだけで肌が痛いと言っていた。確かに、サナギが倒れる前に全部終わらせたいところだ。
「行ってらっしゃい!」
何をしに行くか分かっているのやら――明るい娘さんの声を背に、タンジェたちは移動カジノ・シャルマンへ向かう。
普通の客を装えば、シャルマンに入ること自体は難しくないという話だ。巨大でしっかりした造りのテントが広場に建っていて、そこがシャルマンだった。まるでサーカステントだが、中に入ればそうではないとすぐに知れる。中は広々としていて、煌々とついたランプが、ギャンブルに沸く客たちの横顔を照らしていた。
受付のテーブルがあって、そこでタンジェたちはGldをチップを交換してもらう。あらかじめ用意したこれらのGldは、サナギがポケットマネーから出したものだ。
サナギが出したGldをスタッフが数えている。ぼーっと眺めていると、パーシィが突然、タンジェの隣に立ち、耳元で囁いた。
「イヤな気配がする」
「あ……?」
「ちょっと探ってきたい。悪魔の気配だ」
タンジェの眉間がぎゅっと寄る。悪魔といえば――ラヒズの顔が脳裏をよぎる。悪魔なんてそうそういるものではないだろう。カンバラの里からベルベルントに戻ってきたラヒズが、このあたりをうろついている可能性はある。バカンスを楽しむやつだ、ギャンブルを嗜んでもおかしくはない、か。
パーシィは真剣な表情で、
「こっちは任せてもいいかい?」
「……分かった。行ってこい」
頷くと、パーシィは最低限のチップだけ受け取り、気配を探るようにきょろきょろと当たりを見渡して人混みに立ち去っていった。
さて、そうなるとリカルドと組むのはタンジェしかいなくなる。一応、イザベラとの特訓で一通りルールは覚えたが、あまり自信はない。サナギとチップを山分けして、
「うまくやりなよ、タンジェ」
ウインクしたサナギもまた、ゲームを探して立ち去っていく。
タンジェはたまにゲーム中のテーブルを覗き込みながら、リカルドの顔を探した。テントの中は広く、窓がないため明かりがあってもやや薄暗かったが、思いのほかすぐに見つかる。うまくディーラーとして潜り込めたようだ、リカルドはゲームの卓に立っていた。
すでに卓にいるプレイヤーたちに2枚ずつトランプを表に配っている。2枚のカードが同じ数字ないしは隣り合わない数字であることを確認し、レイズするかを決めている。これは先にルール確認した中にあったゲームの1つだ。確か名は――レッドドッグ。
タンジェは少なからず安心した。ポーカーなどに比べるとはるかに簡単なルールのゲームである。最初に配られた2枚のトランプの数字の間に、3枚目のトランプの数字が入れば勝ちだ。
ゲームの区切りのタイミングを見計らい、タンジェが卓につく。リカルドが一瞬だけタンジェを見た。が、まったく関心がないように淡々とカードをシャッフルしている。
「ベット」
リカルドが告げる。賭けろ、という意味だ。さて、いくら賭けるか? タンジェたちはとにかく大勝ちして目立つ必要がある。このシャルマンでのギャンブルは、あくまで通過点なのだ。ちまちま賭けている時間がもったいない。だいたいタンジェはせっかちな性質である。リカルドはタンジェを『勝たせる』だろう――タンジェは手持ち全部をベットした。全賭けだ。
「それ、手持ち全部じゃねえのか?」
隣の男が身を乗り出して声をかけてくる。
「お前、さっき受付したばっかだよな? いきなり溶かす気か?」
余計なことを口走らないよう、タンジェは沈黙を保った。もし口論になってヒートアップしようもんなら、まずタンジェは手が出る。そうなればまず一発退場からの出禁だろう。そうなってはおしまいだ。
幸い、男はそれ以上は突っかかってこず、鼻で笑って引き下がった。卓についていた数人がベットしたが、もちろん全賭けなんかしているのはタンジェだけだ。
リカルドは慣れた手つきでカードを配る。カードは表向きに2枚。タンジェの手元に滑り込んだカードはどちらも8だった。あまりにも自然に。
改めて、レッドドッグは配られた2枚のカードの数字を確認して、3枚目の数字がその2枚の間に挟まるかを判断するゲームである。
たとえば、最初に配られたトランプが5と6なら、この間に入る数字はないから引き分けだ。
1と9なら2から8の7枚が挟まるから「スプレッド7」となるが、このスプレッドは数字が大きいほど手元に来やすいので、配当は少なくなる。
たとえば5と7のスプレッドなら間に挟まるのは6の1枚だけ。スプレッド1の配当はだいたい6倍だ。
というのが、前提。タンジェの手元に来た2枚の8――これにも間に挟まれる数字はない。だが、最初の2枚が同じ数字のとき、これはペアと呼ばれて、3枚目がペアの数字と同じ数字であれば――すなわち、この場合3枚目が8であれば――『レッドドッグ』。配当は実に12倍。つまり、一番強い手である。
手持ちのチップを全賭けしたタンジェの手元にペアが揃う。"出来すぎ"だ。ほかの参加者が目を剥く。
「レイズ」
顔色を変えずにリカルドが告げる。
各々が判断してレイズするかを決める。タンジェは最初から全賭けしているのでレイズしようもない。それが終われば、すぐにリカルドは3枚目を配る。3枚目は裏向きに置かれている。テーブルについている一同全員、タンジェの手元の3枚目に注目している。
タンジェは迷わずカードを表に返した。8。
『レッドドッグ』――!
「イカサマだ!!」
隣の男が立ち上がり、大声を上げた。
「出来すぎてる!!」
同じ立場ならタンジェもそう言い出したかもしれない。男の感覚は正常だ。だが、タンジェは感情的にならないよう努めて淡々と言って返した。
「別にてめぇは損してねえだろ」
レッドドッグはディーラーとプレイヤーが勝負するゲームである。タンジェが勝とうが、ほかの参加者が損をするわけではない。
顔を真っ赤にした男は、リカルドに、
「ディーラーさんよ!! どうなんだ、このガキは!!」
声をかけた。リカルドは首を横に振る。
「怪しい動きはしていない」
それはそうだ。怪しい動きをしてるのはリカルドのほうなのだから。
「チッ……! ビギナーズラックか……! 素人がよ……!!」
負けが込んでいてイラついているのだろう、手元のチップが少ないのが分かった。だが、タンジェにそんなことは関係ない。