エセンシア 3
タンジェの心臓が燃え上がるように熱くなる。全身に血が巡る。その巨躯を目に入れただけで、タンジェの復讐心は暴れ出す。
オーガに飛びかかろうとした。だが鎖に阻まれ、ガシャリと金属質な音を立てただけだ。鎖はまったくびくともしない。
タンジェはラヒズを睨み、叫んだ。
「てめぇ!! 俺をおちょくってるんだな!?」
状況からタンジェの短絡的な思考回路が導き出したのは、ラヒズがのタンジェの復讐の件を知って面白がり、タンジェに嫌がらせをしているという可能性だった。
「この鎖は何だ!? 今すぐ外しやがれ!!」
「活きがいいですねぇ」
満足そうにうんうん頷くラヒズは、タンジェの横のオーガに視線を移し、
「どうですか、念願のタンジェリンくんとの再会は」
と話しかけた。
「念願? 再会? 何を言ってやが――」
「……ラヒズ様」
と、横のオーガが声を発した。確かにそれは声、いや、正確には言葉、だった。タンジェは驚愕で言葉を止め、オーガを凝視する。それでそのオーガはタンジェのことをちらと見たが、すぐ視線をラヒズに戻した。
オーガが言葉を話すなんて聞いたことがない! これではまるきり、先日見た悪夢だ。オーガが言葉を話すなんてのは、悪夢だったから許されていたことだ。
だがタンジェの思考なんてまるで関係なく、オーガは平然とラヒズと言葉を交わしている。
「我々は再会までは望んでおりませんでしたよね? 無事と健康が分かればそれでいいとお話ししたはず」
明瞭な発音で、確実に理性ある言葉だった。ただ、言葉の意味は分からなかったが……。
「でも、会えて嬉しいでしょう?」
オーガはため息をついた。状況の把握ができていないタンジェだけが、ラヒズとオーガの顔を見比べながら困惑するばかりだ。
「何なんだよ……!? なんでオーガが共通語を喋ってる!?」
「タンジェリンくん」
ラヒズは幼い子供に言い聞かせるように優しい声色で言った。
「きみが倒れたのは、ストリャ村の周囲に張られた結界のせいですよ」
「結界? なんでそんなもんがストリャ村に?」
「『オーガ除けの結界』です」
「なんでそんなもんが、俺が倒れたのと関係があるんだよッ!?」
前提としてですね、とラヒズは言った。
「ペケニヨ村を襲ったあとのオーガたちは、少し南下してストリャ村の近辺に住処を移しました。ペケニヨ村の二の舞になってはいけないと、ストリャ村はオーガ除けの結界を張るよう魔術師に頼みました。その魔術師というのは、私です。乞われるまま結界を張りました。きみはそれに引っかかった」
「だからッ……大事なところが説明できてねえだろうが! なんで『オーガ除け』に俺が引っかかるんだよ。人間が引っかかったら欠陥もいいとこじゃねえか!」
タンジェは自分の疑問は正当だと思っている。ラヒズはなんてことはないように答えた。
「きみがオーガだからですよ」
一瞬の沈黙、それからタンジェは、
「はッ、苦し紛れにわけの分からねえことを言ってるんじゃねえよ」
吐き捨てた。なるほどラヒズからすれば、"タンジェがオーガだからオーガ除けの結界にも引っかかる"ということで、理屈は通るのだろう。
だがタンジェは人間である。どれだけラヒズが自身の理屈を通そうとしたって、根本のそこが破綻しているのだから意味がない。ラヒズの言葉はふざけた冗談でしかなかった。
しかしながらラヒズはいっさい動じた様子はなく、
「そこのオーガが何故共通語を話しているのかと聞きましたね」
と、丁寧にタンジェの質問に答えた。
「オーガが共通語を話しているのではない。きみが、オーガの言葉を理解しているのですよ」
「ふざけんじゃねえッ!」
いよいよラヒズに殴りかかろうとして、しかしやはり鎖に阻まれる。鎖はガシャン! と大きな音を立てたが、それよりさらに大きな声でタンジェは怒鳴り散らした。
「俺の両親は人間だし、俺だって人間だ。オーガは俺にとって仇だ! 悪趣味な冗談、言ってんじゃねえぞ!! ……俺に適当な嘘を吹き込んで、てめぇになんのメリットがある!?」
「メリットですか?」
メリットはないですね、とラヒズはさらりと言った。続けて、
「これは、ただの『約束』なので」
「約束……?」
「オーガたちと約束したのですよ。オーガたちの願いを一つ叶えるとね」
「?」
今度は何を言い出したのか。眉を思いきり寄せたタンジェの顔を見て、ラヒズはにこと笑った。
「私は悪魔です」
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