カンテラテンカ

エセンシア 4

 一拍遅れて、言葉の内容を吞み込んだタンジェが、
「悪魔? ……てめぇが?」
「ベルベルントに悪夢の邪法を放った悪魔と言えば心当たりがありますか?」
「……!」
「サナギくんの術式を盗んで、私が手を加えて邪法に仕立て上げたのですが……パーシィくんには困ったものですねえ。堕天してもまだ勘がいい」
 確かにパーシィは言っていた、あれは悪魔がサナギの術式を改変した邪法だと。つまりそれが本当だった、ということだ。
 ラヒズは肩を竦めた。
「きみの『本当の両親の夢』ですよ、あれは。あの夢をきっかけに、きみの『血』がきみに本当の姿を思い出させはしないか……そう考えたんです」
「いつまで俺がオーガだとかいう、わけのわからねえ前提の話を続けんだよ……!」
「いつまで、ですか? きみの疑問すべてに回答するまでは続けますよ。さて、私は、きみが自分の本当の姿を思い出したなら、すぐにでもオーガに会いに来ると思ったんです。しかし全然思い出す気配がないので、もう実力行使で連れてくることにしました」
「ラヒズ様」
 オーガが話に割り込む。
「彼を傷付けるのは本意じゃない。やめましょう」
 ラヒズだけでなく、こっちのオーガの言い分も、タンジェからすれば意味が分からず気味が悪い。ラヒズとグルなのだとは思うが、拘束されているタンジェのことは襲わないのだ。
 ラヒズは、いえいえ、と言った。
「これは私の好意なので、せっかくですから受け取ってください」
 オーガは渋い顔をしたように見えた。ラヒズの笑顔は相変わらず柔和で、一見して到底、悪魔には見えない。その表情のままラヒズは「彼らオーガはね、タンジェリンくん」とタンジェに話を振った。
「たまたまこの地に封印されていた私を解放してくれたのですよ」
「封印……」
 ペケニヨ村の付近に悪魔が封印されていたなんてのは初耳だ。だが、子供のタンジェに知らされることではないのかもしれない。悪魔ならそういうこともあるだろう。封印されるからにはやはりろくな悪魔ではないのだ。
「解放のお礼に何でも願いを一つ叶えると約束したんです。さっきも言いましたね。彼らのお願いが知りたいですか?」
 それが現状に結び付くなら、知りたい。だが、タンジェはラヒズを睨んだまま、肯定も否定もしなかった。
 ――肯定と受け取ったのだろう。にっこり笑ったラヒズが言った。
「『我らが悲願、ヒトの姿で産まれたオーガであるタンジェリン……彼の無事と健康が知りたい』」
 タンジェの乾いた喉から、かすかに、なんのことだ、と、掠れた声が漏れた。ラヒズは応じず、話を続ける。
「だからきみを探したのですよ。きみの名前や特徴も、ベルベルントに行ったという噂も聞いていましたし。思いのほかすぐに見つけることができたのは、運がよかったですね」
 タンジェの額から汗が落ちる。言葉を失ったタンジェに、オーガが向いた。
「……何のことか分からんだろう。私が話そう……タンジェリン」
 ほとんど呆然としたまま、タンジェはゆっくりとオーガに視線を移す。
「遥か昔のことだ……我々の先祖が、エサであったはずの人間の女を愛し、その子を欲しがった。……異種族の交わりだ。容易なことではない。だがその先祖の悲願は大きく、何百年もの間、我が一族に口伝で『ヒトの子が産まれれば幸い』だと……伝えられてきた」
 焚き火の薪がぱちりと弾ける。
「――17年前のことだ。オーガの腹から、ヒトの子が、産まれた。先祖がかつてたった一度だけ交わり血が混ざったヒトの、その特徴を引き継いだ子……。お前のことだ、タンジェリン」
 タンジェの、炎のようなタンジェリンレッドの瞳が見開かれて、たちまち、歪む。
「だがオーガの中でヒトの姿のお前が生きていくことは難しい……。ペケニヨ村にお前を託すことにした。村の若い夫婦がお前を拾うのも物陰で見届けた」
 オーガの言葉は、まるで真実を述べているようだ。だが、それでもタンジェはそれを受け入れはしなかった。受け入れられるわけがなかった。そんなはずはない、そんなはずは……! タンジェはほとんど叫んだ。
「だ、だったらなんでペケニヨ村を襲った!? 筋が通らねえじゃねえか!! ペケニヨ村に俺を託したんなら」
 ごくりと唾を飲み込み、
「た、託したんなら、村を襲う必要はねぇだろうがよ……!」
「本来ならそのはずだった。ペケニヨ村に手を出す気はまったくなかった。だが……ある日、我々オーガの集落を、冒険者パーティが襲った」
 オーガは一瞬、まるで話すことを悩んだかのような素振りをした。やがて口を開いたが、ずいぶん苦々しい様子で、
「……お前を育てた夫婦が、恐れたのだ。我々が、育ったお前を取り返しに来るのではないかと……」
「親父と……おふくろが……?」
「何匹ものオーガが殺された。集落の若い者は怒り狂い、ペケニヨ村を襲い返した。仲間を殺された復讐に」
「お……俺を守るため……に、親父とおふくろが……冒険者に依頼を……そ、それじゃあ……村が襲われたのは……」
 
 ――俺がいたから?

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