エセンシア 4
「約束……?」
「オーガたちと約束したのですよ。オーガたちの願いを一つ叶えるとね」
「?」
何も分からない。俺の混乱を見て取ったのか、
「私は悪魔です」
唐突に告げた。
「悪魔……? てめぇが……?」
「ベルベルントに悪夢の邪法を放った悪魔と言えば心当たりがありますか?」
「……!」
「サナギくんの術式を盗んで、私が手を加えて邪法に仕立て上げたのですが……パーシィくんには困ったものですねえ。堕天してもまだ勘がいい」
パーシィが言っていた、あれは悪魔がサナギの術式を改変した邪法だと。本当だったのか!
「何の目的があって……」
「『本当の両親の夢』ですよ、あれは」
「ふ、ふざけるんじゃねえ!!」
「こちらとしては大真面目だったんです。あの夢をきっかけに、きみの『血』がきみに本当の姿を思い出させはしないか……そう考えたのですよ」
いつまで俺がオーガだとかいうわけの分からねえ路線の話を続けるんだ? 怒りはだんだん収まり、呆れてきた。
「自分の本当の姿を思い出したなら、きみはすぐにでもオーガに会いに来ると思ったんです。しかし、全然思い出す気配がないので、もう実力行使で連れてくることにしました」
「ラヒズ様」
オーガが話に割り込む。
「彼を傷付けるのは本意じゃない。やめましょう」
「これは私の好意なので、せっかくですから受け取ってください」
いやに理性的なオーガを見せられて、吐き気がする。俺が露骨に顔を顰めると、オーガのほうは俺から視線を逸らした。
「彼らはね、タンジェリンくん。たまたまこの地に封印されていた私を解放してくれたのですよ」
封印されていた? 悪魔だからか。やっぱりろくな悪魔じゃねえ! いや、悪魔なんだから当たり前か?
「それで、お礼に何でも願いを一つ叶えると約束したんです。さっきも言いましたね」
「それが……俺の現状と何の関係があるんだよ!?」
「彼らのお願いが知りたいですか?」
にっこり笑ったラヒズが言った。
「『我らが悲願なるヒトの姿で産まれたオーガ、タンジェリンの無事と健康が知りたい』」
悲願なる、ヒトの姿で産まれたオーガ?
何のことだ?
「だからきみを探したのですよ。きみの名前や特徴も、ベルベルントに行ったという噂も聞いていましたし。思いのほかすぐに見つけることができたのは、運がよかったですね」
ラヒズの言葉は半分くらい聞こえていなかった。
「……何のことか分からんだろう。私が話そう……タンジェリン」
オーガがこちらを見た。俺はやつに飛びかかろうとしたが、鎖が邪魔をする。思い切り睨みつけたが、オーガは気にせず続けた。
「もう遥か昔のことだ……我々の先祖が、エサであったはずの人間の女を愛した。オーガはヒトの子を欲しがった……異種族の交わりだ。容易なことではないと分かっていた。何百年もの間、我々は口伝で先祖よりヒトの子が産まれれば幸いと伝えられてきた。やがて……ついにその時は来た。先祖がたった一度交わり血が混ざったヒトの、その特徴を引き継いだ子が産まれた。十七年前のことだ。お前のことだ、タンジェリン」
……。
何を言ってる?
「だがオーガの中でヒトの姿のお前が生きていくことは難しい……。ペケニヨ村にお前を託すことにした。村の若い夫婦がお前を拾うのも物陰で見届けた」
まるで本当にそうだったかのような口ぶりだ。
そんなことがあるわけねえ。そんなことが……!
俺がオーガなんてことが、あるわけねえんだ!!
「だ、だったらなんでペケニヨ村を襲った!? 筋が通らねえじゃねえか!! ペケニヨ村に俺を託したんなら」
ごくりと唾を飲み込んだ。それで俺は、口の中が酷く乾いていたのに気付いた。
「た、託したんなら、村を襲う必要はねぇだろうがよ……!」
「本来ならそのはずだった。ペケニヨ村に手を出す気はまったくなかった。だが……我々のことを冒険者が襲った」
オーガはひどく苦い顔をしたように見えた。
「……お前を育てた夫婦が、恐れたのだ。我々が、育ったお前を取り返しに来るのではないかと……」
親父と、おふくろが……?
「何人ものオーガが殺された。群れの若い者は怒り狂い、ペケニヨ村を襲い返した。仲間を殺された復讐に」
俺を守るために、親父とおふくろが……冒険者に依頼を……それが本当なら、じゃあ、村が襲われたのは、俺がいたから?
――てめぇらは、復讐された側なんだよ。
ヤイ村での自分の思考が蘇る。俺も、俺たちも、同じ?
俺たちは、復讐された側だった?
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